12 不安定

 交渉当日。文芸部・家庭科部側の参加者は、発案者の陽斗、取り持ってくれた琴音、そして、部長の茜だ。家庭科部からは、茜の友達でもある部長が参加している。

 対して、演劇部側からは、琴音と連絡をとってくれた同じクラスの女子と、女子と男子が一人ずつ。そして──。


「──なぜ、樋口先輩がいるんだよ。結城」


 教室に入ると、金髪の見覚えのある男が行儀良く椅子に座っていた。琴音に陽斗が、小さく耳打ちをする。


「演劇部所属の先輩なんだから、いるのは当たり前ではあるのですけど」

「いや、それぐらい見ればわかるよ。見れば」


 康二が演劇部に所属しているとさえ分かっていれば、彼がこの場に来ることぐらいは安易に想像がつく。だが、それを知らされていなかった陽斗からしてみれば、驚愕以外の何者でもなかった。


「ああ、愛しの女神よ。この場にも現れ下さったのですね。やはり、我らは運命の糸で──いっだぁ」


 康二は、琴音の存在に気づくと席から立ち上がって喋り始めた。のだが。康二の隣に座る女子が思いっきり、康二の頭の上に手刀を落とした。康二から、優雅ではない声が漏れた。


「いや、すまない。結城さんには、迷惑をかけているね」

「あはは……」


 琴音は苦笑いを浮かべていた。


「とりあえず、席について欲しい」


 椅子の配置は、距離をとって向かい合わせになっている。その部屋の様子はさながら、ドラマの会議室のようであった。

 文芸・家庭科部の面々が席につく。

 交渉が始まった。


「まず、自己紹介から。知っている人は知っていると思うけど、私は冨山菜緒。二年生だよ。演劇部の部長をさせてもらってる。よろしく。こっちは、副部長の広瀬圭吾」

「よろしく」


 そのまま、集まった三部活のメンバー全員の自己紹介を終える。


「単刀直入に。文芸・家庭科部の提案は、劇の台本と衣装の制作を行う代わりに、演劇部と文芸部、家庭科部の部活動連携を作りたい。ということだ」

「そうだね。話には聞いているよ。別に断る理由もないから、私たち演劇部はその提案を受け入れる。つもりだった」


『だった』という言葉が、引っかかる。


「私たちは、その提案を飲む代わりに一つの条件を提示したい」

「というのは?」


 どんな条件を提示されてしまうのだろうか。無理難題であったりしたら、文芸部や家庭科部にはできることはない。

 陽斗は息を呑んだ。


「そちらの、東雲佳乃を劇に参加させたい。それが条件」

「それだけ?」


 ポカンとしたような表情を、茜は浮かべる。


「それだけ、だけど」

「東雲佳乃なら、いつでも貸し出せるぞ。それこそ、こんな条件がなくても」


 茜はにっこりと笑った。


「本当? よかったぁ……」


 菜緒はほっと一安心したといった表情を浮かべていた。


「本人の許可はいらないんですか?」


 琴音が、茜に聞いた。

 言われてみれば、佳乃本人が演劇に参加することを許諾しなければ、この条件を満たすことはできなかった。


「きっと、佳乃はいいと言うだろう。一応、メールでも今聞いているが……。やはり、大丈夫らしい」


 そうして、見せられたチャットの画面には、佳乃がクマのスタンプで『OK!』と返事していた。

 おそらく、演劇部が佳乃を欲しがった理由は話題作りとためだろう。琴音は女神と呼ばれるが、佳乃は聖女と呼ばれている。現役モデルの聖女様が演劇に参加するとなれば、話題作りとしては十分すぎるだろう。だか、そこで陽斗に一つの疑問が浮かんだ。


「結城は、参加させないんだな」


 ぽろっと漏れたその言葉はどうやら演劇部の部長である、菜緒にも届いてしまったらしい。


「うちには、こんなのがいるからね。彼氏くんも心配でしょう? 彼女ちゃんがこんなのと一緒に劇することになるってなったら」


 菜緒がさす「こんなの」は、樋口康二の他にいないだろう。


「そもそも、私たちとしても文芸部と家庭科部が協力してくれるってことはメリットでしかないんだよ。今年は人数も少なくて、人手が回せないし。いつも、軽音部とダンス部に負けて、順位はいつも三位。今年こそは、彼らに一矢報いらないと。そもそも、私たちは聖女様が参加できなくても、その提案を喜んで受け入れるつもりだったよ」


 どうやら、演劇部も文芸部と、家庭科部とはまた違う方向で切羽詰まっていたらしい。


「とりあえず、交渉は成立ということだな」


 茜は、安心したように小さく息を吐いた。普段は焦りなんて全く見せない彼女であるが、内心では、文芸部が同好会になってしまうことに焦りを感じていたのかもしれない。


「よろしくね。文芸部、家庭科部」


 にっこりと笑う菜緒。彼女もどこか安心したような表情を浮かべていた。

 その後、机を元に戻してから、教室を後にしようと陽斗たちが来ている時。ある男が、陽斗に話しかけた。


「一ノ瀬。話がある」


 突然話しかけられたことに、陽斗は驚きつつ振り返る。そこには、金髪の男──康二が立っていた。


「なんですか?」

「体育祭の種目は何に出る?」

「多分、800mリレーだと思いますけど」


 正直に言って本意ではないが、すでに決まってしまったものには逆らえない。


「君に勝負を挑む」

「はい?」

「君の出る800mリレーに僕も出よう。そこで、勝負をしようではないか」

「えぇ?」

「逃げたって、構わない。別にそれを咎めるとがめる権利も僕は持っていない」


 逃げる。その言葉が、陽斗の胸に引っかかった。


「勝負に負けたら、どうなるんです? 結城と別れろって、言うつもりですか?」

「そんなつもりはないよ。女神様の意向に反することはしない」

「じゃあ、何を要求されるんですか?」

「何も要求する気はないよ」


 じゃあ、なんのための勝負なのか。そう聞こうと思った瞬間。先に、康二が答えた。


「別に何も要求する気はないが、目的はある。女神様にかっこいいところを見せて、振り向かせる。それが僕の目的だ」


 あくまで、相手に自分を意識させる。無理やりに奪ったりするわけではなくだ。どうやら、康二のポリシーはそこにあるらしい。


(たしかに、悪い先輩ではないんだろうな)


「その勝負を受ける理由は、ない。ですよね」

「そうだな。ない。だか、逃げるのか? 君は」

「逃げるわけじゃない」

「なら、勝負を受けると言うことか?」

「そういうわけじゃない」

「逃げか」


 あえて陽斗が勝負に乗らせるために、挑発を康二がしているというのはわかる。だが、陽斗は、勝負から逃げるなんて、言われるのは嫌であった。


「君の悪口を言いたいわけではないというのを前提に聞いて欲しい」

「は、はぁ」

「君も、僕も、女神様のことを何も知らない。例え、君が女神様の幼馴染だったとしても」


 意味がわからないと言おうと思ったが。陽斗には、心当たることがあった。


(確かに、ズボラなのは知らなかったな……)


「女神様は、不安定なんだ。僕なら、彼女の助けになれる。支えになれる。いや、なってみせる。だからこそ、彼女には、僕に振り向いて欲しい」

「そうか……」

「それで、どうする? 君は勝負を受けるのか? 受けないのか?」

「──考えさせてくれ」


 陽斗はそれだけを言って、教室を後にした。


「結城が、不安定……?」


 彼の言った言葉がいつまでも、心に残り続けた。

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