第4話

 村を出て数日、ファシルは森を彷徨っていた。ゼノムは辺境の村である。他の人里からはかなり離れており、歩けども森が続いているといった有様であった。ひげ面から聞き出した情報を頼りに王国を目指していたファシルであったが、道に迷っていた。初めての旅で舞い上がっていた半面、不安でいっぱいであったのだ。迷いながらも森を進んでいると、遠くから獣の様な大きな叫び声が聞こえてきた。ファシルはその叫び声の方に向かった。すると、そこには見た事のない怪物が人間の女性を襲っている所であった。


 女性は怪我をしているようであった。

怪我によってうまく戦えない女性は、怪物の攻撃をどうにか凌いでいるといった様子であった。しかしそれも長くは続かない。女性は、持っていた剣を落としてしまったのだ。慌てて剣を拾おうとする女性。怪物は、怪物から目をそらしたほんの僅かの隙をついて、自身の鋭利な爪で女性を襲う。避けられないと判断したのか、鋭利な爪の攻撃を受けるように防御の姿勢をとる女性。女性はどうする事も出来ず、なかば諦めたその刹那

≪シーオース≫

男の叫ぶ声を聞いた。その後すぐ、金属が触れあったような音がこだまする。

いくら待っても来る事のない怪物の攻撃。状況を確認するため、女性は恐る恐る顔を上げた。すると、女性は先ほどまでとは違う場所にいた。そして辺りを見回すと、自分がさっきまでいた少し離れた場所で、男と怪物の攻防が繰り広げている。

女性は男の足元に落ちている自身の剣に気付き、場所が入れ替わったことを理解した。


 怪物の攻撃は男に上手くいなされていた。当たることのない怪物の鋭利な爪。怪物は苛立ち、さらに攻め手を繰り出す。それは、怪物の手が振り下ろされた時であった。男はそれを素早く避けてみせ、怪物の手の甲に剣を突き立てる。怪物の手の甲を貫通した剣は、それを地面に釘付けにする。怪物は痛みと焦りから、暴れまわるが、地面に深く突き刺さった剣を抜くことが出来ない。

≪ドゥールオーラ≫

怪物の手に刺した剣を抑えたまま、男は叫んだ。


 怪物が剣を抜くことに必死になっていると、男は二つに分かれた。そしてそれぞれ別の動きを見せる。片方はそのまま剣を抑え、もう片方は足元にあった女性の剣を拾う。女性の剣を手に取った男は地面に固定されている怪物の腕を駆け上る。怪物は男を払い落とそうと、空いているもう片方の腕を振り回すが、それを男は大きく跳躍して躱し、怪物の頭上から剣を突き立てる様に強襲する。怪物の頭に深く食い込んでいく剣。怪物は痛みにのたうち回る程暴れ、叫んだがしばらくすると静かになり、絶命した。


 男は一つに戻る。腕を抑えていた片割れはその場に剣を残したまま霧散してなくなり、怪物の頭上にいた男は、怪物の頭から女性の剣を抜き取り、その勢いのまま剣を振って血を払い落とした。そして怪物の頭から飛び降りて自身の剣も抜き取る。


 怪物を倒した男は女性のもとへゆっくりと向かう。

「大丈夫か?」

男は自身の事よりも女性を優先して気にかけた。

これが二人の出会いであった。


 ファシルは女性に剣を返した後、自身の剣にも付いていた怪物の血を払い落とした。そしてファシルは剣をしまった。女性は口を開いた。

「それは」

あなたの剣ですかと女性が訊いてきた。

「えっ」

開口一番、意図を掴めない、全く想定してない質問にファシルは戸惑ってしまった。

「だってそれ」

王国軍の剣ですよねと女性は続ける。

ファシルは、一目見ただけで王国謹製の剣だと見抜かれた理由が分からなかった。そして、その事に少し困ってしまっていた。


 ファシルが携行していた剣は、女性の見立て通り王国謹製の剣であった。ファシルが普段使う剣は壊れてしまっていたので、村に王国兵が攻め込んできた時に使われていた剣を拝借したのだ。王国兵の剣をそうでない者が持っているという、これ程にちぐはぐな事はなかった。そして、王国謹製の剣を持っている事の言い訳を全く考えていなかったファシルは困ってしまっていた。その事で一悶着起きるのではと考えての事であった。


