若宮牡丹の激情
時を同じくして、事件のあった駅の近くに来ている者がいた。若宮牡丹だ。気持ちの整理がついたかどうかもわからないまま、明智との言いつけを破ってでもここに来たのには理由がある。
魔術師の限界を思い知った。正義の味方として振る舞い、か弱い一般人を守ろうとしても、一つの失敗で大切な人を失う。家族に罵倒され、憎しみをぶつけられる。それが怖くて、一ノ瀬の告別式になんて行ける気がしない。そもそも、まだ現実を受け入れ切れていないのだ。
しかし現実は変わらず、時も変わらず進んでいく。試しに既読の早い彼女にラインを送ってみても、既読はつきそうにもない。掴みかけていた日常は、一瞬にして破壊される。現実とは非情なものだ。
「……」
うしろめたさを振り切って、若宮は前へ、前へと足を運んで行った。少なくとも、自分にはこの事件をどうにか解決する責任がある。もし、一ノ瀬を殺した者が目の前に現れたら──絶対に、敵討ちをする。四宮とかいう奴にやられた胸の傷が痛むけれど……心臓をえぐり取られて殺された友人の痛みに比べれば、自分の傷の痛みなどないも同然だ。
「ちょ、ちょっと君。ここは立ち入り禁止──」
「明智京介の連れや。許可も出てる」
若宮はそう言って、ずかずかと駅の中へ入っていこうとする。しかし許可証もなしに、中に入れるわけにいかない──警備員は行く手に立ちふさがった。
「許可証がないと、ここは通れない──」
「……」
若宮は激しい目つきで警備員を睨んだ。大阪の不良よろしく、それにしても殺気立った視線。警備員は本能的に察すると、無言で道を開けた。若宮は礼も言わずにテープの前まで来ると、
「……!」
駅の入り口まで勢いよくジャンプして、そのまま通過していった。警備員はさすがにたじろいだ。さっき通って行った二人組と言い、こいつといい、何か異様な雰囲気を感じる。通してよかったのかはわからないが、自分でなくとも、この連中を制止することはできなかっただろう。そう思い込むことにした。
「さて……」
パンクな格好で駅構内に現れた若宮は、早歩きで事件現場のもとへ向かった。一ノ瀬と斎加が殺された改札口付近まではまだ距離がある。彼らは自分たちがまだ狙われているとも知らず、この道を談笑しながら歩いていたのかと思えば胸が痛む──間違いなく、あの時は二人の護衛を優先すべきだった。四宮以外にも刺客がいる可能性を完全に考慮できていなかった。もし四宮を深追いせず、一ノ瀬と斎加の安全確保を優先できていれば、今もなお大切な友達は生きていた。笑って、明日を迎えられていたのだ。昨日から何十回自分を責めたかわからない。あの人がいないこの世界には何の意味もない。大きな後悔が脳内を侵食してくる。けれど、正気を保つためにも責任からは、今は少しだけ目を背けていたかった。
「こら、危ないだろう」
「あ、えっと、ごめんなさい──」
若宮はとっさに顔を上げた。考え事をしていたら、気づけばもうブルーシートがかけられた殺人現場の目の前まで来ていることに気が付いた。辺りは捜査関係者でごった返しており、自分が少し場違いな存在にも思えた。
「って言っても、ここに来てもできることってそんなにないんよな」若宮は独り言ちる。事件現場に手を合わせる以外にやれることは特にないし、肝心の魔力の残滓もあまり感じられなかった。他に気になるところも、ない。
「……」
ある空間の、断面だけを除いては。
「これ……たしか、織本さんの」
「現場検証終わりました~、段階的に撤収お願いします!」
その時、ある関係者の声が構内に響き渡った。一気に場がお開きムードになる中、若宮もこのままでは外につまみ出されてしまうと考えた。
「手掛かりは掴めそうか?」
「いえ。防犯カメラにも犯人の姿は映っておらず……」
人でごった返す中、若宮は咄嗟に少し離れた公衆トイレに走って逃げると、個室に鍵もかけずに入り、そのまま待機した。
「今日は終日運行停止やから……この駅も閉鎖されるはず」
もしこのまま潜伏できたら現場責任者に見つからず、駅で好き放題できるわけだ。どのみち亜空間に行っているらしい明智と織本も自動的に駅に取り残されることになるのだから、合流できれば一石二鳥である。
「それまで暇つぶしか……」
特に何もする気力が湧かない。復讐以外に生きる理由はない──織本が言っていたが、今の自分にも当てはまると言ってもいいかもしれない。一ノ瀬のいなくなった世界は灰色に見える。比喩でも何でもない。なんだか、つまらないのだ。今まで分け隔てなく一般人を助けてきたつもりだが、分け隔てなんてあってしかるべきだった。──結局、人間は貰ったものでしか人の優劣をつけられないのだな。
