百万喰らいの永遠の狼 《よろずぐらいのとわのおおかみ》

区隅 憲(クズミケン)

百万喰らいの狼

 山岳の坂道を登っていた王国騎士団は、壊滅の危機に瀕していた。

燦々さんさんまばゆい陽射しを送る朝日は、地上にある凄惨な光景をまざまざと照らし出す。


 兜ごと頭を地面に叩きつけられ、頭蓋と脳漿を破裂させた死体。

鎧ごと胴体を3つに引き裂かれ、肋骨や腸が飛び散った死体。

生きたまま上半身だけを喰いちぎられ、下半身だけが地面に横たわった死体。


 山道のどこに目を向けようとも、血の池と人間の残骸が転がっている。

生き残った王国騎士団の兵士たちは、剣を構えたまま恐慌状態に陥っていた。


「ひ、怯むなぁッ!! 全軍、もう一度奴を取り囲むのだぁッ!!」


 王国騎士団の副隊長が号令をかける。隊長は既に体中をバラバラに引き裂かれて死んでいた。副隊長の必死な大声に、足を震わせた兵士たちはもう一度陣形を立て直す。


「か、かかれぇッ!!」


 そして一斉に兵士たちが突撃した。剣を大上段に振り上げ、今まさに〝敵〟に斬り掛からんとする。


 だがその瞬間、黒い巨大な手が伸びた。

円陣の中央から放たれたその両腕は、まるで鎌鼬かまいたちのように、八方を囲む兵士たちの群れを薙ぎ払った。


 瞬く間に、血しぶきと臓物が乱舞した。

腹周りを引き裂かれ、上半身と下半身に分裂した兵士たちは、つるぎとともに地面に崩れ落ちていく。


 王国騎士団の生き残りは、これでもう一人だけとなった。


「ひ、ひぃッ!!」


 副隊長は途端に悲鳴を上げる。背を向けて敗走した。

きらびやかな装飾が施された軍馬に乗り、必死に鞭を打って森の中を駆けていく。


 だが寸刻もせぬうちに、副隊長が乗る軍馬には突風が襲い掛かった。

間髪を入れず、軍馬の四足は切り裂かれ、悲痛ないななきを上げながら倒れ伏す。

副隊長も地面に勢いよく放り出され、強かに頭を打った。痛みを堪え、視界をくらませながら起き上がる。

だがそれと同時に、目の前には人の形をした黒い塊が立ちはだかっていた。


「......ああ......ああ」


 それを目にした時、副隊長は尻もちをついて後ずさった。恐ろしいはずのその毛むくじゃらの巨躯から、決して目を離すことができない。

紅く禍々しいギラついた二つのまなこ。大砲のように太く伸びた獰猛な口。そこから覗かせる拷問器具のような鋭い無数の牙。


 人ならざる異様な肢体を網膜に焼きつけた時、その怪物の両手が迫った。その長い10本の指先には、白銀に輝く鉤爪かぎづめが伸びていた。ガシリと標的を掴み上げ、鋭い爪を肉に食い込ませる。


 もはやその獲物は、王国騎士団である誇りも忘れて、痛みと恐怖で身体を震わせた。涙を流し、命乞いをする。


 だが怪物は無抵抗となった標的に恐ろしい形相を近づけていく。溜まりきった唾液だえきまみれの口を、ゆっくりと大きく開けた。


 ――それがその人間が見た最期の光景だった――


 兜を身に着けた頭からかぶり付かれ、悲鳴すら上げることなく絶命した。

頭を喰い潰されると、次は、胸を、腹を、下半身を、貪るように牙で砕かれ、骨も残らず腹の中へ収められていった。


「不味い......」


 怪物は食事が終わると、ただ一言吐き捨てる。

そして黒い両手を地面に下ろすと、両足を蹴って一気に森の中を駆けていった。

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