第5話 4年の月日。
高校2年の夏。
町屋梅子に心無い言葉を浴びせて、王子美咲に怪我を負わせた永礼崇の生活は一変した。
近所では悪い噂が立ち、親達ですら実の息子を軽蔑した。
永礼崇にとって、そんな事は些事でしかなかった。
王子美咲に嫌われて憧れのダークヒーロー相田晶とも顔を合わせなくなる。
だが何より辛いのは、道路側に接した自室から外を見た時に、王子美咲が相田晶と話をしたりする姿を目撃したり、町屋梅子が図々しく王子美咲の友として、相田晶に好意を寄せる女子として家までやってきたりした時だった。
元々王子美咲は町屋梅子と自分がお似合いだと言っていた。
連絡先交換もしていた。デートだって相田晶が居なければ成功していた。
窓の外から見えるあの場に居たのは相田晶ではなく自分、永礼崇だったのにと怒りが募っていった。
高校3年の進路。
親は永礼崇に「どうする?」と聞いてきた。
「進学したい」と告げると、親は頷いてから県外の大学を進めてきた。
永礼崇は厄介払いとしか思えなかった。
だが現実には親は永礼崇の事を思い、県外でやり直して欲しいという意味で言ったのだが息子には伝わらなかった。
永礼崇からすれば生まれ変わるきっかけだった。
親に言われるままに県外で大学を探した。
そして合格をすると高校卒業と同時に一人暮らしを始めた。
新生活は苦痛のひと言だった。
それは全て永礼崇に原因があったが本人に自覚はない。
そもそも永礼崇は普通と真面目を絵に描いたような男で、委員会活動もキチンとやりきり、教師達から検定試験も受験しないかと言われれば、キチンと試験勉強もして合格をする。
模範的な生徒として生きれば日の目も見れる。
順風満帆は言い過ぎでも過不足ない日々を過ごせる。
そんな男だったが、心の中はダークヒーロー相田晶に憧れたせいでどうしようもなくなっていた。
真面目に学業に打ち込めば良かったのに、悪い連中と共にいてカモにされる。
飲み会の幹事をさせて余計な支払いをさせて軽んじる。悪い連中からすれば離れて行っても追いかけたいとも思えない永礼崇は縁を切るのも簡単だった。
ダークヒーローに憧れたがダークになりたい訳ではなかった。
心の中では常に世界を知った気になり、悪い連中も誰もかれもを見下していた。
だが悪い連中といて二十歳になる前に、酒とタバコと女の人がいる店を知った永礼崇は、その経験だけを持って普通の群れの中に戻って行った。
悪事を経験してきた自分はまさにダークヒーローだと思っていた。
自身も羊だが、狼の群れに入って帰ってきた経験を羊達に狼の生き方を自慢する。
羊達は永礼崇を嫌がっていたが、口にできずに誤魔化すことしかできなかった。
永礼崇はようやく相田晶に並んだ気になった。
口汚く心無い言葉をぶつけて笑いを取る。
自分と一部の人間だけが楽しければいい。
相田晶のように「俺が飲み会を楽しくしてやっているんだ」と言い切れば、羊達は何も言ってこなかった。
2年になり後輩ができると更に楽しくなった。
一年の差を見て心が躍った。
無知で純粋に見える新人達に元狼として威張り散らすと、後輩達はヘコヘコと「永礼さん」と挨拶をしてくる。
バイト代で衣服やアクセサリーに力を入れて、残った金で後輩達に威張り散らす。
楽しい時間だった。
地頭の良さもあって思った事を口にすると、賛同者も居て相田晶にまた一歩近づいた気がした。
大学生活が3年目になる頃、永礼崇は周囲から嫌われ尽くしていた。
退学を願われる声もあったが、永礼崇は地頭の良さで、学生としてはキチンと最低限の成績は取得していた。
金払いの良さからタダ酒の人としては良かったが、絡み酒が酷くて、絡まれると殊更悪く言われて笑い者にされる。狼崩れの中途半端な人間だった経験を馬鹿にする者と畏怖の対象とする者がいた。
だが確実なのは一年生も二年生になり、経験を積めば永礼崇の底の浅さが見えてきて構っていられなくなる。
永礼崇もそれを肌で感じているのか、新一年生ばかりを狙うようになっていた。
永礼崇は充実した日々を過ごしていたが不満も物足りなさもあった。
それは彼女だけはできなかった事。
相田晶と同じように生きてみたが、バレンタインにチョコもなく告白もない。
女っ気が無いわけではない。飲み会の半分は女子だが自分には何もない。
後輩のバカな田舎者にも彼女はできた。
まあ彼女はそんなに可愛い子では無かったので、飲み会で笑い者にしてやったら泣いて店を飛び出して行った。
そいつの分も金を出したからチャラだ。
そんな事を思っていると親からGWに帰省するように言われた。
なんでも年老いた祖母が会いたいと言い、家族で食事をしたいと言っていると言う。
そもそも勝手に地方に人を追いやっておいて何の言い種だと思った。
だが凱旋をするのも悪くない。
バカな王子美咲は碌な進路に進めずに家事手伝いかも知れない。あの相田晶は自分を見て立派になったと心の友になれるかも知れない。
永礼崇はそう思って久しぶりに地元へと帰った。
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