第11話: 女神「皮剥いで持ってきて」 ←当事者たちの恐怖よ





「さあ、輝夜様、歯を黒く塗りましょう」

「あ、大丈夫っす、自分で黒く出来ますので。あと、なんで黒く塗るのか分からんよ?」


「輝夜様! なんですか、その下品な所作は! もうすぐ貴族の方々が来られるのですよ!」

「そんなん知らんし、誰も頼んでいないですし、というかお爺さん、お婆さん、何度も言うけど嫁に行く気はないってば」


「ほっほっほ、照れなくてもよいぞ、姫よ。婆さんも、気合を入れておるからな、頑張るんじゃぞ」

「駄目だ、爺さんも婆さんもまるで話が通じねえ……!」



 さて、人の話を聞かない老夫婦の手引きと、噂が噂を呼び寄せ続けた結果、彼女は無事(不本意)に高貴な御方とのお見合いが決まった。



 とはいえ、だ。



 現代社会とは違い、この地における高貴な者たちとのお見合いは、どうやら日本昔話的な作法に則ってやるようで。


 現代人の感覚もしっかり残っている彼女としては、非常に面倒臭い……いや、もはや意味不明過ぎて困惑してしまうようなルールが多々あった。


 まず、お見合う際、男女は基本的に顔を合わせない。すだれのようなモノで姿を隠し、それ越しに対話を行う。


 顔を見せるのは、お見合いの後半。それまでは、すだれ一枚を境にして、コミュニケーションを取る……らしい。


 しかし、本当に姿が見えないわけではなく、日の当たる角度やら何やらを計算して、女性から男性を見る事は出来るようになっているらしい。


 実際、けっこう見える。そして、例外はあるらしいが、不必要に顔を晒すのは、はしたない行為に当たるらしい。



 それなのに、着る物はちゃんと着る。



 この着る物だが、かなり重いし暑苦しい。どうしてかって、色合いが鮮やかな着物を何枚も重ね着するからだ。


 見えないならパンツ一枚でも構わんだろと彼女は思った。だって、けっこう蒸し暑い季節だし、見ている者たちが暑苦しいだろうし。



 でも、それは絶対に駄目らしい。



 単純に、はしたないから。あと、非常に下品(非常識でもある)ではあるが、すだれを捲って覗こうとする者が時々現れるらしい。


 その際、時期によっては多少なり着崩れるぐらいは問題ないらしいが、さすがに下着姿で居るとなれば、痴女と思われてしまう……とのことだ。



 ……正直、だ。



 いや、言うても君らだって月のモノが来ない時はノーパン(というか、当て布)じゃん? 


 着ている服が風で捲れた時、普通に観音様(意味深)が露わになったじゃん? 



 ……と思ったが、黙って受け入れることにした。



 素っ裸で出歩いている時間が長かったので、今さら裸の一つや二つで羞恥心を感じるような身ではないが、黙っていた。


 今は女神だが、以前は察する事を当然のように求められていた現代社会の男……それぐらいの空気は読めた。



 で、だ。



 あとは、女性側から声を掛けるのは駄目だ。あくまでも、男性側から声を掛けられるまでは返事をしてはいけないとのこと。



 ただ、これも例外はある。



 それは、男性側が緊張しきっていて、声が出せなくなっている時。初めてお見合いをする男性の中には、時々そういう者が出るとのこと。


 まあ、その場合は、男性の付き人などがこそっと助け舟を出してくれるらしいので、実際に彼女の方から声を掛けることは無いらしいのだけれども。


 ……これもまあ、正直に言わせてもらうなら。



(……? 結婚するのに顔を合わせないって、なんの意味があるんだ?)



