第14話
ファシルとレイリアは元々の条件であった船の護衛をやり遂げると、その後に残った怪物の死骸の処理を行う乗員を見ていた。
怪物の死骸からは珍しい素材が採れるらしく、それに一喜一憂する乗員の姿は賑やかを通り越して少しばかり騒々しいものであったがそれも当然の事で、ファシル達が怪物たちを相手取っていた間、眠りこけていたために乗員たちの元気は有り余っている。そしてそこに怪物の死骸とそこから採れる素材の数々。こうなっては騒がしくなるのも仕方の無い事であった。
怪物の死骸から採れる素材とは水棲の生き物の特徴的な鱗などであるが、この怪物自体の希少性も相まって、それらは市場にほとんど出回っていないらしくどれも高価にやり取りできるだろうと乗員の殆どがまだない儲けによって色目気立ていた。
すると、そんな乗員の間を縫って近付く者の姿が一つ。それはファシル達を船に乗せてくれた商人であった。
「ありがとうございます」
初めて会った時の印象からはかけ離れたその雰囲気にファシルは少し戸惑っていると、商人は自身も今回の航行に死を覚悟しつつも、それによる過度な緊張がそうさせた事で人当たりが悪かった事を謝罪した。そしてその事によって半信半疑であったファシル達に誠意をもって感謝を述べたのであった。
少しのわだかまりが無くなってファシルは商人の感謝をそれとなく受け取ったが、その横で変わりなくやり取りするレイリアを見ると少しばかりのもやもやが残るばかりであった。
するとファシル達に感謝を伝え終えた商人は乗員に向かって声を張り上げた。
それはとても大きな声で、船の乗員たちに行き渡るとそれに呼応するように乗員たちもまた声を上げた。すると、船の帆が下ろされては船が受ける風の力が増して船はどんどんと加速していく。
ファシル達が相手取った怪物の事を考慮して敢えて鈍行で湖を進んでいた船は、最早その心配がなくなったためにその進行を速めたのであった。
突然の変わりようにまた違った戸惑いを見せるファシル。すると、その事についてレイリアが教えてくれた。
商いを始める前の事、商人は元々少し有名な船乗りであったらしい。それ故に気を揉むことが無くなった事で商人はその時の血が騒いだらしく、張り上げた声にはその時分の名残を覗かせると、ファシルは商人の本来の姿に豪快さを見たのであった。
商人も乗員も豪快なれば、今となっては確かに船の見た目も少しばかり豪快なそれを思わせてファシルは一人納得した。
豪快な商人は乗員たちに気合を入れなおすと船の中へと戻ろうとした。しかし商人はその時、踵を返してはファシル達の元に戻ってきて何かをポケットから取り出すとそれをファシルに手渡すと、それは宝石であった。
「これをあげます」
おもむろに受け取ったファシルはそう聞くと慌ててそれを返そうとした。しかし、それを頑なに拒否する商人。
「もう私には必要ないので」
先程の豪快なそれとは打って変わって優しい口調でそう告げる商人。
商人曰く、この宝石は魔除けの宝石で不思議な魔力が備わっており、商人が豪快な船乗りであった頃から幾度かの苦難を共にしてはそれらを超えてきた、言わば相棒そのものであった。
それ程に大事なものを商人がファシルに渡すのも商人自身の信念に基づいての事で「命の恩人に何もお返ししないのは道理に反する」といった事からであった。
「商人は信用が第一ですので」
「その宝石の効果は保証します。本物です」
今回の怪物を退けた事で宝石が本物であると謳う商人も、ファシルはそことは違いこれ以上に何かを受け取れないと食い下がった。
ファシルからすれば、船に乗せてもらう事の対価として船の護衛を請け負ったのであって、護衛の結果として報酬を望んではいなかった。
頑なに返そうとするファシルと、頑なに拒否する商人。
すると折れない両者も、最大限に譲歩する形で商人が提示した折衷案を呑むことにしたファシル。それは、旅のお金の足しにするというものであった。
商人は今回の航行に伴って、事前に出来得ることは全てやり尽くす勢いで準備をしていた。それはひとえに船乗りとしての勘がそうさせたものであった。
嫌に落ちつかない気持ちを前に商人は好奇心半分、不安半分と万全を期すには何か足りないと思っては何時しか忘れていたこの宝石を再び身に着けたのであった。
商人がこの宝石を身に着けなくなった理由は、宝石が持つ不思議な魔力が窮地を救うと同時にそれもまた宝石が呼び寄せているようなそんな感覚が付いて回ったからであった。
しかし、商人として船に乗る時は身に着けないようにしていた宝石のそれも、今回の航行が商人として最大の山場のような気がしては、商人も準備を怠るわけにはいかずそれを身に着けるに至っていた。
