13 勝負することになった。

 まえがき


 2023/10/10に、9話と、12話の修正を行いました。13話はそれを前提に書かれていますので、修正前の話とは矛盾が生まれてしまっています。申し訳ございません。


────────────────




「陽斗、お前、二年の樋口先輩となんか勝負するんだって?」


 次の日、学食にて突然蒼空から言われた言葉。陽斗は驚いて、食べていたものでむせてしまう。


「おいおい、大丈夫かよ……」


 蒼空はしれっと陽斗にコップを渡した。


「──っ、あぁ」


 コップの中身を一気に飲み終えて、陽斗は生き返った。


「な、なんで知ったんだよ」


 陽斗はこのことを誰かに言った記憶もなければ、そもそも勝負を受けた気もなかった。

 となると考えられる事柄は一つのみ。


「──あの人が言ったのか」

「そうそう。色んな人にいっているらしくて。もうウワサになってるぞ」

「どんなウワサ?」

「女神様の奪い合いだって」

「それまた大層なことに……」


 昨日康二が言っていたことを考えれば、琴音を直接奪い合うような展開にはならないだろう。


「ほんとに、外野は勝手なことばっかり言う」


 陽斗は呆れたような表情を浮かべる。


「それで、実際どうなんだよ。陽斗は勝負するのか?」

「するつもりはなかったんだけどな」


 どれほどウワサが広がっているのか陽斗には見当もつかない。だが、全校生徒がこの話について知るのもそう遠い話ではないだろう。

 そうなると、陽斗自身は勝負のことを認めていなくても、まわりからしょうぶをしていると思われてしまうのは必然だろう。言ってしまえば、逃げ道が塞がれてしまっている状況であった。


「800mリレーだろ? 樋口先輩のクラスは手強いぞ」

「どうして?」

「陸上部が俺のクラスよりも多い」

「それは、厳しいな」


 陸上部の人数が少し違うだけであるが、体育大会のような行事ではそれが大きなアドバンテージとなる。それこそ、明確に勝敗を焼けてしまうほどには。


「俺たちのクラスには、俺ともう一人しか陸上部がいない上に運動部とも少ない」


 康二のクラスとの差は最初からついてしまっていた。


「負けたら、何かあるのか? 付き合うのをやめろ的なのは」

「それが、ないんだよ。負けても、先輩は何も要求する気はないって」

「それまたどうして」

「彼なりの信念なんだろうな」


 わかったようなわからないような表情を浮かべる蒼空。陽斗は最後のご飯を口に放り込むと、タイミングを見計らったかのように琴音が話しかけてきた。


「ちょっと、来てください」


 その語調は女神様のものではない。可愛げのない、猫を脱ぎ捨てた素の琴音の言葉だった。それでも、決して消えない丁寧な言葉遣いの中に怒りの感情が見え隠れしている。


「ちょっと、一ノ瀬くん借りますよ?」


 普段琴音から感じることのない重圧に気圧され、蒼空は冷や汗を滲ませていた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ結城。食器だって片付けてねーし、いきなりそんなことを言われても」

「俺が片付けといてやるよ。陽斗」

「は!? おまっ」


 裏切られた。


「申し訳ありません、加賀美くん。お願いしますね」


 琴音は席に座った陽斗を無理やり立たせると、腕を持って引っ張る。

振り払おうと思えば振り払えるだろうが、その後が怖いので、ヒロトは琴音について行くしかなかった。


「ご愁傷様」


 後ろを振り向くと、そこには両手を合わせ軽く両瞼を閉じ、陽斗を憐れむ蒼空がいた。


(あぁ、俺の遺影はどんなのになるんだろうな……)


 陽斗は引き攣った笑みを浮かべた。


  ♢♢♢


 近くの空き教室に連れ込まれ、彼女と対面させられた陽斗は制服のネクタイを琴音に強く握られていた。


「どうして、私が怒っているのか、わかりますか?」


 普段琴音は自分の教室で、友達とともにお弁当を食べている。今日もそのはずだった。だから、琴音がわざわざ学食に顔を出したのには、陽斗に会う以外の目的がない。それほどのことを彼女に対し、しでかしてしまった記憶は陽斗にはなかった。


「……」


 頭を悩ませ、沈黙していると、呆れたように琴音は大きなため息をついた。


「わかってないのですか?」


 グッとネクタイを引き寄せる琴音。首を引っ張られ、自然と陽斗と琴音の距離感が近くなる。


(!?)


 こんな状況でも、跳ねてしまう心臓。ついつい目線を彼女の顔から離してしまう。だが、そんなことを知らない琴音は、陽斗の頬を片手で掴んで自身の顔を覗かさせた。


「い、いたいれふ」


 頬が潰され、滑舌が回らない。


「本当に、わからないのですか?」


 一周回ってま憐れむような視線を陽斗に向ける琴音。その視線には冗談など含まれていない。


(とは、言っても、本当に何かした記憶が……)


 昨日の交渉の後には琴音と話していない。だから、何かするはずもないのだが──。


「──勝負のことか!?」


 やっとわかったのかといった表情を浮かべ、琴音は拘束を解いた。


「なんで、あんな勝負を受けたのですか? それに、女神様の取り合いだなんて言われて。私はどっちのものにもなった気はないのですけど?」

「いや、あれには天より高く、マリアナ海溝よりも深い理由があってだな」

「一応聞きますけど、内容によってはこれからの一ノ瀬くんのあだ名は、ミジンコですからね」

「ひっど」

「それぐらい怒ってます」


 昨日、康二と話したことを一通り琴音に伝え終えると、


「やはり、ウワサを信じるものでは、ないですね……。自分が苦しんでるっていうのに、どうしてまた……」


 彼女はわかりやすく、肩を落としていた。


「まぁ、いきなりそんな話が耳に入ったら驚くわな」


 陽斗の知る琴音は小さい頃から、思い立ったらすぐ行動を起こす性の人間であった。女神様と呼ばれ初めてからは、すぐに行動を起こすことは無くなったように思えたが、すぐには人間の根本は変わらないといったことなのだろうか。

 もしかしたら、彼女が女神様と呼ばれ始めたのは、その性分を隠したからなのかもしれないが。


「申し訳ないですね」


 わかりやすく気分を落とす琴音。なんだか、今日は琴音の感情の起伏がわかりやすいような気がする。


(不安定、か)


 そこで、陽斗の心に康二の言葉が引っかかった。彼のいう、琴音が不安定というのは、こういったことなのだろうか。


「それで、どうなさるんですか?」

「どうって?」

「勝負、受けるのですか?」

「受けるしかないよな」

「そう、ですね……。外野が騒がしいですし。立場上、人の目には良くも悪くも慣れています。それは、こういった時に、その後どうなるのかを含めて」

「どうなるんだ?」

「簡単に言ってしまえば、勝負を受けていなくとも、周りからは勝負をしていると思われるでしょうね」

「やっぱりな……」


  やはり、陽斗の想像通りだった。


「気楽にやればいいと思いますよ。樋口先輩は何も求めていないのでしょう? となると、私にも、ミジンコにも害はありません。取り合いどうこうの話は、すぐに冷めるでしょうから」

「おい、ミジンコって」


 ふふふっと、口に手を当て上品に笑う琴音。その顔がほんのり赤く染まっているような気がして。


、元気か?」


 陽斗は、咄嗟に聞いていた。

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