第7話

 金属のぶつかり合って起きる音は一定のものでどちらかに傾く事はなかったが、それは一か所に留まる事を知らない。

一振りまた一振りと場所を変える二人の剣戟は、その場にある建造物の壁面にいくつもの筋を作った。繰り返されるそれら。二人の剣術は拮抗していると言えた。

「やるな」

一迅の風はその一言をこぼすと足を止めてその場に姿を現した。そして、思いのほかに出来る相手のその力量に自然と笑みをこぼしていた。

「くそっ」

目前の相手とは対照的に余裕のないファシル。

ファシルは、余裕綽々として目の前に立つその者の力量に自身の本気が及んでいないと思えていた。もし相手が「本気」を出してきたならば、脳裏に浮かぶその言葉がファシルの思考を焦らせる。

ファシルが焦る最中、小休止のように空いたその間で相手は次の手に出た。

持っていた剣を地面に突き立てる羽付き。

その行動にファシルは戸惑うばかりであったが、次の手に出た羽付きのそれに、ファシルは今まで以上に苦戦を強いられた。


(くそ、隙がねえ)

明かりをなくして暗くなった夜空。

そこで代わりのように輝く炎と雷。その合間を縫う風と水。

相手は剣を突き立てた場所から一歩も動くことなくそれらを放った。

そしてそれに襲われるファシル。先程までとは違った意味で動きを止められなくなったファシルは、それらを躱す事が今できる精一杯の事であった。


「オラオラ、どうした」

トゥスタスが放つそれらは魔法であった。

無詠唱でかつ無尽蔵にファシルを襲う魔法は、どれも初級魔法でありその区分け通り初歩的なものであった。そして繰り出されるそれらは順番のないでたらめなもので、ファシルを煽るその言葉端から、その者は遊んでいると言えた。

