第12話 襲撃を撃退

 宿から出て再び旅路へと出た俺達。


 実家の領地からはとっくに出ているとはいえ、まだ国内に居る以上は安心するには早い。


 レレインという荷物持ち勇者が加わったので、多少の歩みの遅さが生じてしまっているが。連れて行くと決めたのだからそこは計算に入れて国外への逃亡を考えなくてはならない。


「バスディスさんってば足速ーい。もっと周りの景色とか楽しもうよう」


「俺達は観光旅行してるんじゃないんだよ。これでもお前の足に合わせてるんだから文句言うな」


「ぶー」


 不満の声など何のその。


 この勇者様がいるので闇の魔力による身体能力の強化も使えないが、それでも一歩先へと足を進めなければならない。


 次の町やら村やらまでは結構な距離がある。今日は野宿になるだろうな。


「ほらほら。今の君の顔も可愛いけれど、やっぱり笑っている方が素敵に見える。景色ならオレが一緒に楽しんであげる」


「わあ! ありがとう。バスディスさんもさ、せめて笑って旅したらいいのに」


「許しあげて。彼は目的の為に余裕を割けないんだ。なら、オレ達がその分楽しんであげるべきじゃないかな」


「そっか。じゃあ私達の大人のヨユーの見せどころだね!」


「ふふ、そうだね」


 などという会話後方から聞こえてくる。


(おかしい。どうしてこうなった?)


 本来なら俺とレレインの二人旅のはず。


 しかし今、そのレレインと談笑する声がある。



 昨夜、俺を風呂場で襲うとしてきたあの野郎だ。



 チラっと背後を見る。


 背中まで伸ばしたライトグリーンのストレート。スラっと伸びた手足の女顔の美青年。


 すっかり気が抜けていた俺はその危険性があるのを忘れて、食堂でまったりと朝飯を食っていた。


 そこに現れたのがこの野郎。


 脇目も振らずに、まるで幽霊でも目撃してしまったかのような悲鳴をあげた俺。そんな俺を見てクスクスと笑う様はホラーチックですらあったぜ。


 残りの飯を急いで平らげ、荷物を持って宿を出たのだが……気づけばこの男が背後に居てレレインと楽しく会話なんぞをしてやがる。


 なんで居るんだと聞けば、旅の方角が偶々同じだからとあっけからんと答えてきやがった。


 それで、どうせだし楽しく旅でもだなんだと。


 当然断ったが、その時既に絆されていたレレインに反対され、今に至る。



 おかげでテンションはガタ落ち、本当にどうしてこうなるんだよ……。


「まあいいじゃないか。旅は道連れ世は情け、というしね。人と人との確かな繋がりがきっとこれからのお兄さんの人生を豊かにしてくれるはずさ」


「勝手に着いて来たお前が言うんじゃねえんだよ、もう!」


 理不尽である。この男の体に憑依してしまった時点でケチが付いたようなものなのに、神様というやつはどうやら俺が嫌いらしい。


 嫌いなのはせめてこの悪役の体だけにしてくれよ!


 ◇◇◇


 先頭俺、後方二人で明らかな温度差を感じながらも歩みを進めること数時間。


 山道を抜け、森へと入って日も真上にまで昇ろうとしていた。


 懐中時計を見る限り、本当に十一時過ぎだったぜ。


 ただ森の空気は純粋に美味い。心に潤いというものを与えてくれる。


 小鳥の鳴き声は耳に心地が良いし、どこからか聞こえてくる川のせせらぎも心を穏やかにしてくれる。


「あ、バスディスさん見て見て! 川で魚が泳いでるよ!」


「ああ、そうだな」


 実際レレインの指さす先には小さな川があり、そこに数匹の魚が気持ちよさそうに泳いでいた。……しかし俺はこの光景に素直に感動出来無いでいる。


(周りに十人、いやもっと多いか……。やっと穏やかな空間に入れたと思ったのに)


 無粋な視線が、俺達三人に突き刺さる。


 ここは森の中隠れようと思えばどこでも隠れられる。


 その地理を活かしたろくでなし共が今か今かと待ち構えている気配を感じた。


「ちょっとイケない視線があちこちと……どうするお兄さん?」


「うお!? 急に後ろに立つんじゃない!」


 気づいたら、あの野郎が背後に居て俺の耳にそっと囁いて来た。


 おかしい、どうしてこいつの気配を悟れないんだ?


