王太子、死す
思い出した。
ワングに連れられて観光した、あの歴史地区にあった石像。
白い石材で作られたギシアン・チーレムに対置された、あの黒い巨像。無秩序に触手のようなものが伸びていた。イーヴォ・ルーの姿を模した物だとされていたが、その正体は……
「逃げろっ! 早く!」
ピアシング・ハンドが告げるクロル・アルジンの能力は、俺達にとって致命的なものだった。
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クロル・アルジン (**)
・ユニークアビリティ 恩寵蒙りし霊樹
・スペシャルアビリティ 痛苦の生
・アビリティ 超回復
・アビリティ マナ・コア・身体操作の魔力
(ランク9)
・アビリティ マナ・コア・精神操作の魔力
(ランク9)
・アビリティ マナ・コア・力の魔力
(ランク9)
・アビリティ マナ・コア・光の魔力
(ランク9)
・アビリティ マナ・コア・火の魔力
(ランク9)
・アビリティ マナ・コア・水の魔力
(ランク9)
・アビリティ マナ・コア・風の魔力
(ランク9)
・アビリティ マナ・コア・土の魔力
(ランク9)
・マテリアル 神通力・高速治癒
(ランク5)
・マテリアル 神通力・千里眼
(ランク4)
・マテリアル 神通力・探知
(ランク3)
・マテリアル 神通力・危険感知
(ランク4)
・マテリアル 神通力・念話
(ランク5)
・マテリアル 神通力・思念視覚
(ランク5)
・マテリアル 神通力・俊敏
(ランク9)
・マテリアル 神通力・怪力
(ランク9)
・マテリアル 神通力・縄抜け
(ランク2)
・マテリアル ミュータント・ユニット
・スキル フォレス語 (8レベル)
・スキル ルイン語 (8レベル)
・スキル サハリア語 (6レベル)
・スキル ハンファン語 (7レベル)
・スキル シュライ語 (9レベル)
・スキル ワノノマ語 (6レベル)
・スキル ルー語 (5レベル)
・スキル 身体操作魔術 (9レベル+)
・スキル 精神操作魔術 (9レベル+)
・スキル 力魔術 (9レベル+)
・スキル 光魔術 (9レベル+)
・スキル 火魔術 (9レベル+)
・スキル 水魔術 (9レベル+)
・スキル 風魔術 (9レベル+)
・スキル 土魔術 (9レベル+)
・スキル 爪牙戦闘 (9レベル+)
・スキル 政治 (5レベル)
・スキル 指揮 (3レベル)
・スキル 管理 (3レベル)
・スキル 格闘術 (6レベル)
・スキル 槍術 (5レベル)
・スキル 軽業 (3レベル)
・スキル 水泳 (4レベル)
・スキル 裁縫 (7レベル)
・スキル 木工 (6レベル)
・スキル 農業 (8レベル)
・スキル 薬調合 (6レベル)
・スキル 医術 (6レベル)
空き(**)
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もし、デクリオンが自分達の安全を省みずに高威力の魔法攻撃を繰り出すよう、この怪物に命令したら。俺達の大半は一撃で葬り去られてしまう。そうでなくても、これでは敵にアーウィンが二人もいるようなものだ。
「散らばれ! 固まって逃げるな!」
俺はそう叫びながら踏みとどまった。それをパッシャの面々は、うっすら笑いながら見物している。
「ノーラ! かまうな!」
彼女は、俺に言われて振り返って走り出した。
王太子を取り返したことで、やっと攻撃ができるようになったのだ。だが、変性毒の効果が出始めるまでには数秒の間がある。
彼女が身を翻した時点で、デクリオンの左右にいた黒尽くめは、急に糸が切れたみたいになって、膝から崩れ落ちていた。
ビルムラールはイーク王太子を抱きかかえたまま、無言で斜面を下り始めた。シャルトゥノーマはディエドラに腕を引かれて、しぶしぶ別方向に走りだした。ジョイスはキースに駆け寄り、肩を貸している。ペルジャラナンはニドの肩を叩き、正気に返らせていた。
「そう、逃げていい」
デクリオンは、供回りの犠牲にもかかわらず、むしろ優しげともいえる口調で、そう言った。
「逃げる以外に、できることなどないのだから」