 しきたりがどうとか所作がどうとか色々言われているが、納得する以前にどれもこれもが意味不明過ぎて、困惑しっぱなしであった。


 まあ、そう思えるのは、彼女の根っ子(元、成人男性)の影響もあって、限度を超えた、あまりに非効率的なやり方に苛立つ気持ちがあるのも……話が逸れたので、元に戻そう。



 ──着々とお見合いの準備が進められている最中で。



 とにかく、結婚なんぞする気はないと彼女は何度も口に出したし、態度にも出した。実際、逃げ出した事もあった。


 だが、そうすると、あまりにも老夫婦が悲しそうに己を探し回るので、結局は情に流されるがまま……お見合い当日を迎えてしまった。



 ……老夫婦が、本心で彼女のためを想っているからこそ、彼女は今回の騒動を無下には出来なかった。



 そりゃあ、この世界……というか、現在の人々の価値観で考えるならば、老夫婦があの手この手で彼女を貴族に嫁入りさせようとするのも、わかる。



 だって、現在の農民階級、マジであっさり死ぬから。



 実際、不作が続いて野盗になり、その野盗でも上手くいかず(イノシシに襲われたとか)、そのまま山中で餓死したやつが、家から数百メートルのところに居るのを彼女は知っている。



 どうして知っているのかって、それは女神アイのおかげである。見たくもないが、なんか気配がしたなと思った結果がソレであった。



 話を戻すが、貴族に成れたら無事かと言えば無言で首を横に振るが、農民たちに比べたら段違いだ。


 少なくとも、餓死の可能性はめたくそに下がる。野盗に襲われて死ぬという可能性も減るし、獣に襲われて死ぬという可能性も減る。


 あと、やべー人間に狙われる確率も下がるだろう。


 なにせ、彼女の噂は既に広まってしまっている。現代とは違い、気軽に他所から来るなんてのは非常に難しいが……0ではない。


 おそらく、露夫婦が本当に求めているのはここではないか……そうなのだろうなと思える節が何度かあったからこそ、彼女はこうして大人しくしている面もあるわけだが。



(女神パワーでそういう害意を持つ者は近付けないようにしているんだけど……う~ん、言えない)



 育てた娘が人外だと知ったらショックだろうしなあ……という懸念もあって、彼女は、すだれの向こうにて深々とため息を零したのであった。



 ……ちなみに、だ。



 彼女としては、男性との結婚はノーサンキューである。


 今さら俺は男だって誇示するつもりはないが、それでも、そうしないとどうにもならないという状況以外で、男とそういう行為をしようとは思っていない。



 かといって、女性と結婚せいと言われても、ノーサンキューである。


 これは彼女自身が女神ボディという女体(諸説あり)を得ているからなのかもしれないが……え、こんなグロイのを見て俺らってば興奮していたのか……みたいな感覚があるからだ。



 なので、老夫婦の御厚意には悪いが……相手が何者であろうとも、断ろうかな……と、彼女は考えていたのであった。






 ……さて、そんな感じで時は流れ、都より来たという貴族と顔合わせ(すだれ越し)となったわけだが。



(一度に5人かよ! 集団面接かよ! だったら履歴書ぐらい持ってこさせろよ!)



 まさか、1対5という集団面接形式のお見合いになると想定していなかった彼女は、こみ上げてくる頭痛に顔をしかめた。


 いや、まあ、ここらへんは現代人の感覚のまま思い込んでいた彼女も悪いのだが……でも、一度に5人は普通なのだろうか。



『いえ……稀ではあります。こちらとしても、日を分けて来るものとばかり……』



 気になって、傍で見守っている女中(何時の間にか、老夫婦が雇っていた)へと尋ねれば、女中も少しばかり困惑した様子で教えてくれた。



 こいつら……暇を持て余しすぎかよ!! 



 思わず、そう言いたくなった彼女は……聞こえないよう小さくため息を零すと……改めて、すだれ越しに5人を見やった。


 今日、この日、彼女の下にやってきた5人は、貴族の中でも貴公子と呼んでも差し支えないぐらいの身分を持つ、やんごとなき者たちであった。



 1人、石作皇子いしつくりのみこ


 1人、庫持王子くらもちのみこ


 1人、右大臣阿部御主人うだいじんあべのみうし


 1人、大納言大友御行だいなごんおおとものみゆき


 1人、中納言石上麻呂足ちゅうなごんいそかみのまろたり



 家柄が良いおかげか、誰も彼もが不細工という顔立ちではなかったが……ぶっちゃけ、そんな事はどうでもいい。


 というか、身分がどうとか言われても、正直よく分からない。つい最近まで2億年ぐらい寝ていたし、宇宙船に乗っていたし、その前は別世界の現代一般男性だったし。



(巫女なのに男? 右大臣ってことは、左大臣はおるんか? 大納言より身分が格下っぽい中納言さん、肩身狭くないか? それとも、麻呂って名前が付いているから実際は格上とか?)