遊びで放たれる炎、水、雷、風といった四属性の魔法は、向けられたファシルには少したりとも遊びとして受け取れないもので充分に致命傷を狙えるものであった。

一度それを受ければ、連続した魔法の追撃を浴びて即座に死に果てる。

ファシルは攻め手を欠いてどうする事も出来ず、躱し続けていた。


 止むことのない連続した魔法は、一定の間隔でファシルに向かった。

未だに続く魔法の嵐。それを避け続けるファシル。

この展開を作り出したトゥスタスは面白くないのか、展開を進展させたいのかファシルをさらに煽った。

そしてその煽りをよそに思考を続けていたファシルはそれに気が付いた。

しばらく続いたそれらは、ある時を境に少しの綻びを見せたのだ。

所々に見せるその綻び。それは一定間隔で起きているようで、ファシルはその綻びを見出すとそれに息を合せて、反転攻勢に出た。


 主の行動の次第で暇を持て余していたその剣。

その剣は一つの時を起点にして、主の手を離れて凄まじい速度飛んでいく。

そしてすかさず言い放たれる言葉。

≪ドッラ≫

主の呼びかけに呼応して飛び立つ四つの黒い球は相対する羽付きへと向かった。

羽付きの魔法よろしく連携して攻める黒い球。

しかし、それらよりも先に飛び立った剣は明後日の方向へと向かっていた。


 咄嗟に理解できず視線だけで剣を見送った羽付き。その隙を突くように黒い球が襲う。

羽付きは連携して迫るそれらを避けるため、一歩また一歩と少しづつ後退した。

羽付きのその動きを予測していたファシルは、自身の計画通りの展開をもって言い放った。

≪シーオース≫

明後日の方向へと飛んでいた剣はそこで真価を発揮する。

明後日の方向──それは王国兵の死体が転がる方向であった。

王国兵の死体の上に来た剣はその叫びにより、入れ替わって主であるファシルとなった。

死体の傍に落ちている剣を即座に拾うファシル。

そのファシルの目の前には、計画通りに動いた羽付きの無防備な後ろ姿があった。


連携して攻める黒い球に誘導されているとも知らずに後退した羽付きは、後ろにファシルがいる事に気付かず、その間合いにまんまと入ってしまった。

ファシルは心の中で「よしっ!」と威を誇ると──ヒュンっと剣を振るった。

そして、目の前の羽付きがその場に倒れるとファシルは考えていた。

しかしながら、その展開は見る事が出来なかった。

不意に聞こえてきた声は、ファシルの予想した展開にはないものであった。

「バカが」


 実際には空を切ったファシルのその剣。

確実に間合いの中で捉えたはずのトゥスタスの姿はそこになかった。

瞬く間にファシルの視界から消えたトゥスタスは、その隙だらけのファシルに向けて雷撃を放った。

≪ドゥールオーラ≫

視覚では追いつかない情報を直感的に捉えたファシルは反射的にそう叫んでいた。

自身を二つに分けてその雷撃を躱そうとするファシルであったが、その雷撃は先程までのものとは違った。

両方の自身を穿つその雷撃は区分け的に一つ上のものであった。

為すすべなく、もろにその雷撃を受けてしまったファシル。その威力は比べ物にならないもので、その雷撃によってファシルは壁に激突すると壁を大きくへこませた。

雷撃による衝撃と壁にぶつかった衝撃に挟まれたファシルは意識を飛ばした。

力なくだらりとしたファシルの体は壁伝いにずれると、もたれた姿勢のままにそこへ腰を落とした。


 瞬時に上空へと移動していたトゥスタスが、ゆっくりと舞い降りる。

そして力なく座ったファシルを伺い見て「この程度か」と言い捨てた。

「もう少し楽しめると思ったが」

「期待外れだな」

ファシルの俯いた頭にそう吐き捨てるとトゥスタスは、先程地面に突き立てた剣を自身の手元へと呼び寄せた。

ひとりでに動く剣。

トゥスタスは剣を手に持つと、ファシルにそれを向けてそのまま話を始めた。

「悪くない作戦だった」と切り出した言葉は「しかし」と続いた。

「詰めが甘かった」

ファシルに、事実を容赦なく叩きつけたトゥスタスのその言葉は的を射ていた。


 ファシルの見出した魔法の綻び。その着眼点は悪くないものであった。

無詠唱で行使される魔法。

そのようにして使われた魔法は詠唱をしたそれよりも精度が幾分か落ちるものであった。

精度の落ちた魔法と、それらを連続して使うやり方。

そこには充分につけ入る隙があったが、その隙が意図的に作り出されたものであったためにこの計画は失敗した。それに気が付かなかったファシルは、自身の思い通りに事が運ばれる展開に、疑問を持つ事は出来ないと言えた。

トゥスタスの言い放ったその指摘をファシルは、体を痙攣させながらも聞き続けるしかなく「哀れだな」と言い捨てられた言葉を嫌でも受け取るしかなかった。

そしてその言葉に反応して体を動かしたファシル。

トゥスタスはそれを見て「意識はあるな」と確認して「丁度いい」と言った。

上空に大きな魔方陣を展開するとトゥスタスは言葉を連ねた。

「見せてやるよ」

「完全な魔法の行使ってのを」


 やり方から何から教えるそのトゥスタスの様子は、生徒に教える先生の様で懇切丁寧なものであった。そして準備が整うとトゥスタスはそれをはっきりと口にした。

「ストラーガ」

雷系魔法の中級に相当するそれはより一層眩しく、昼間の明るさを超えて目を開けていられないほど輝くと、轟音を伴って降り注いだ。

対象を刹那に貫きとてつもない威力を発揮した雷。

しかし、それがファシルに直撃する事はなかった

それは、トゥスタスに直撃した。


 詠唱して使われる魔法のそれである完全な魔法の行使が、この時において失敗に終わる可能性は二通りあった。

一つは使用者の魔力残量の不足であった。

トゥスタスはこの時までに数え切れないほどの魔法を使用していたため、その可能性は考えられたが、トゥスタスはアンエンジであるためその可能性はないと言えた。

羽付きにおいて、アンエンジ以上の者が中級以下の魔法を使った事によって残量不足に陥るという事は考えられず、それによる失敗はあり得なかった。

すると残る可能性は、より上の区分けである上級の魔法による阻害であったが、しかしながらファシルは、雷系魔法どころか魔法というもの自体が使えず、それはよりあり得ない事であった。


 思いもよらない出来事に痛手を追ったトゥスタスは、先程までのファシルと動揺に体を痙攣させたが、ファシルは時間経過によって体の痛みが引きつつあった。

この時を好機と捉え力を振り絞ったファシルは、トゥスタスの落とした剣を拾うとそのままに切り掛かった。

肉薄するファシルの剣とそれを寸前の所で躱すトゥスタス。

しばしの沈黙が二人を襲うと、トゥスタスから舌打ちが漏れた。

トゥスタスの体からは少しの血が流れていたのだ。

トゥスタスは大きく羽ばたくと距離を取った。


 間合いを取ったトゥスタスの顔が険しさを増していく。

トゥスタスには目の前の者が先程までの者と同じとは考えられなくなっていた。

その者は自身の魔力を膨れ上がらせた。

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