7章 「撃震」

#1a Devotion -献信-

6月9日 15時03分

上赤津場 "Buy-laS"跡

B2F "変質"地下プロムナード




「・・・・たぶん、はもっと前から起こってたんだ。

僕がそれに気付いたのは、明癒ちゃんやりょうくんとも出会った、あの日だ――――」




落下した場所からしばらく歩き続けるも、"Buy-laS"の地下は異常に広大だった。


どこまで行っても、気味の悪い赤黒い闇が落ち、荒れ果てた通路が続き、記憶の中の広さともまるで合致しない。


どういう訳なのか、視界が効くだけの光量が残っていなければ、脱出どころか進むことすら困難だったろう。


そして、辺りにはゴウゴウと低く長い音が乱反射し、閉塞した空間を満たしている。


元が何の音だったのかも定かでない重苦しい響きは、鼓膜を押さえつけようとする空気の波、と言い表した方があるいは適切だろうか。


不快なボリュームのその振動が、もしかしたら今もこの空間を押し広げているのかもしれない。


願わくば、これらの音や光が、この洞穴の中で起こったものでなければ良いのだが。




「――――あの夜に、僕はあの"レクリス"っていうでかい化け物に襲われて・・・・でも戦って、どうにか生き延びたんだ。

それが、僕の始まり」


「・・・・その・・・・"ぶじんぐ"・・・・?

漢字、よね?

武神・・・・神具?」


「分からない。

僕もつい昨日、同じようにこれを使う人達から二言三言、聞いたきりなんだ」


「それが、さっき言ってた"隊長"さんなの?」


「さっきの神保さん達を見る限り、レクリスを倒す"軍隊"みたいなのがあるのは間違いない。

"アンヴィル"・・・・そう言ってた」




内部の景観は、既にショッピングモールであった面影はとうに無くなり、岩窟の中そのものに変じていた。


赤黒い闇に沈む、店舗のショーケースや商品。


清潔感のあった壁面に、装飾品。


それらの人工物はもはや、その尽くが黒い粘液状の物質に呑み込まれている。


あの蟲達は無慈悲に、人の作った物すらも、容赦なく侵蝕していたのだ。


それを見た梓は、上で見た光景を思い出したのか、特に件の黒い物質に嫌悪感を示していた。




「・・・・"レクリス"ってなんなの?

どうして、こんなことをするの・・・・?」


「・・・・分からない。

冗談抜きで、この世のものじゃ無いんじゃないかな。

そういう場所から現れるのを見た。

それに・・・・脳天を貫かれても死なないようなのを、生き物とは呼べないだろ」


「脳・・・・うっ・・・・」




無意識に2人の歩幅は縮まり、励まし合うように寄り添っていた。


幸いにも、今のところはあの蟲どもに出くわすことはなかった。


10分以上も歩いて、姿すら見かけない。


その現状は、しかし逆に不気味でもあった。


確かに光弥達は上階から結構な距離を落ちた筈だったが、それだけで逃げ切れたとは考えにくい。


疑問と不安は膨れ上がって、生き残る意志を絶えず脅かす。


見える敵に追い回されなくなったと思えば、今度は見えない想像に追い込まれているというのも、皮肉な話だった。




「――――分からないって答えてばかりだ、ごめん」


「・・・・答え合わせまで求めてたわけじゃない。

少なくとも、ここに何があって、どうして私達がここに来たのか・・・・それは分かったから。

その・・・・ありがとう」


「なら、安心かもな。

ひとまずは期待に沿えられて」




ともかく梓との"約束"を1つ果たせた事に、ささやかながら安堵する光弥。


されど、もう1つのもっと大事な約束については未だ、今後の見通しすら付いていなかったが。


(まさしく一寸先は闇・・・・なんて、ほんと今は冗談じゃないよな)