 女性の質問に曖昧は返答をするファシルであったが、話の流れが不思議な方向へと向かう。それはファシルの予想に反した事で、むしろファシルにとって都合のいい流れとなった。

「拾ったんですよね?その剣。でも持ち歩くのはやめたほうがいいですよ」

剣は拾ったという事で話が進んだ。この考えはファシルにとって都合が良かった。揉めずに済むからであった。

内心安堵したファシルであったが、これで新たに二つの疑問がわいた。

一つは、なぜ拾ったと考えたのか。

もう一つは、なぜ持ち歩いているとダメなのかの二つであった。

この疑問の答えは特段ハッキリさせる必要はなかった。むしろ、話が進むにつれ墓穴を掘る可能性さえあった。そうなると、回避できた揉め事を自分で起こすという自爆行為にもなりえた。しかしファシルは、せっかく都合のいい流れへと話が進んだにも拘らず、思いついた疑問を女性にぶつけてしまった。ファシルは妙な緊張感の中、女性の回答を聞いた。


 女性の答えはこうであった。

一つは、王国謹製の剣はこの森のあちらこちらに使い捨てられて落ちているという事と、もう一つは持っている所を王国兵に見つかると難癖をつけられてかなり厄介な事になるからという事であった。

さらに、使い捨てられた剣は脆くなっている可能性があり、いざという時に壊れて使えないという事も教えてくれた。

「わかった」

気を付けるよと言って村の外の事に疎いファシルは、親切な女性の忠告に感謝した。


 ファシルは、女性との不思議な問答を終えた後、女性が回復魔法で傷を治している様子を珍しそうに見ていた。


 この世界に存在する治療方法は、魔法、薬、自然治癒の三つであった。

魔法は回復系の魔法があり、初級、中級、上級、最上級の四段階に分かれている。それら段階分けされた回復系魔法の度合いは次の通りであった。

初級は、軽度の外傷および内傷の回復

中級は、初級に加えて状態異常の回復

上級は、重度の外傷および内傷に加えて状態異常の回復となっていた。

最上級は、この世界の歴史の上で伝説的な位置にあり、現在は使える者はいないとされていた。なのでどれ程の魔法なのか確認できていなかった。しかし大昔の記された文献には、こう残されていた。

「如何なる傷も瞬く間に治り、首を刎ねたとしても治癒できる」

かつて最上級魔法を使う者がいたという証拠はこれ以外なかった。証拠としては十分ではないうえ、呪文自体も記載されておらず本当に最上級の回復魔法は存在するかは定かではなかった。

薬は魔法と比較すると質が劣る。精度としては回復系魔法の中級までのものしか存在しない。

自然治癒は言わずもがなといったところだ。


 興味津々に見ていたファシルは魔法を使う事が出来なかった。幼いころ、セリーネに教わったが使えるようにはならなかった。ファシルは魔法の適性がなかった。ファシルはそのことを女性に言った。

「それは」

残念ですねと言って女性はファシルにこう続けた。

「世界には」

そういった人も沢山います、だから気にしないでと女性はファシルを慰めた。

そう言った後、女性はある事に気づいて、慌てて質問してきた。それは今までどのように森を通過してきたのか、という事であった。森には先程倒した怪物などが沢山存在している。なので、森を歩く道中、怪我をする事は多分にあり得た。


「大丈夫」

怪我しないからと答えるファシル。

簡潔な答えであったが、それはとんでもなく難しいことだった。その答えを聞いた女性は驚きを隠せないでいた。そしてある事を提案をしてきた。それは、森を抜けるまでファシルに護衛をして欲しいという事であり、その変わりにファシルが怪我を負った場合は回復魔法で治療するという事であった。


 女性の行き先は森を抜けた先にある港町リーケス。しかしファシルは王国シュレヒタスを目指していた。

「それなら」

リーケスから船に乗った方が早いよと教えてくれた。

しかし、ファシルはひげ面に聞いた話と違う事に困惑した。リーケスを経由する事は聞いていなかった。困惑するファシルであったが、これは単純なことであった。ファシルは森を一人で旅している間に、道を間違えて遠回りしてしまっていたのだ。


 ファシルはその事に気付き、森を抜けるためにも提案に乗ることにした。

そのときファシルたちは名乗っていなかったに気付く。そしてやっと自己紹介した。

「私はレイリア」

よろしくねと笑顔をみせるレイリアにファシルは少しドキッとした。

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