 なにせ、率直な彼女の感想が、それだ。


 なにやら案内してきた老夫婦は緊張している(他の者たちも同様)ようだが、彼女からすれば、何をまあ恐れることはある……といった感覚でしかなかった。



 ……なんにせよ、だ。



 老夫婦の思惑は別として、彼女としては、どうせ断るつもりだし、適当に相手をして帰らせよう……そんな思いで、5人から向けられる口説きを右から左に聞き流していた。



 おそらく……そんな彼女の内心の態度を、5人は感じ取っていたのだろう。



 最初の頃は我が我がと前に出ようとしていたが、手応えなしと途中から判断してのか、明らかにやる気を失っており……色々とグダグダな雰囲気が出るようになった。


 それは、成り行きを見守っている女中たちも察したようで、「では、顔合わせ致します」せめて最後ぐらいは……そんな様子で、手早くすだれを外した。



 ──瞬間、時が止まった。



 もちろん、比喩である。


 しかし、第三者がこの場を見たならば、そう錯覚してしまうぐらいに……5人の男たちは動きを止め、今にも零れんばかりに見開いた眼を、彼女に向けていた。



 ……。



 ……。



 …………??? 



(あれ? 私ってばナニカしたっけ? 女神パワーが発揮されたような感覚はなかったけど……)



 対して、ジッと見つめられる形になった彼女は首を傾げた。


 動きを止めた男たちの様子を見て、(はて、またなんかやっちゃいました?)と思ってちょっと焦ったのは……っと。



「──是非、結婚してくだされ!!」



 どうしたものかと考え始めた途端、5人の内の1人……ええっと、誰か思い出せないが、とにかく一人が声を荒げた。


 そしてそれは、1人に収まらない。


 我も我もと、5人は一斉に騒ぎ立て……それは女中や老夫婦の静止を振り切る勢いであり……さすがにヤバイなと判断した彼女は、女神パワーで黙らせることにした。


 まあ、黙らせるとはいっても、女神パワーでこっそり落ち着かせただけだが……とはいえ、それで問題は何一つ解決してはいないのだが。



(やべえな……これ、ここで断ると、それはそれで実力行使に出てきそうだし……)



 どうしたものか……視線だけで穴が空きそうなぐらいに熱のこもった目で見つめられた彼女は、内心にて頭を抱えた。


 相手がそこらの一般男性であったならば、女中なり親代わりである老夫婦の一喝でどうにかなるが……やんごとなき身分の相手となれば、逆にこちらが不敬として処罰されかねない。


 その気になれば女神パワーでなんとでもなるとはいえ、出来るならば穏便に済ませたいところだが……っと、そんな時であった。



『……えますか……女神様……賢者の書です……今……貴女様の心に……直接……呼びかけています……』


(ひぇ!? なんだこれ!? ていうか、賢者の書!?)



 まさかの、遠く離れた場所にいる賢者の書からのテレパシー受信であった。


 お前もソレ出来たんかい……と、思わず言い掛けた彼女だったが、今は喧嘩をしている場合ではない。


 焦れている眼前の5人もそうだが、様子を伺っている他の人達のこともある。


 とにかく、この現状を打破するためにも、彼女は賢者の書に急いで事情を説明しようと……したのだが、さすがは賢者の書というべきか。



『……いいですか、女神様……これから私が言う事を……そのまま伝えてください……』



 どうやら、テレパシーが通じた時点で、彼女の現状を把握したようで……悔しいが頼りになる賢者の書の言葉を、そのまま5人に伝えた。



 石なんちゃらには、仏の御石みいしの鉢


 庫なんちゃらには、蓬莱ほうらいの枝


 右の大臣には、火ネズミの皮衣かわごろも


 大きい納言には、龍の首の五色の球


 中ぐらい納言には、ツバメの子安貝こやすがい



 各自に伝えた物を最初に持ってきた者に嫁ぐ。それとも、この5人で争って勝った者の方に嫁いだ方が良いか? 