くだらない考えも、気休めにもならない。


今進んでいる道が、果たして正解なのか。


それどころか、知らず知らず"袋小路"へ進み続けているのではないか。


正解の見えない心配が、光弥の心臓に早鐘を打たせ続けていた。


ざわざわとした寒気が止まないのは、そこに加えて"レクリス"の気配が判別不能な程に充満している所為もある。


己の目耳で先手を取りたいところだったが、周りのこの劣悪な環境では、それも困難を極める。


だが、きっと自分達を害そうとする切っ先、呑み込もうとする罠は、すぐ側にある。


その考えを決して軽んじず、光弥はいっそ臆病な程にそれらの予兆を探し続けていた。


きっと、それぐらいで丁度良い筈だ。


少しの対応の遅れも許されない以上、形振りも手段も問うつもりはなかった。




「――――眞澄さん、下がってて」




やがて、黒い物質が比較的薄い区画に差し掛かった時だった。


光弥はそれまでと異なる何かを見つけ、素早く身構える。


「日神君・・・・あれ、なに・・・・?」


緊張に身を強張らせる梓を庇いながら、腰程の高さの塊に目を凝らす。




「・・・・人、だ・・・・っ!?」




果たしてそれは、かろうじて侵食を免れた壁に寄り掛かり、蹲る男性の姿だった。


驚く光弥と梓だが、此処で迂闊な動きはできない。


梓を制してから、慎重に近付く光弥だったが、その間にも男性は身動ぎ一つしない。


彼の着ている、真っ赤な模様が大きく入った服は、しかしズタズタに破れ、湿っていて、そう見えただけだった。


その下に着込んでいた、防弾ジャケットのようなものも例外では無い。


左手には拳銃が握られている。


きっと、最期まで戦ったのだろう。


「ねぇっ・・・・その人は、大丈夫なの・・・・!?」


その声にはっとして、側まで来た梓の視界を遮るように立つ。


「見ちゃ、だめだ」


鎮痛なその言葉に、梓もまた察した。


震えて息を呑む音がして、その足が止まる。


光弥もまた、握り込んだ拳が止めどなく震えていた。


怒りとも、恐れともつかない動揺を抑え切れないでいた。




(ここに来るまで何度も見てきて・・・・でも、結局は分かっていなかったんだ)




――――思い返して、灰爪の"怪物"レクリスの事件は、を除けばテレビの向こうの出来事。


そして、上で起こった無残な光景にも、あまりの混乱の中で正対できていなかったのだと、今更のように分かった。


(・・・・大勢の人が死んでいる。

いや・・・・殺されているんだ。

僕等は、運良く生き延びているだけなんだ。

もう何人もの人が、"レクリス"によって、見境なく命を奪われてる。

突然に・・・・理不尽に・・・・奴等の暴力で、無理矢理に・・・・っ!!!!)




「・・・・酷い・・・・」


絞り出すように梓がそう呟く。


「――――どうして、こんな・・・・っ」




梓もまた、眼の前に横たわる不条理へ、心を震わせていた。


溢れ出させた言葉はまるで問いかけのようだったが、しかし光弥はそれにどう答えれば良いのか、分からなかった。


言い表す自体は、簡単ではある。


沢山の人が無情に傷付き、そして斃れた。


何故かと言えばそれは、災害めいて無差別で、されどこの世のものでないだろう怪物に、たまたま出くわしてしまったから。




(・・・・自分の意志に関わり無く、運が悪かったから死んだ。

それこそ、一番むごいじゃないか・・・・っ。

単純過ぎる、たったそれだけの理由で・・・・納得なんて、出来る筈がない!!

今、この人だけじゃなく、ここにいた誰も彼も、こうして自分の・・・・"自分だけの生命"を踏み躙られるなんてこと、あって良い筈がないんだ・・・・!!)




