第17話 三つ以上は沢山

 俺たちは入間川高校へ向かって歩き始めていた。

 入間川高校への道のりは入間川駅から、徒歩でおよそ15分から20分の距離だ。

 入間川駅から入間川高校近くまで行くバスがあるのだが、本数は少なく入間川駅から高校へ行く場合はほとんど徒歩であった。

 所沢駅からのバスの方が本数が多かったことから、ほとんどの学生が所沢駅からバス通学をしていた。


 入間川高校への道のりに続く風景は昔と何一つ変わりなかった。

 住宅地か田園地帯といったところか。

 そんな片側1車線の市道を歩き続け、入間川高校へ近付くにつれ、緊張感が高まりつつあった。

 こわばった表情を浮かべる西松も俺と同様のようだ。

 

 やがて入間川高校の校庭が見えてくる場所に差し掛かると、俺たちはどちらから声を掛けることもなく、何も言わずに立ち止まった。


「このまま進めば、そろそろ校庭が見えてくる。

 これではっきりする」


「そうだね」


 西松はそう言うと、これ以上無いぐらいに緊張感を漂わせる。


「よし、行くぞ」


 俺たちは前へと進む。

 すぐに入間川高校の校庭が目に入り、やがて、


「あった、あったぞ」


 尻毛の言う通り、入間川高校は元の場にあった。

 高校時代の記憶と寸分違わず存在している。

 校庭には体育の授業中と思われる学生らの姿、校舎からは授業中と思われる人の気配がする。

 移転はおろか廃校さえもしていない。


「尻の言うことは正しかった…

 それなら俺たちが夜中に侵入したあれは何だったんだよ…」


 西松はそう言うと絶句した。


「わけがわからないな。しかも夜中に侵入した後、爆発炎上したよな?

 あれはレプリカだったのか?」


「レプリカ?それなら風間が高校時代に、校舎の裏に埋めたって話のヅラリーノのカツラ。あれは何なんだよ。そこまで再現する必要はあるのか」


 西松のその一言に背中から冷たい嫌な汗が流れた。


「工房として使っていた青梅財団が、ヅラリーノのカツラの隠し場所まで再現していたってことか?何故だ?

 全くもって意味がわからない」


 俺の一言に西松は無言で頷く。


「校舎裏へ行ってみよう。ヅラリーノのカツラを埋めた場所は他にもある。そこを探ってみよう」


 俺たちは校舎裏へと向かう。



 入間川高校の校舎を囲む塀は、俺たちが通っていた頃のまま、そして“仮面”を助け出す為に侵入した夜とも全く同じだ。

 ただ、場所だけが違う。


 やがて俺たちは高校の裏門へと辿り着いた。

 裏門の大きな引き戸は開け放たれているが、高校時代のままであり、侵入した夜とも同じだ。

 周辺には誰もいない。俺は遠慮無しに敷地へ足を踏み入れる。


「ちょっと待てよ、風間。勝手に入って大丈夫か?」


 西松が背後から俺の肩を掴み、引き留めた。


「それなら職員室へ行って許可でも取るか?不審者扱いされて通報されるのがオチだろうよ。だったら、人がいないうちに入るんだよ。

 見つかって騒がれるようなら逃げればいいさ」


「風間、お前さぁ」


 西松は呆れたとでも言いたげな声を出した。

 俺はそれに構わず敷地へ足を踏み入れる。


「まずはあそこに見えるゴミ集積所だ」


 前方に見えるゴミ集積所を指差し、そこへ向かうと西松も俺に続く。


 侵入したあの夜、ここにヤンキー共が灰皿代わりに使う一斗缶があったのだが、それは既に撤去されたようだった。


「あの夜、俺はここを掘り起こしたのを覚えているか?」


「うん」


「この辺りにはアレと別にヅラを二つは埋めていた」


 ゴミ集積所の壁に立て掛けられていた竹箒を手に取り、その柄の部分を地面へ突き刺し地面を掘り起こす。


「そんなに深くは埋めていない」


「風間、お前はヅラリーノのカツラを何枚剥がしたんだよ?」


「う〜ん 沢山だ」


「沢山ってどれだけなんだよ?」


「三つ以上は沢山だ。一々覚えていられるかよ」


「ヅラリーノがお前を恨む気持ちがなんとなくわかるよ…」


「それは一旦置いておくとして、お前も手伝えよ」


「面倒臭えなぁ」


 と西松はボヤきながらも、近くにあった塵取りを持って来て、それを地面に突き立て掘り始める。



「無い」


 俺がカツラを埋めた場所周辺を軽く掘ってみたのだが、それらしき物は無かった。


「こっちも無いよ」


 それは西松も同様のようだった。


「場所を変えてみよう」


 と俺が移動すると、西松も着いてきた。


「お前、どれだけ埋めたんだよ?」


「だから言っただろ?沢山だ、と」


 俺のその一言の後、西松は舌打ちをした。



 それから心当たりのある場所を数カ所、探ってみたのだが収穫は無かった。

 前傾姿勢で掘っていたので、俺たちはその場でひと段落つくことにし、腰を前方に反らし背を伸ばす。


「全く無いってのもおかしくないか?」


 と西松は呟いた。


「あぁ、青梅財団の工房にはあったのに、何故、元々の場所であるこの地にはカツラ1つ埋まっていないのか…」


「移転なのか、あれはレプリカなのかわからないけど、狭山湖沿いに建てる時に全部回収したとか」


「そういえばヅラリーノも青梅財団だか黒薔薇党の一員だったからな。

 奴が掘り起こしたのかも知れない。あのセコい奴のことだからな、今頃、掘り起こしたカツラをまた付けているだろうよ」


「そういうことかもね…」



「それは一旦置いておくとして、次は西松、お前の番だ」


「え?俺?」


「あぁ、放送室へ行くぞ」


 放送室、その言葉を聞いた西松の顔色は露骨なまでに青ざめた。


「ほっ放送室?」


「あぁ、お前と堀込と校長が全裸で十字架へ磔にされていた場所だ」


 西松は額から脂汗を流し始めた。


「俺のはいいよ」


 今にも消え入りそうな声で西松は呟いた。


「何言ってるんだ。お前の消えた記憶を取り戻す為には、まずは行かなきゃならない場所じゃないのか」


「今日はいいって」


「今日はいいって、だと?ここまで来たからには行っておいた方がいいだろうよ」


「また次にしようよ」


「面倒なことから逃げるのか?先送りにしていいのか?」


 だなんて、西松へ言ったものの、俺こそ面倒なことから逃げ続け、先送りにすることの連続だったのだ。

 自分で言っておいて自分の心が痛む。


 そんな中、不意にサッシか何かの開く男がした。

 建て付けが悪いのか、耳障りな音混じりだ。

 その音は校舎の窓からであった。

 窓は開け放たれ、そこから中年男が顔を出していた。

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