 そう言えば、5人は苦虫を噛んだかのように顔をしかめ……一転、改めたのか、意気揚々と部屋を飛び出し、そのまま家を出て行った。


 後に残されたのは、突然のことに呆然とするしかない老夫婦と、何事も無く帰ってくれて良かった胸を撫で下ろす女中たちと。



 ──あれ、これって、昔話のアレでは……? 



 なにやら覚えがある展開に、ちょっとモヤッとしている彼女で……っと、そこで、彼女はハッと我に返った。



(ところで賢者の書、あんたら何時になったらこっちに来られるんだ?)

『向かっていますが……しばらく、無理です』

(なんでさ?)

『遠いので……あ、そろそろ限界……』

(え、早くね?)

『これでも滅茶苦茶頑張っているのですが……では、また……』



 宇宙船の方の近況を知りたかったが、その前にテレパシーが途切れてしまった。


 どうやら……向こうがエネルギー切れのようだ。


 しかし、少しは知る事が出来た。どうやら向こうはこちらの場所を把握しているようで、向かっている途中のようだ。


 それさえ分かれば、ひとまず安心だ。


 どれぐらい掛かるかは知らないが、寝て待てばいずれ来るのが確定しているのだから。



「とりあえず、みんなお疲れ。どうなるか分からんけど、他の人達の見合いは、あの5人の結果が分かるまで保留ってことで突っぱねてね」



 そう、皆に指示を出した彼女は、それはもう心配事が解消されたおかげで機嫌が良かった。


 何時ものように食事を済ませ、何時ものように女神パワーで作った風呂に入って、ゆっくり身体を休めた後。


 何時ものように、老夫婦へ挨拶をしてから、女神パワーで作った布団(当然、みんなにも配っている)にて、すやぁっと寝息を立てたのであった。



 ……ちなみに、だ。



 普通に寝るとまた何百万年経つか分からないので不眠を続けていた彼女だが、その問題は老夫婦との暮らしの中で既に解決している。


 いったい、どうやったのか? 


 それは、女神の権能によって生み出した、『必ず8時間後に女神の目を覚まさせる目覚し時計』のおかげである。



 ……おまえ、そんなもん作れるなら最初から作れば良かったのでは……そう、思う人もいるだろう。



 その点に関しては、彼女自身もその事を思いついて作った時に己の馬鹿さ加減が嫌になったので、あまり責めないでほしい……話を戻そう。


 この時計、かなりの優れ物で、女神以外には全く聞こえない音を発しており、また、如何なる手段でも壊す事の出来ない頑丈な代物である。


 やっぱり、皆が寝静まった夜中、朝日が昇るまで1人ボケーッとしているのは退屈だし、色々寂しくなっちゃうし……ねえ。



 ……。



 ……。



 …………そう、そんな感じで、眠ることへの不安が解消され、心地良くスヤスヤしていたのだが。



「……もし」

「すやぁ……すやぁ……」

「もし、もし、もし……女神様、起きてくださいませ」

「すやぁ……う~ん、なに? もう朝?」



 日も沈んで真っ暗な最中、囁き声と共に軽く揺さぶられた彼女は、むくりと布団から身体を起こし。



「なに、もう朝……あれ、まだ夜じゃ……?」



 大あくびを零しながら、何気なく視線をさ迷わせ……瞬間、絶句した。


 何故なら、視線の先……布団のすぐ横で、赤子ぐらい大きな……ゆらゆらと身体が燃えているネズミが、居住まいを正して座っていたのだ。


 しかも、一匹だけじゃない。


 燃えているので分かりやすいが、それが5匹並んで座っている。しかも、気配は家の外からも感じ取れて……総数50匹の火ネズミがいるのが、彼女には分かった。



「女神様……どうか、私共をお許しください。私共の何が貴女様を怒らせたのかは存じませぬ。それでも、私共が出来る限り、貴女様の怒りを静めまするので……」



 そして、唖然としている彼女を尻目に、5匹の中で、代表する形で前に出てきたネズミは、流暢に人の言葉を発すると共に、深々と頭を下げると。



「どうか、我らの皮を剥ぐ等という天命を取り下げください! どうか、お願いします!」



 それはもう……決死の形相で彼女を見つめながら、そのように懇願したのであった。



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