されど、未来とは時になんの予兆も、理屈すらもなく、奪われる時が在る。


在ってしまう。


だが、1つ・・・・此度の悲惨に責を問えるのだとするならば、目の前の喪失とは、不幸な事故でもなければ災害でもない。


あの化物共が引き起こした、悪行だということ。


許されざる暴力だということ、なのだ。


光弥は、現実に心が追いつく程に、腹の底が煮えくり返るように熱くなりだすのを感じた。


感情なぞ存在しないあの蟲けらが、この罪を知ることなど無いだろう。


だったら・・・・同じ痛みを、あの血も涙も無い、醜い身体に叩き込んでやる。


必ずや、この報いは必ず受けさせてやる。




暴力で奪うという行為を、光弥は見過ごしてはならない。


断じて、それに負けてはならない。


食いしばった歯と握り締める拳に、光弥は誓うのだった。




すると、その時だった。


梓は徐ろに、静かに進み出ると、亡骸の前に跪いた。


前髪の間から覗ける、濡れた瞳。


その眼差しを伏せ、梓は両掌をそっと合わせた。


「こんなところで、弔ってあげることもできない。

連れて帰ってあげることも。

だから、せめて――――」


「あ・・・・」




目の前の悲劇を悼むという、”人”として当然の感情に、光弥はやっとの事で思い至っていた。


思考はただ怒りに支配され、力を漲らせるばかり。


そうして荒んだ己に対し、ひどく後ろめたい感覚が、胸を突いた。


「――――きっと、暗くて、痛くて・・・・恐くて。

なのに、こんなところにたった一人で。

・・・・私達にはもう、何もしてあげられない。

何も、分かってあげられない。

ならせめて、この人が最期に感じた激しい思いが和らいで、安らかに眠れるように・・・・」





何の関係も無い、どんな声かすらも知らない、他人。


それでも梓は真っ直ぐに、その死を心から悼み、哀惜を胸に祈る。


目の前の悲惨に、嫌悪するでも、自分の身に降りかかるのを怯えるでもなく、親身に彼の冥福を願う。


そんな純真さを目の当たりにして、光弥の強張った身体から自然と力が抜けていった。




「・・・・眞澄さんは、優しいな」


「・・・・そうでも、ないよ・・・・」




2人は並んで膝を付き、この名も知らぬ戦士の最期へ、黙祷を捧げた。


僅かな間、しかし一心に。




<カツンッ>




唐突に、光弥の膝元ほどで、物音がしていた。


とても軽くて小さな音で、少なくともあの蟲達が発するような大きさではなかった。


驚いて目を凝らすと、は男性の亡骸の手元にあった。


さっきまでこんなもの、あったろうか?


不思議に思いながら、光弥は何となくそれを拾い上げた。


一見するとそれは、片手で握り込める大きさのスプレー缶に見えたが、妙にずっしりしている。


噴霧するためのボタンや引き金等も、見当たらず、代わりにフックのような大きな金具が上部から伸びている。


真っ黒な色に、側面に白い英字でなにやら書いてある見た目も、どうにも胡散臭い。


「変な形だ」


思わず眉を顰めて、声に出してしまうくらい。


「・・・・?

