第20話 粗末なお宝

 俺たちの後を学生たちが列をなしている。

 西松が途中で用を足したくても、学生たちはその後に付いて来るものだから、西松は“邪魔だ”と言葉を荒げつつ、トイレへと入って行った。

 その様子を見て、俺は学生たちへ疑念を抱き始めていた。

 もしかして、この学校には俺たちに見られてはならないものがあり、その監視の為に学生らは使われているのではないか、という疑念だ。



「あっ!でっかい!」


「西松先輩、デカいですね!」


 トイレから学生らの声が響き渡る。


 何がデカいのか…


 俺は西松らが十字架へ磔にされた時、その様子を黒薔薇党によるネット中継で見た。

 今でもその様子を“はっきり”と覚えている。

 その刹那、俺が心の中で言った台詞も覚えている。


“西松のイチモツはお粗末”


 さらにそのネット中継は西松の粗末なお宝のアップで映像が固まったからな…

 あの映像は今もネットの無限の海に漂い続けているのだろうか。



 西松と連れ立ってトイレへ行った学生らが戻ってきた。

 西松は不機嫌を装いながらも、どこか気分良さげなことを俺は見逃さなかった。

 そんな木彫り彫刻顔へ、


「お世辞だろうよ」


 と言い放つと、西松は舌打ちをした。



 しかし、俺の考え過ぎなのだろうか。

 どこへ行くにも学生らははしゃぎながら付いて来るだけ、俺が何を見ようと、どこへ行こうと引き止めるような素振りは見せない。

 やっぱり考え過ぎなのか。


 そうこうしているうちに、俺たちは地下一階の給食室前に到着した。


 あの日、俺と高梨とパリスはここへ辿り着いたのはいいが、この給食室内で見たものはクロの裏切りであった。

 ヅラリーノはクロを捕え、俺たちの逃走経路を吐かせ、人質、盾として利用しようとした。

 しかし高梨はクロに対し、裏切り者は許さないと躊躇なく処刑したのであった。

 その光景をまるで昨日のことであるかのように思い出す。


 俺は給食室の引き戸の取手に手を掛ける。

 学生らは俺を引き止める素振りを見せない。

 この中に秘密は無いってことか。

 それでも緊張感が走り、引き戸を開けようとする手に汗を感じるが、俺は一気に引き戸を開ける。


 中は何の変哲も無い給食室であった。

 時刻は午後3時を回っている。

 厨房員は既に仕事を終え、給食室は無人であった。

 俺はそのまま、給食室へ入り中の様子を窺う。

 変わったものは見当たらない。


 そうだ…

 高梨はここで俺とパリスを逃す為にその身を挺したのであった。

 その高梨とは…、この給食室の件以来ずっと会っていない。

 高梨はあれから元気にやっているのだろうか。

 高梨の妹である、高梨結衣の話によると高梨は高校卒業後に就職して横浜にいると言う話だ。


 高校卒業後に就職したということは、高梨は俺とパリスを逃した後も生きているってことだが、何故、俺たちはあれから顔を合わせていないのか。


 ここが黒薔薇党に占拠されたのは俺が高二の頃だ。

 俺は高梨が高校卒業後に就職したということを知っていたのに、何故ずっと会っていないのか。その間、高梨は高校に来ていなかったのか?


 違う…、

 俺にはそもそも卒業式の記憶が無い。

 俺は自分が高校卒業したということを知ってはいるが、卒業式辺りの記憶が無いのだ。

 どういうことだ⁉︎

 ボイラー室の先にある、地下通路から滑り落ちた後の記憶が欠けているのはわかっているのだが、それ以降の記憶はどこまで欠けているのか⁉︎

 俺はそれさえも認識していなかったのか。



「風間、引き返すか?」


 西松の言葉で我に返った。

 俺は暫し立ち止まっていたようだ。俺のその様子に西松は痺れを切らし、声を掛けてきたのだろう。


「いや、行くぞ」


 給食室の端に扉を見つけた。ボイラー室へと繋がる扉だ。

 俺は足早にそこへ向かう。



「これがボイラー室へのドアか?」


 西松は俺の耳元で囁く。

 西松も学生らに疑念を感じ始めていたのか、奴らに聞こえないように言ったようだ。


「あぁ、ここだ」


 俺も西松へ小声で返す。

 ボイラー室へのドアノブを握ると全身に緊張が走る。

 それを感じながらも、俺はドアノブを回し、体重をかけてそれを押す。

 金属の擦れる音と軋む音を立てて扉が開く。

 ボイラー室内は薄闇、あの日と同じなのだが、何か違和感をを感じる。

 それは何だ…


 非常口の誘導灯がない。

 あの日、俺はボイラー室に入り、非常口の誘導灯の緑の光が天国への扉のように感じたのだ。

 その緑に光る、非常口の誘導灯が無い。

 いや、中の電球が切れているだけかもしれない。

 俺はボイラー室の端、非常口の誘導灯があった場所へ一目散に走る。


「無い!何も無い…」


 非常口の誘導灯も無ければ、誘導灯の下にあったはずの地下通路への扉も無い。


「何が無いんだよ?」


 俺の後に付いてきた西松だ。


「ここに非常口とその誘導灯があったはずなんだ」


「さっき風間が言ってた地下通路のことか?」


「あぁ、そうだ。地下通路ってのは非常口のことだったと思われるのだが、無い!扉からして無い」


 地下通路への扉があった辺りの壁を観察して触る。

 埋めたような跡も無ければ、その感触さえも無い。

 扉があったはずの壁をあちこち叩いてみるのだが、その向こうに空間があるような音はしない。


「場所間違えてるんじゃないのか?」


 西松のその言葉に範囲を広げて扉と、それを埋めたような跡を探す。


 しかし、それらしき痕跡は無かった。


「どういうことだ!ここに非常口と表示された扉があったはずなんだ!」


俺は学生たちの方へ向き、


「お前ら、ここに非常口があった事を知っている奴はいるか?」


 学生らは互いに顔を見合わせ、何やら話しているのだが、その誰もが首を横に振るか、知らないと言う奴ばかりだ。


「ここに非常口と書かれた扉があって、その地下通路は旧校舎のプールへと繋がっていたという話なんだ」


 ここで一人の男子学生が一歩前に出てきた。


「地下通路のことは知りませんが、この付近に旧校舎なんて有りませんよ」


「え?何を言ってるんだ?あるだろうよ。方角的にはこっち、通りを挟んで向こう側に旧校舎はあるぞ」


 俺は非常口があった方を指差す。


「僕はずっとこの辺りに住んでいますが、指差してらっしゃる方角は昔から住宅地ですよ」


「何だってぇ⁉︎」


 一歩前に出た学生は先輩を前にしてか、若干言いにくそうな表情を浮かべていた。

 その学生の意見を他の学生らも口々に肯定し始める。


 俺は西松の方へ向き、


「西松、お前は旧校舎のことを知っているよな?」


「もちろん。

 でも、こいつらがこんな嘘をつくものかね」


「そうなんだよな。

 俺たちはこれまで信じられないことに出くわしてきた。

 だから、旧校舎は無いのかも知れない」


 西松は無言で頷く。


「一回、外へ出て確認しよう」

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