かつて船乗りとして居た頃、知り合いにせがまれては金を工面した代わりにもらったこの宝石。
工面した額をそのまま宝石の価値と考えるなら然したる金額ではないものの、思い返せばそれを身に着けていた事で出会った幾多の苦難はその価値を十分に上昇させたものであった。
好奇心に全てを掛けてきた半生もそればかり追う事を諦めた今は必要としない。
「受け取ってください」
してやったりな顔を浮かべる商人からはその上面のそれとは違い厄介払いの様相も伺えたが、折衷案の通りどこかで売り払ってはお金に変えればいいだろうと考えると渋々ながらもファシルは宝石を受け取った。すると、商人は去り際に「高く売れると思います」と言っては笑顔を残して船内へと戻っていた。
この日の夜は少しばかり羽目の外れた雰囲気に包まれた。それはひとえに物資の輸送が滞る原因であったと思われる事案が解決したからであった。
見張りも持ち場を離れてはてんやわんやの酒盛りがそこかしこで行われる。
ともすれば酒の気にあてられては船酔いも辞さない雰囲気も、その日にすべての酒を飲みつくす勢いで呑み交わされるそれに限度は無いと思われた。すると、ファシルはそれを見るだけに留めてその雰囲気を充分に堪能したのであった。
騒ぎも落ち着きを見せた、夜もそこそこに深まった頃にファシルは独り甲板にいた。
甲板の端で夜風に晒されては呑んでもいない酒気によってぼーっとする自身の体を醒ますと、気を失っていた間の事が微かに思い出されていた。
断片的な景色が頭の中で映される。それはどこかレイリアの言っていた事に似ていて、しかし違うとも言える。すると、ファシルはその断片的なそれに協会を見ると突如として頭痛に苛まれた。それは酔いによるものとしてはあまりにも激痛で、警告を受けている様に感じ取ったファシルは最後に在るものを見るとそれをやめた。
協会の中で見た青年。
その者が誰なのか、その者がファシルにどう関係するのか。
ファシルが持つ全てでは何も知り得ない今、その青年の正体に辿り着く事はあり得なかった。
「大丈夫?」
頭痛に顔をしかめているとレイリアの声を聞いたファシルは、途端に薄れていく頭痛の感触になんとか顔を上げると短く「ああ」と返事した。
レイリアに気取らせないように視線を交わすファシル。
すると、レイリアの心配そうな表情を見て、自身の返答が彼女を否定してしまいそうに感じ取っては何故か咄嗟に誤魔化した。
夜の湖の上、船の甲板に灯りは乏しく表情が少しはっきりとしない。
しかし、そんな中ファシルはレイリアの顔を見るなり吸い込まれる感覚に大きく動揺した。
始めは、本当に酒気にあてられたせいかとも考えたが、自身の鼓動の高鳴りにそれは否定される。すると、動揺のあまりに何時しか下げてしまっていた視線を拾う様にファシルの顔を覗き込むレイリア。
自然と近づくファシルとレイリアの顔。
するとファシルはまたしても誤魔化したが、今度のそれは少し様子が違った。
ポケットに突っ込んだ手に握られた宝石をレイリアに差し出すファシル。
それは商人にもらった件の宝石であった。
「これあげる」
変な言葉遣いも、辛うじて平静を装ったファシルの限界が垣間見えたがレイリアの気を逸らす事が成功するとファシルはそれを免れた。
話題は宝石に移り変わる。
差し出された魔除けの宝石を素直に受け取るレイリア。
「ありがと」
レイリアが短くそう返事をすると、ファシルとレイリアの間にしばしの沈黙がこだました。
湖上に夜の静けさはすうっと行き渡る。すると、再び顔をそらしたファシルはそのままに「腹減った」と告げてわざとらしく伸びをした。そして「何か食べ物残ってるかな」と言っては船内へと歩いていくファシル。
そんな要領の得ないファシルに対して、レイリアは「ええ」と返事したがそれはとても短くどこか浮ついていて、生返事のそれも決して悪い感触ではないようであった。
ファシルと入れ違いに甲板に残ったレイリアは受け取った宝石を空にかざした。
月の光に照らされて淡く輝く宝石。すると、レイリアはそれを見てポツリと呟いた。
月夜の下、優しく微笑むとレイリアはしばしの間その宝石を眺めていた。
赤らんだ自身の顔を宝石に向ける。
それは酒気によるものか、それとも。
レイリアは宝石を大事にしまうとファシルを追った。
「きれい」
地獄の椅子に座るのは──俺だ!! 勘助ノスケ @kansuke_nosuke
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