7 おつかいをすることになった。
前回のあらすじ
豊田先輩からのお願いを聞いて、二人は放課後デートを三人ですることになった。
────────────────
「ちょっと付き合ってくれ」
先輩を見送ってから、俺がそう言うと結城は目を丸くした。
「いや、他意はない。妹にお菓子を買ってこいとパシられただけだ」
「あかりちゃんの奴隷はまだ続けていたんですね」
「好きで奴隷やっているわけじゃないんだけどな。というか、人聞きの悪いことはやめてくれ」
「ふふっ」
結城は優しく微笑む。表面だけ切り取って見る分には、目の保養なのだが。その仮面の下の表情まで想像すると、途端に怖くなる。
「笑って誤魔化すなよ」
「誤魔化してないです。先行きますね」
人の話なんて聞きやしない。身勝手に結城はトコトコと先に行ってしまう。
「ったく……」
軽く笑ってから足早に追いかけた。
♢♢♢
「お菓子は買い終わりましたけど、他に必要なものはありますか?」
モール内の駄菓子屋で買い物を終え、近くの三人掛けのベンチに真ん中を開けて座る。
結城は、駄菓子屋で買ったグミを口に運んでいた。
「なんでしれっと人の買い物かごに、自分のものを入れるかな。結城さん」
「気づかなかったほうが悪いですよね」
結城が今その手に持っているグミは、間違いなく俺が買ったもの。それにこっそりとカゴに入れられていたものはこれだけじゃない。
「はぁ……。相変わらずだな」
「褒め言葉と受け取っておきます」
「もう、好きにしてくれ」
学校で女神様と呼ばれようが、昔からの性格は変わらない。ただ呆れてため息をつくしかない。
けれど、楽しいな。そう思ってしまう自分がいることもまた事実だった。
「そういえば、テストの結果はどうでしたか?」
あまりにも突然聞いてくるから、思わず固まってしまう。いや、勝負を持ち掛けたのは俺、だもんな……。
「なんで、そんな気持ちわ──奇妙な笑みを浮かべているのですか?」
おそらく結城は俺のぎこちない笑みを見てそう言ったんだろう。ちょっと、だけ悲しい。
「さては、点数悪かったんですね」
「赤点はなかった」
「その言葉が出てくる時点で、平均ないことはな確定ですよ……」
呆れたように、結城ははぁ。と息を吐いた。
「また負けかな」
「また勝てましたかね」
いつからだろうか。結城に負けても悔しくなくなったのは。流石に負けすぎたか。
「このお菓子類は、勝負の報酬ってことで、いただきますね」
結城はさっきこっそり忍び込ませたグミ、チョコ、ラムネを顔の前に広げる。
報酬じゃなくても買わせてただろ。そう思ったが、口には出さない。
「それで、他にしたいこと、買いたいものはありますか?」
会話が途切れると、結城は再度尋ねてくる。
「特には──って、忘れるところだった」
「……?」
そう言って、ガサガサと地面に置いたリュックを漁る。そうして、硬い紙で作られた白い箱を取り出す。
「これ、好みだって言ってただろ?」
その箱の穴が空いた部分からは、深い青色の髪飾りが見える。さっきのアクセサリーショップで、結城が見ていた品物だった。それを先輩が帰る前の空いた時間にこっそりと買いに行ったのだ。
「ど、どうしてですか……?」
本気で驚いたような口調。目をまんまるくして、結城は一直線に見つめてくる。
「お前のことだ。先輩に余計なお金使わせたくなくて、私生活がズボラだなんて嘘をついたんだろ? バレバレだよ」
デート中にこのアクセサリーを買っていたら、きっと先輩はお金を払うと言って聞かなかっただろう。一見大人しく見えるが先輩も、変なところで頑固だったりする。
「お前、もうそろそろ誕生日だろ? だから、少し早めのプレゼントってことで」
アクセサリーとはいえど、特段値が張るわけでもなかった。友達に誕生日用に送るプレゼントとしては、妥当な金額だろう。
「まだ一ヶ月は先ですよ」
微笑みながら結城はそう言った。拒絶は見られない。どうやら受け取ってもらえそうだ。
「っふふ」
「って、何がおかしいんだよ。バカにしてんのか?」
「い、いえ。バカにしているわけではありませんよ」
「い〜や。バカにしてる」
「私が贈り物をしてくれた人をバカにするような人に見えるのですか?」
ただ、結城は耐えられなくなったのか口元に手を当てて笑い出す。いつにもまして真剣な眼差しを向けてくる結城に、陽斗は何も言い返せない。それどころか嘘偽りのないその瞳でまっすぐと見つめられ、疑ったことに罪悪感すら感じた。
「じゃあ、なんで笑っているんだよ」
「一ノ瀬くんは、私がこんな髪飾りをつけているところを見たことがありますか?」
そう言われて、はっとした。ヘアピンやヘアゴムをつけていることはあっても、髪飾りをつけているところは見たことがない。
