第14話 決め台詞は俺流と共に

「世界は俺を否定するのか!」


 俺の悲しみを余所に西松が呆れたような表情を浮かべた。


「大袈裟だよ。そこまで酷いことか?」


 西松のその一言に俺の怒りが燃え上がる。


「これが酷くなかったら、何を酷いとするのか!肉も脂も無い。ラーメンも唐揚げもハンバーガーも無ければアイスクリームもケーキもシュークリームも無い!ある物と言えば健康食品みてえな物ばかり!

 俺の命は風前の灯だっ!」


 西松は俺に向かって、どこか値踏みするような視線を投げかけてくる。


「これがそんなに悪いことだとは思わないんだけどな。風間、お前もこれを機にダイエットした方がいいんじゃないのか?」


 と西松は俺を嘲笑うかのような表情を浮かべた。


「言うに事欠いてダイエットだとっ!」


「そうね、貴方はダイエットした方がいいと思う」


 通りすがりの中年の女が口を挟んできた。

 それをきっかけに通りすがりの人々が一斉に俺へダイエットを勧めてくる。

 またか、さっき俺をなだめてきたのと同じだ。

 なんでこう、お節介なのか…

 俺はそのお節介な雰囲気に堪えきれず、立ち上がり歩き始める。



「そう苛つくなよ。法を無視してやってる店があるかも知れないし」


 西松が俺の後ろから、そう声を掛けてきた。


「あぁ、そんな骨のある店を探すぞ。ここは商店街だ。商店街の方針で骨のある店が排除されてる可能性もあるからな。だからここを離れるぞ」


 俺はそう言うと立ち止まる。

 不意にある事が脳裏に湧き出たのだ。


「入間川駅だ」


 入間川駅は所沢駅から電車で数分のわりと近い場所にあり、駅前にはそれなりに飲食店がある。

 俺が高校生の時から所沢駅周辺ほど開けていなく、開発という時代の波から見放されていると言ってもいいぐらい、時代から取り残されている雰囲気だった。

 そこなら俺の求めているものがあるかもしれない…


 俺のその言葉に西松は露骨なぐらいに身体を身震いさせた。


「入間川…」


 振り返ると西松は立ち止まり、その顔は蒼ざめていた。


「ああ、入間川駅だ。俺たちの人生を狂わせた、あの入間川高校の最寄り、だったな」


 西松は蒼ざめた顔で頷く。


「入間川高校は俺たちの知らぬ間に狭山湖の辺りに移転し、また知らぬ間に廃校していた。不可解だ。

 その辺の調査も兼ねて廃校跡を見に行くぞ。俺たちの抜け落ちた記憶の手掛かりがあるかもしれない」


「そうだな…」


 西松は同意したものの、消え入りそうな声で呟いた。


「ああ、まずは俺が食う店を探すのが先だ」


 俺たちは踵を返すと、所沢駅へ向かって歩き始めた。



 入間川駅に着いた。

 郷愁を感じさせる類ではなく、中途半端な古さの駅舎と同様の駅前商店街だ。

 改修や再開発から見放され、時間が止まって乱雑に退行しているように見える。



「まだあるのか」


 駅前のサンデーサンというファミレスだ。

 高校生の時、下校時に俺たちの派閥、ブラックファミリーの面々とたまに寄っていたのだが、当時の姿のままで残っていた。


 そうだ。ここで初めて黒薔薇婦人と遭遇したのだ。

 今にして思えばあの事件が俺たちの地獄の始まりだった。


「入るぞ」


 と言うと、俺はサンデーサンのエントランスへと向かい、西松が俺の後に続く。


 戸を開け入店すると、中年女性の店員がやって来た。

 俺たちの人数を確認すると、店員は俺たちを席へと誘導する。

 この女の店員には見覚えがある。

 あの日もこの女の店員に席へ誘導されたのだ。

 あの日、栗栖がこの店で働いていた黒薔薇婦人に惚れたということで、俺たちはここに連れて来られたのであった。

 さらに栗栖が黒薔薇婦人へプレゼントを渡したいのだが、一人では心細いという話で、俺だけ婦人の退勤まで付き合わされたのだったな…



「風間、どうするよ?お前が食べるような物は無いよ」


 西松はメニューを見ながら言った。

 ここはチェーン店だ。最初から期待はしていない。

 俺はメニューを広げ、ページをめくっていく。

 メニューの中で俺の気を引くものがあった。もちろん悪い意味でな…


「キズナ ユキト監修メニューだと!」


「風間も見たか」


 と西松は笑う。

 そのキズナ ユキト監修メニューとやらは、やれグルテンフリーだの、やれ低カロリーだのといった文字が躍り、料理の色は緑を始めとした野菜の色が殆ど、見ただけで不快不愉快な気分が増してくる。

 出てこないのに思い切り痰を吐いてやりたくなるようだ。


「こんな所にもキズナ ユキトか!」


 俺の一言に西松は笑みを浮かべ、


「仕方ないよ。今一番、影響力のある奴だからな」


「一々、目障りな野郎だ」


「キズナって風間とは一番、真逆の世界にいそうだよな」


「ああ、このメニュー表を丸めて、奴のケツの穴に突っ込んで、それを奴の口から出す。それを百回繰り返してやりたい」


 俺の心からの一言に西松は笑った。


「それ、お前のお決まりの台詞か?前に聞いたことある」


「ああ!それは一旦置いておくとして、お前は何を頼むんだ?」


「うーん フェアトレードナチュラルオーガニックプレミアムカフェインレスホットコーヒーにしようかな」


「そのやたらと長い名前は何なんだよ?食い物か?」


「早い話がホットコーヒーだよ」


「面倒臭えな、ホットコーヒーでいいだろうよ。俺はそれとナチュラルオーガニックプレミアムソイジェラートにする」


「わかった」


 と西松が店員呼び出しボタンを押そうとする。


「ちょっと待て」


 俺は西松を制止し、


「どうしたよ?」


「俺の流儀がある。俺は大事な事を忘れていた」


 俺は右手を天高く上げる。

 そして右手の中指と親指の腹を合わせ、勢いよく中指の腹を親指の付け根へと滑らせる。

 心地よい音が店内に響き渡る。


「なんだよ、それ。

 指鳴らして店員呼ぶのなんて、勘違いしたジジイがやることだろ。

 お前はいつの時代の人間だよ?」


 と西松は笑った。


 そうだ、これなんだ。俺が飲食店において店員を呼び出す際の一連のやり方。

 西松は俺の流儀を時代錯誤だと笑うのだが、これこそ俺のやり方、これぞ俺流なのだ。


 例の中年女性の店員が俺の指鳴らしに気付くと、すぐさま注文を取りに来た。

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