暗く深い井戸の底から世界を見下す。
さんまぐ
第1話 見下す男。
この男には何もなかった。
何もないのは間違いで、男が望むものだけが何もなかった。
だが男はそれに気付かずに、ただ無いものだけを見て探していた。
男はいつの頃からか、心を平坦に保つ為に周りを見下す事を覚えた。
勝手に自分の尺度で決めつけて、わかった気になって周りを見下す事で、自信を失わないようにしていた。
同級生に恋人ができたと聞けば、「あの程度で妥協している」、「可愛くなければ意味がない」、「スタイルが悪い」、「肥満」、「痩せ過ぎ」と批判して、「俺ならこんな風に妥協をしない」と言って誤魔化し、給料のいいバイトを見つけてきたと聞けば、「でもブラックだ」、「休みが少ない」、「稼ぎすぎに興味なんてない」、「適度でいい」と思って自分を肯定した。
だがそこまででしかない。
それ以上ではない。
その場その場で都合のよい考えを選択する酷い点思考に陥り、ダブルスタンダードが悪化してしまい、自覚をしてもやめられなかった。
だが男には運良くというべきか、運悪くというべきか2人の幼馴染が居た。
新築建売住宅。
親が買った家は同時期に5棟売りに出されたうちの1棟。男の家以外の2棟には同い年の子供を持つ家庭が入居した。
1人は男で1人は女。
女の方は母性に全振りをしたような女で、バカだが人はいい。困った人が居ると自分が困っても助けに入るような女で、男の方は口が悪く喧嘩っ早い。口撃で相手を痛めつけて、相手が激高したら腕力で黙らせるような男だった。
高校生になり、3人とも別々の高校に通うようになったが、家は隣同士なので付き合いは残る。男は中学の同級生が付き合った話を聞くと、それとなく話を転がして幼馴染の男から欲しい言葉を引き出していた。
「あぁ?岩渕の奴、越谷と付き合ったの?越谷って見た目ゴリラじゃん」
「晶、酷い事言うのやめなよ。別に桃ちゃんはゴリラじゃないよ」
口が悪くて喧嘩っ早いのは
「あ?嘘ついてねぇだろ?岩渕はバカなんだよ。可愛くなければ意味がないだろ?美咲は頭悪いな」
相田晶に美咲と名前を呼ばれたのは
「えぇ?男って見た目だけなの?崇?」
崇と呼ばれたのが自身には何もないと決めつけていた男、
高校一年の夏休み。
親達は一日も早いローン完済の為に奔走している間、子供達は夏休みを満喫する。
王子美咲の母は娘同様に母性的の世話焼きで、正しくは王子美咲は母に似てお人好しなので、夏休み中の相田晶と永礼崇の食事の心配をすると、母親も一緒になって心配をした。
王子美咲と母は2人を気にかけて余計に買い物をしていて、簡単に卵焼きと焼いたソーセージとおにぎりを用意すると、王子美咲が昼に差し入れて「キチンと食べるんだよ」と声をかけると、話の流れから永礼家で3人で食べる事になった。
そして永礼崇がおにぎりを食べながら、「そう言えばウチの母さんが見かけたらしいけど、岩渕くんと越谷さんが手を繋いでる所を見たって」と話を持ちかけた。
永礼崇は母親から話を聞いた日に「アンタは彼女とか居ないの?近くに美咲ちゃんが居るからいいとか思うんじゃないわよ。あの子はいい子で、アンタなんかには勿体無いんだからね」と言われた。
永礼崇は別に王子美咲をなんとも思っていない。別に望まれれば付き合ってやらない事はないくらいには思うが、自分からどうにかしたいとは思わなかった。
それでも親に言われると面白くない。
それに話に出た岩渕は、永礼崇の目から見てもそんなに見た目が悪いわけでもないのに、越谷桃子くらいの女で手を打った男の癖に、母親が勝者のような扱いをしていた事が気に食わなかった。
だからこそ、この話題を相田晶に振って欲しい言葉を引き出したかった。
案の定、相田晶は越谷桃子を悪く言い、永礼崇は溜飲を下げていた。
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