「も、もしかしてあんまり好きじゃなかったか……? こういうアクセサリー」
「いえいえ、こういったかわいいものは大好きですよ」
「なら、どうして?」
「簡単な理由ですよ。それは、アクセサリーを無くしてしまうのが嫌だからです。そんなに真剣な顔をされると、笑えて──ごほん。困りますよ」
「おい」
「なんでしょう?」
結城は何事もなかったかのように笑顔を見せてくる。何か大切な話でもされるのかと、身構えていたのがバカらしい。
「じゃあ、私生活がズボラってのは?」
「嘘じゃないですよ」
「まじかよ……」
結城の基準で見たズボラとか、また騙そうとしてきているのではないかと思う。そんな俺を見透かしてか、結城は「ここで一ノ瀬くんを騙す意味なんてないと思いますけどね」と言ってくる。
確かにその通りなのだが、いまいち信用ならないのは今までの経験からだろう。
「あの女神様の私生活がボロボロなんて想像ができないな」
「理想は理想だから、理想なんですよ。世の中に完璧な人はいない。少なくとも私はそう思います。みんなどこかは欠けているんですよ」
昔、結城の家に遊びに行った時も、部屋が散らかっているなんてことはなかった。俺が遊びに行くたびに、必死になって掃除をしていたのを想像すると、自然と笑みが溢れそうになる。
「小学生や中学生の頃は、なんだかんだ言って買っていたのですよ。すぐに無くしてしまうから、いつしか買わなくなってしまいましたが」
「なるほどなぁ……。確かに。となると、このプレゼントは悪手だったな」
慣れなきことはするべきじゃないな。いまさら遅いが、そう思う。
「いえ、そんなことはないですよ。流石に、人から貰ったものを無くすわけには行きません。一生大切にしますよ」
結城が無邪気な笑顔を向けてくる。そのまぶしい笑顔に思わず目を逸らしそうになるが、そらしたら負けな気がした。だから、話題を切り替えることにした。
「一生かよ」
「はい。一生です」
こいつはその意味を分かっているのだろうか。一生なくさないとか、人生不可能だぞ。多分。
「つけてみてもいいですか?」
「あ、あぁ。もちろん」
結城は箱から髪飾りを丁寧に取り出した。
「つけてもらえますか?」
「まぁ、いいけど」
俺に着けられるのだろうかと動揺しながらも、それを受取ろうとする。
「ふふ、嘘です」
「この野郎」
「一ノ瀬くんこういうのつけられるんですか?」
「いや、無理」
「ならどうして、いいけどなんて即答するんですか」
また、ふふふと結城が笑う。今日はやけに結城にペースをとられている。
「代わりに、鏡を持っていてください」
「わかった」
結城は制服の胸ポケットから、手鏡を取り出した。それを受け取り、結城に向ける。よかった、今度は渡してくれた。
それからしばらくして、
「どう、ですか?」
無事につけ終わったのか、結城がそう尋ねてくる。俺から見て頭の右側につけられた青色の髪飾りは、予想通り琴音によく似合っていた。
「めちゃくちゃに、似合ってる」
「ふふ、ありがとうございます」
アクセはつけないって言ったくせに、センスは抜群かよ。
「あ、それと渡す相手が私で、この状況だからいいんですけど、彼女さんとかにアクセサリーを送る際は気を付けてくださいね。好みとかもありますし、彼氏からもらったアクセサリーをずっとしまってるとかもよく聞きますし」
「はい。気を付けます……。すみません」
そう言われて納得できてしまい、少し申し訳なくなる。
「もう、そういう意味で言ったんじゃないんですから、そう気を落とさないでくださいよ。あくまで、未来の話です。今は、とっても嬉しいですよ。ありがとうございます」
「……なら、よかった」
結城にフォローされて、気が楽になった。
そうして、話に区切りがついてから、俺はベンチから立つ。それを不思議に思うような視線を向けられるがトイレに行きたいことを伝えると、結城は納得したように頷いた。
「荷物も置いていっていいか?」
「ここで待っているので、安心していってきていいですよ」
お菓子を食べながらそう言ってくれた結城に感謝を一言伝え、俺はその場を後にした。
────────────────
最新話までお読みいただき、ありがとうございます。
ここまで読んでくださったあなたにお願いがあります。この下にある「レビューをする」という項目から、⭐︎を1つからでも入れていただけると嬉しいです。
毎日⭐︎が入らないと、新規の読者さんが全く来なくなってしまいます。(カクヨムのシステム上)
どうかどうかご協力のほどよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます