第35話 神聖なるもの、それは純白
その後、西松が森本のトラックを運転して戻ってくると、森本は自動小銃で茶坊主らを威嚇しながら、狩ったイノシシをトラックの荷台に載せた。
それから俺たちもトラックへ乗り込み、その場を離れたのであった。
俺は今、トラックの後部座席に半裸で座っている。
イノシシを荷台に載せる前、森本は俺の血だらけになった下半身を見てズボンと下着を脱げと言い出したのだ。
何故ならイノシシの血によって、マダニが付いているかもしれない、とのこと。
ズボンは血塗れ、嫌な感触がしたので脱いだところ、俺の白ブリーフは紅に染まっていた。
白ブリーフは神聖なものであり、純白でなければならない。
白ブリーフは俺のアイデンティティであり、象徴でもある。
俺は自分を穢された気分だ。
俺を突き押した、あのゴマシオ銀縁だけは絶対に許さん…
俺は仕方なく白ブリーフを脱ぎ捨てただけでなく、付いた血を水で流せという事で、まだ寒いこの季節に野外で水浴びまですることとなった。
寒い….、半裸であること以上に心が寒い。
森本はまるで別人のように変わってしまったが、運転は相変わらずだ。
かなりのスピードを出しながら、巧みなハンドルさばきで自由自在に車を操る。
「早く肉を冷蔵庫に入れなきゃならないからよ。シロタンの買い物は肉の事がひと段落付いてからでもいいか?」
運転席の森本がハンドルを握りながら言った。
俺の買い物とは新しい白ブリーフを調達することだ。
「あぁ、そうしてくれ」
「よし、ちょっと待っててくれよ」
森本はポケットから茶色い液体の入った瓶を取り出し、それを喉奥へ流し込む。
するとエンジンが唸りをあげ、俺の身体がシートに押し付けられるほど加速した。
森本のトレーラーハウスは前と同じく、川の辺りにあり、見た目は相変わらずであったのだが、トレーラーハウスがもう一棟増えていた。
銀色のトレーラーハウスの横に、水色の古ぼけたトレーラーハウスが増えていたのだ。
森本はトラックをトレーラーハウス前に停車させ降りると、銀色の方のトレーラーハウスの戸の鍵を開けた。
「お前らはこっちで好きにしててくれ。俺はあっちの方で肉の続きをやるからよ」
と森本は水色の方を指差す。
「シロタン。サイズ合わないかもしれないが、クローゼットから適当な物を選んで何か着ててくれ」
「わかった」
と返すと、俺たちは車外へと出る。
西松が銀色のトレーラーハウスの戸を開けた。
「何だよ、これ。凄えぞ」
先頭でハウス内へ一歩足を踏み入れた西松が一転、俺たちの方へ振り向く。
西松の横から室内を覗き込むと俺は思わず息を飲んだ。
拳銃、サブマシンガンからショットガン、自動小銃等あらゆる銃器にナイフ、ボウガンや弓まで、あらゆる銃器武器の類が壁一面に掛けられていた。
前に森本のトレーラーハウスに来た時は、空のビール缶や酒瓶、コンビニ弁当の容器や使用後の避妊具やポルノグッズ等、ゴミなのかそうでないのか、よくわからない物が散乱している混沌とした空間だったのだ。
そうだ。あの時、俺は森本を混沌の住人ではなく、森本こそが混沌そのものである、と感じたのであった。
今度は武器だらけになっているとはな…
俺たちは驚きながらも、銀色のトレーラーハウスの中へ入っていく。
西松らは壁の銃器を見入っているのを尻目に、俺はトレーラーハウスの中へ進む。
そう、俺は前にもここに来て着替えを物色したのだ。
故あって川に飛び込み、ずぶ濡れになった俺はここで服を拝借したのであった。
しかし俺はその時、事もあろうにプーマの偽物であるパンチのジャージを着てしまい、ペヤングに指摘され恥ずかしい思いをしたのだ。
だからな、俺は失敗出来ないのだ!今度という今度は偽物を掴まないようにしなければならない。
俺はクローゼットがあった場所へ視線を走らせる。
あった。部屋の中の雰囲気は一変したが、基本的な家具の配置等は変わっていなかった。
俺はクローゼットの扉を開ける。
「またパンチか?」
その刹那、俺の背中に電流が走る。
振り返ると西松がそこにいて、俺を茶化すかのようにニヤついていた。
「覚えていたのか」
「忘れるわけないだろ、ついこの前のことなんだからさ」
「確かにな。昔のことのように思えるが、最近のことなんだよな」
ふとクローゼットの中へ視線を走らせ驚く。
そこは様変わりしていた。
「なんだ、これは」
「どうした?」
「ジャージが無い。見ろよ。迷彩服だの戦闘服みたいなものしか無い」
衣類を漁るのだが、ついこの前までは極彩色で彩られていたものが、カーキ等の迷彩柄やグレー、ネイビーしかない。
西松が俺の横からクローゼットの中を覗きこむ。
「本当だ。また極端だな」
西松は呆れたかのような笑みを漏らす。
「何でこうなるのか…」
俺も西松につられて笑う。
「全く、意味わからないよね」
俺はクローゼットの中を漁り、伸縮性がありそうな素材の下着と、一番大きそうなサイズのズボンを選んだのだが、下着はなんとか穿けたものの、ズボンの方は無理だった。
他のはどうかと選び直したのだが、どれもズボンは穿けなかった。
「風間、痩せろよ」
西松のその一言が心に滲みる。
30分ほど経つと森本がこちらへやって来た。
それから俺の衣類を調達する運びとなり、大尉とパリスは森本のトレーラーハウスに残るということで、俺と森本、西松の三人は森本のトラックへと乗り込む。
運転席の森本が酒を煽ると、トラックのエンジンは唸りをあげた。
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