どうしたの、日神く――――」


それを聞いて梓が振り向く。


件の物体について、光弥はピンとこなかったが、しかし梓の方はそれを見た瞬間、顔を強張らせた。


「それっ、手榴弾・・・・っ!?」


「しゅりゅー・・・・ああ、映画でよく出てくる爆弾か。

へぇー・・・・」




 爆弾 。




自分で言ったその言葉の意味に気づいて、光弥は誰かに引き倒されたみたいにのけぞった。


「 ばっっっっ !!!!????」


「だ、大丈夫っ、安全ピンは抜けてないっ」


度肝を抜かれた光弥は、手中のそれを限界まで遠ざける。


しかし、そこからまさか投げ捨てる訳にも行かず、フリーズするほか無かったのだった。


「・・・・ピンを抜かないと爆発しない、らしいけど・・・・」


「ふ、不確定形じゃ安心しきれないっす・・・・」


一方で、予備知識のある梓は、光弥ほどドン引いてはいなかった。


それどころか、一呼吸置いてから、思い切ってそれをひょいとつまみ上げたではないか。


「ま、まま眞澄さん、危ないってっ!?」


「・・・・爆発するなら、私達もうとっくに吹っ飛んでる。

・・・・もう・・・・」




確かにごもっともな言なのだが、そんなに邪険にしないで欲しかった。


何の気無しに拾ったものが実は爆弾だとか言われたら、誰だってビビり倒すに決まっていように。


少しでもいいから、労ってくれても良いんじゃないか。


・・・・等などの愚痴は、しかし今更言えるはずもなく、すごすごと頷く他ない光弥である。


円盤投げの彫像めいた変なポーズで固まったままでは、何を言っても滑稽なだけであった。


しっかりしてよ、とでもいいたげな彼女の冷たい視線も、今はただ耐え忍ぶ時であろうさ。


そんな光弥をよそに、梓の方はその危険な珍品を眺めるのに意識を集中していた。




――――ややあって、光弥は改めて、倒れ伏すこの男性の素性について考える。


彼はおそらく神保の仲間の一人、"アンヴィル"の者なのだろう。


私服警官だとしても、銃以外にまさか爆弾までもは持ち歩くまい。


上で見たように、彼もまた一般人の避難の為に"レクリス"と戦い、そして力尽きた。


その気高い亡骸の傍に、光弥は徐ろにしゃがみ込んだ。


全ては、この場を切り抜ける為の行い。


その一心で、亡骸の左手に握られた拳銃へと手を伸ばしていた。


「ともかく・・・・弾が出るなら、使えるはずだ」


全体的に太くて角ばったデザイン、外装の大部分に樹脂系特有の滑らかさがある。


これを掴む彼の手指は力無く開かれているように見えたが、しかし実際にはガチガチに固まっていた。


死後硬直。


言葉だけは知っていても、早々目の当りにすることはない現象だろう。


光弥はできるだけそっと、その指を解していく。


触れる男性の表皮は、拳銃と同じくらい冷たく強張っていることに、ぞわりとした。


「この銃、使わせてもらおう」


取り上げた拳銃は、ずしりと重たい。


この日本では、こうして実際に銃を持ったことのある者は、あまりいない事だろう。


だがその使い方自体は極めて単純だ。


誰しもが、今直ぐにでも出来るはずだった。




「・・・・日神君、それ・・・・」




光弥が差し出した代物を、梓はすぐには受け取らなかった。


手は伸ばすが、指先の触れる僅かに前で止まる。


亡骸から、まるで追い剥ぎのようにして得た、小さな道具。


構えて、引き金を引く。


たったそれだけの動作で命を奪えてしまう、高い殺傷力を持った武器。


とてもそうは見えない簡素さが、むしろ逆に恐ろしかったのかもしれない。


様々な逡巡が、その手指の震えとなって現れていた。


しかしある時、彼女の揺らぎはピタリと止まる。


一呼吸の間に、梓は意を決し、光弥がもう一度促すより前に、拳銃の持ち手を両手で包み込んだ。


「引き金を引けば、撃てる。

・・・・ただ、それだけ・・・・難しく、ない」


小さく、自分に言い聞かせるように呟き、梓は改めて手を握り込む。


「こんな場所で、丸腰でいるよりずっとマシだもの。

・・・・それにもう、ただ逃げるしかないのなんて、嫌」


たおやかな見た目とは裏腹に、一度宿った意志はとてつもなく強いことを、光弥はよく知っている。


真っ直ぐなその眼に向かい、光弥は首肯を返す。


そして、2人は最後にもう一度、男性の亡骸に礼をして、その場を立ち去ったのだった。




・・・・

・・・

・・




改めて、2人は赤黒い暗闇の中を暫く進む。


するとやがて、天井の低い小さな通路を抜け、視界が急激に大きく開けた。


そこには、自分が小人になったと錯覚する程に広大で、そして惨憺たる光景が広がっていた。


「・・・・なんて有様だ・・・・」


光弥達の眼前に現れたのは、寒気の込み上げてくるような大空洞だった。


距離感の狂う程に広大な吹き抜け状の空間は、

天井どころかまともに歩けそうな床すらなく、その上で一面が黒い粘物質に侵されている。


その縁に歩み寄って見れば、赤黒い闇に淀む巨大な縦穴が、上下に際限なく伸び行く。


さながら天を目指した"バベルの塔"の内側の如き果てしなさは、たとえビル一つをまるごと投げ込んでもそのまま吸い込まれていきそうだった。


そして止めとばかりに、周囲一面の粘物質の壁には、あの蟲の群勢達が塗り込められている。


少し見回しただけでも、相当な数が壁材に身をやつして、その活動を完全に停止しているようだ。


正直、光弥であっても直視に堪えない、狂気的な世界だった。


「念の為に、あまり壁には近付かないで、眞澄さん。

まだ動く奴もいるかも知れないから・・・・」


「――――嫌っ!!」


光弥の背から恐る恐る覗きこむ梓だったが、あまりに異様な惨状を二目と見れずに顔を逸らした。


「・・・・暗い、高い、気持ち悪い・・・・っ。

あぁもうっ・・・・本当に、有り得ない・・・・っ!!」


今更もう恥も外聞も無いとばかりに、苦手要素の集合体へ泣き言を吐く梓。


「・・・・そっか。

そういうの、嫌いだったっけ」


「しかも・・・・よりによってあんなに大きなだなんて・・・・。

見るだけでも嫌なのに・・・・っ」


「・・・・確かに。

でも、気配はまだ消えてない。

当然いる、筈だ」


この時、光弥は自分の言葉に引っ掛かりを感じてしまっていた。


果たして、小一時間ほど歩き続けて、しかし光弥達は未だにあの化け蟲が活動しているところには出くわさないでいた。


(これは一体、どう考えるべきなんだ・・・・?)