 しかし、今はそんな場合じゃない。さてどうしてくれようか?


「バスディスさーん。何かさっきから肌がチリチリする感じがして気持ち悪いよぅ」


 流石は勇者様と言うべきか? 普段抜けているレレインもこの異様な雰囲気を感じ取ったみたいだ。


 感じ取られてる時点で、つまり連中の実力は――。


 その瞬間である、一斉に飛び立つ森の小鳥たち。


 森の騒めきの中で飛び出してくる黒い影。狙いはおそらく、一番隙の多いレレイン。


「へへ、貰っ……ふご!!?」


「はいはい。続きのセリフは夢の中ででも言うんだな」


 レレインに向けて飛び出して来た野盗共の一人の顔面に、俺は拳を叩き入れた。


 飛び出してきた勢いそのまま俺のパンチが顔面へと吸収されていきあっけなく倒れる、身形の汚いあからさまの野盗。


「何この人?」


「お前のファンかもな?」


「えぇ~、こういう人はちょっとヤ」


 倒れ伏すその雑魚を、人差し指でちょんちょんと突くレレイン。こいつもいろんな意味で大物だよ。


「野郎! 俺達の仲間に何しやがる!!」


「このくっそたれ! 人が大人しくしてりゃあツケ上がりやがって!」


「お前らの地元じゃ隠れて人を襲うのを大人しくって言うのかよ? 勝手なこと抜かすんじゃない」


 仲間がやられたのか次々現れてくる残りの小汚い連中。


 こっちは正当防衛だっての。


 おそらくはこの辺りを根城にしているチンケな盗賊団かなんかだろう。正直数だけ揃えた雑魚にしか見えんな。


「仕方ない、こっちもお前らなんか相手にしたくないんだけど」


 半殺し程度で勘弁してやる。


 そう続けようとした時、あのいけ好かない変態野郎が俺達の前へと出た。


「ここはオレに任せて貰えるかい? お兄さん達に気に入ってもらえるよう、ちょっとは出来るってとこ見せておきたくてね」


「あ? おいっ」


 俺の返事を聞くまでも無く、スタスタと野盗共の元へと歩いていく。


「おいおい姉ちゃん、自分の身を差し出して後ろのやつらを見逃して貰おうってか?」


「そりゃあいい! 姉ちゃんの態度次第じゃ考えないでもないぜ。げへへ」


「お前ら、この姉ちゃんを好き放題出来るぜ。やったな」


 野盗共の下卑た笑い声が森の中に木霊する。


 ほんとにげへへと笑う奴は初めて見たな。


 しかしそんな笑いなどどこ吹く風と言わんばかり、薄ら笑いの表情を変えない野郎は――音もなく目の前から消え去った。


 その次の瞬間だ。


「ぎあ!?」


「ぐぐあッ!!」


 先ほどまで汚い笑い声を開けていた連中が、一人また一人と汚い悲鳴を倒れていく。


「なんだ!? なにが起きてっ……ぁ」


 状況を把握できていない野盗がまた一人地面とキス。


「うわ、あの人すっごい速い!」


 レレインが驚くのも無理は無い。


 流石に俺とこいつの動体視力ならわかる。あの野郎の尋常ならざる動きは、おそらくだが瞬間的な身体強化の類の魔法を使っているのだろう。


 そしてあの速さだ。俺でも辛うじて見える程度しか姿が追えないなんて……。


「ひいい!? わけがわかんねえ!」


 最後に残った野盗の一人が逃げ出し、森の奥へと消えていく。


「で、どう? オレもちょっとはやるでしょ」


 ウィンクをしながら笑みを浮かべるその男。息一つ切らさず、汗の一滴も流していない。


「お前、一体?」


「だから、言ってるじゃない? ただの旅人さ。少しばかり腕に覚えがあるだけのね」


「いや、そういう……」


「旅人に事情あり、お互い様だと思ってここは笑顔で流す場面じゃないかい」


「そうだよバスディスさん。若いからってアレコレ考えてばかりだと……」


 擁護するレレインの視線は俺の頭、生え際に――!?


「ば、馬鹿! 縁起でも無いこと言うな!」


「ええ~何も言ってないよう」


 こ、こいつ生意気!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る