「もう、人生ってほんまよくわからんわ……」
『~♪』
すると、スマホに着信が入ってきた。トイレで響き渡ると関係者に見つかりそうなので、急いで電話に出た。
「もしもし──」
『もしもし。一ノ瀬です』
嫌な予感はしていた。見たことない番号だったから。しかし、それでも怖かった。冷淡な女性の声は、今の自分にはあまりにも痛すぎた。
「……!」
『……若宮さんの携帯でよろしかっ』
若宮は憔悴しきった顔で赤いボタンをタップすると、スマホを持ったまま、個室の床に崩れ落ちた。一ノ瀬の親だった。絶対に、あの声色は、絶対にそれ以上聴いていたらダメになっていた。
「……」
若宮は通知をオフにした後、気を取り直したように立ち上がった。自分が何をしたいのか自分でもわからないまま、そろそろ警察も去った頃だろうと思い、トイレを出た。構内の電気は消えており、人もまったくいない。妙な雰囲気があった。廃墟というにはきれいで広い。
どうやら潜伏には成功したみたいだ。若宮は小さく笑みを浮かべると、そのまま事件現場まで走っていった。やはり昨日の傷が少し疼いているみたいだ。ショックで忘れていたけど、自分は手負いの状態である。あまり戦闘は期待できない。できれば犯人を見つける重要な魔力の残滓を見つけられればいいのだが……
「見ぃつけた」
「!」
奔っている途中で、頭上から不愉快な声が聞こえた。若宮は咄嗟に急ブレーキをかけて天井を見上げると、刹那、ものすごい勢いで巨大な有刺鉄線が伸びてくる──若宮は体をひねると、間一髪でそれを避けた。途中で、昨日負傷した胸に痛みを覚えながら。
「なんや……!」
若宮はそうつぶやくと、天井に向かって思いっきり炎の弾丸をぶつけた。炎は天井を円状に突き破ると、そのまま空に突き抜けていった。その時、建物の上にある何かも同時に破られた。すると、先ほどまでこれっぽっちもなかった魔力の気配が一気に感じられるようになる。目の前に降り立った女の魔力も、ブルーシートの下に潜む巨大な魔力も。
「……誰や?」
「いきなりな挨拶だな、人間」
女──と断言するには少し幼い顔立ちのガールは甲高い声でそう返した。クリーム色の髪は後ろで束ねられており、勝気のありそうな太い眉毛に整った顔面、八重歯──もしくは牙──が天井から差し込む光に当たっている。幼い見た目に反して抜群のプロポーション、露出の多い服装。長い脚がより際立って映る。
「あたしは
「……道理で一気に魔力の残滓がビンビンになったわけや。まぁ、そんなことはどうでもよくて……こっちはあんたら冷泉院にはホンマにイライラしてしょうがないんや。良かったら、あんたらの計画聞かせてもらっても」
「バカなことを言うな、人間」
若宮が言い終わる前に西城凛音は再度、見下したように言い放つ。魔術師は人間じゃないやろが──若宮はそう思いつつも、黙っておいた。
「身の上話など退屈しのぎにもならん。ただ、あたしは魔術のことにしか関心がないのだ」
「そ。うちもあんたに関心ないわ。質問はいたってシンプル、どうしてあんたがこんなところにいるん?」
……なんだ、そんなことか、と言って西城は頭をかいた。人間は愚か、魔術師は偉大。すべての物事は単純であるべき。彼女は息をついてから、若宮の目を見つめて言った。
「一ノ瀬渚は、あたしが殺した」
「そうか、死ね」
若宮牡丹は邪悪な笑顔を浮かべると、炎の拳で西城の心臓を貫こうとした。それが西城の胸をかすめると、すかさず相手から魔力を奪う──魔術師としての機能を根元から吸い上げる、魔方陣から眩しい光が放たれた。御札が西城の体を締め上げようとするが、即席だからか力なく、西城はそれからも逃れると、自らを影と成して床に潜伏した。
「逃がすか」
床を高速移動する西城に対して、若宮は先ほどよりもずっと大きく、火力の高い炎の球を投げ込んだ。球は駅舎の床に炸裂すると、大きく燃え上がり、爆発した。影から大きな悲鳴が聞こえたが、若宮は意にも介さない。
「殺してやる──」
若宮は影を追い続けた。殺してやる、殺してやる、殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺して──‼
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