勿論、それは幸いではあるのだが、同時に不気味な事態でもあった。


上階では、光弥と梓のたった2人相手に執念深く追い詰めてきた群勢が、しかし今やぱたりと追跡を止めている。


だが、先述のように今も光弥は奴らの気配を感じていて、気絶していた間に全部煙のように消え去った、という都合の良い事態が起こったのでないことは確かだ。


(もしも、今が奴らの昼寝時って訳でもないなら・・・・どうしてかこの近辺にだけ、奴らが存在していない、理由があるんだろうな)




それは果たして、罠でも張って、光弥達が飛び込んでくるのを手ぐすね引いて待っているのか。


――――あるいは、もっと他の"重大な存在"に殺到している最中、なのか。




(前者なら最悪。

後者なら、一気に形勢逆転・・・・になるのかな)




その時、梓の大きな嘆息が聞こえてきて、光弥は思考を切り上げた。




「これを・・・・登らないといけない、のね」


「――――でも、少なくともよじ登る必要はないよ」


つまりは、大嫌いなこの黒いぐちゃぐちゃに触らなくて良い、という旨の言葉に、梓は心なしか顔を明るくして振り返る。


一方、光弥はその場でトントンと軽く跳ね、準備運動をしていた。


それによって身体に感じる手応え・・・・ならぬが、先の言葉の根拠である。


「ほらあれ、色んな所に乗れそうなデコボコがある。

これなら、跳んで行った方が早そうだ。

あとは、ちゃんと座って休めるような場所に行ければ良いんだけど・・・・」


「・・・・でも、私は?

日神君みたいな事はできない、けど・・・・」


不安を顕な梓からの問いに、光弥は返事の代わりに歩み寄っていた。


きちんと答えないその理由は・・・・まぁつまり、どんな顔をして伝えれば良いかいまいち分からなかったからだった。


「まさか――――」


「あー、うん、その・・・・不安的中で申し訳ないんですが、失礼をば」


半ば察しのついていたらしい梓は、露骨に身体を縮み上がらせた。


例えどう言い繕おうとも”嫌がる女性に無理強いしている”この状況に対し、物凄い罪悪感を感じざるを得ない光弥。


「ま、またなの・・・・!?」


「・・・・重ね重ね、本当に申し訳ないんだけど、また我慢して欲しいんだ。

今は時間を無駄にできないしさ」


「それは、分かってるけどっ。

って、ちょっ・・・・こ、、なの・・・・!!??」


「昔、僕もされたことがあるんだけど、おんぶされたまま動き回られると結構苦しいんだ。

なので、恐縮ながら・・・・」


「それも、わかるけど・・・・ち、近い・・・・」




そんなこんなで、いわゆる”お姫様抱っこ”にて梓を抱え上げる光弥。


ほぼ同じ身長の彼女を抱えているのだが、しかし案外その感触は悪くない。


嶄徹を発動しない状態でも、これならば巨大な縦穴を飛び上がっていく無理も可能だろう。


そして梓も事の重大さを分かっているらしく、諦めたように大人しくしがみついていてくれていた。




「・・・・だいたい、なんでそんなに何でもない顔でいれるの・・・・」


「え・・・・ごめん、今なにか言った?」


「なんでもない」


「・・・・あの、首、つねんないで」




ともかく、重力まで狂った世界でなければ、上へと登ればそれだけ脱出路を見つけられる可能性も増えるはずだった。


正直にいえば、今はそれ以外に方策なんて無いままだった。


確かな事と言えば、この先こちらの首を掻っ切ろうとする蟲の化け物に嫌が応でも出くわすだろう、というリスクばかり。


そんな只中では、右手を壁につけて歩けば出口に着く、なんて簡単には済まない事は百も承知。




(――――それでも、ただ祈って助けを待ってるなんて真っ平だ。

僕は、”戦う為”に此処へ来た。

眞澄さんにも、”約束”をした。

嘘にするつもりはない。

だから・・・・半端は出来ないんだ)




いずれは此処に、必ず彼らも来るだろう。


金色の電光と、紅蓮の灼光。


光弥より遥かに強い本物の戦士・・・・”ヴァンガード”。


あるいは、それに賭けて動かず待つのも手かもしれない。


だがそれでも、光弥は己の意地に懸けて、弛まずに前へ進もうとしていた。


胸中に滾るこの熱を、今更無かった事にするなんて出来なかった。


(一体、誰が言い出したのかは知らないけど・・・・人間の魂ってのはやっぱり、にあるんだろうな)


身体の芯で感じる拍動。


其処から全身へと、熱が巡る。


この昂揚があればこそ、脳がそれに応えて、恐れを超えさせる。


それがなくては、あの強大で恐ろしい敵へと立ち向かう事は出来ない。


戦う意志は、逃げ隠れしたがる本能からは生まれ得ないのだと、光弥は実感する。


抱え込んだものの重さと、自分の選択を信じて、光弥は暗闇に沈んだ行く手を挑みかかるように見上げていた。




――――To be Continued.――――



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