俺が背を向けても、彼らは余裕の態度を崩さず、追いかける様子も見せなかった。
逃げるといっても、ここは島の中だ。となれば当然、目指す先はさっきのボートのある場所になる。身体強化した状態で一気に駆け下りたせいか、最後まで踏みとどまっていたのに、俺が海辺に到着したときには、まだ誰もいなかった。そこにまずペルジャラナンとニド、遅れてシャルトゥノーマとディエドラ、続いてノーラと、ポツポツ集まってきた。その間に俺はボートを水辺に引っ張っておいた。
その次にやってきたのは、キースと彼に肩を貸すジョイスだった。
「無事だったか」
「おう」
あの傲岸不遜、傍若無人のキースが、今は顔を青ざめさせて、悪態の一つもない。こんな彼の姿を目にすることになろうとは。
最後にやってきたのが、息切れしながら王太子を運ぶビルムラールだった。どうやらパッシャは本気で俺達を追いかけるつもりがなかったようだ。こんな状態の二人なら、いつでもいくらでも狩り殺せたはずだから。
俺は駆け寄って、代わりに王子の身柄を引き受けた。これで全員合流できたので、ボートに乗って船に向かった。
船がゆっくりと西に向かって帆走を始めた。
甲板の上には、キースとイーク王太子が横たえられていた。キースのほうはただの打撲だったが、王太子の方は、どうもそうではなかったらしい。傷口自体は、医師でもあるビルムラールが手早く処置したが、問題はそれだけではなかった。
「もう遅ぇかもだけど」
顔色の変化を見て取ったニドが、小さな解毒剤の瓶を手渡した。パッシャがよく使う毒に効く薬だ。それをビルムラールは王太子に飲ませたが、その呼吸は弱まるばかりだった。
「……ビルムラール」
かすれる声で、王太子は言った。
「近う」
大きな声を出せない彼のために、ビルムラールは身を折って耳を寄せた。
「ティーンは賊に討たれたと告げられた。事実か」
「は、はっ」
「では、ドゥサラの行方は、知っておるか」
「ただいま、我が父とメディアッシ様が保護しておられます」
イークの喉から、安堵の息が漏れる。
「では、そちが伝えよ。ポロルカの王統はドゥサラに託すと」
「殿下! 気弱になられてはなりません!」
イークはそれには応えず、別の指示を下した。
「バーハルを探せ。あれはポロルカ王とその王太子だけが知り得る秘密を、唯一伝えられておる。王家は、不測の事態に備えて、昔から選び抜かれた忠臣に、秘密の伝承を担わせてきた」
「秘密、ですか」
「王家が守り抜いてきたもの、なぜブイープ島を封印してきたのか、そのすべて……」
声がかすれて消えていく。ビルムラールは彼を揺さぶった。
「……受け入れねばならぬ。玉座にあるとは、そういうことだ。あるがままを見て、おのがうちに留めておかねばならぬ。ドゥサラに、そう伝えてくれ」
「ええ、きっと。きっとお伝えしますが、殿下は助かります」
さて、どうする? 俺の中の能力を移植すれば、王太子は助かる可能性がある。だが、パッシャの脅威が去ったわけではない。むしろこれから戦わねばならない。そして、ここで王太子が生き延びても、俺が死んだら多分、無駄になる。助けたいが、リスクは取りにくい。
イークの状態はよくない。果たして、ビルムラールの腕で救えるだろうか? 祈るしかない。
問題は今後だ。既に生じてしまった被害、犠牲はやむを得ないとして、ではどうすればいいのか? まだ、クロル・アルジンの能力は、いうなればカタログスペックしかわかっていない状態だ。果たしてアーウィンと同程度の能力しかないのか、それともそれ以上の何かがあるのか。多分、後者だ。
使徒やルアは、俺があれに打ち勝つことを期待している。というより、俺以外の誰があれに対抗できるだろうか。一応、手段を選ばないなら、作戦がないでもない。俺の切り札は三つ。ピアシング・ハンドと腐蝕魔術、そしてケッセンドゥリアンから奪い取った束縛の魔眼だ。しかし……
ピアシング・ハンドはなぜかアーウィンには通用しなかった。腐蝕魔術は有効だったが、どういうわけか復活して舞い戻ってきた。となれば、あとは魔眼しかない。それで倒しきれるだろうか。
「ニド」
「なんだ」
「あのクロル・アルジンとかいうバケモノについて、何か知っていることはあるか」
「ねぇよ」
それはそうだろう。期待はしていなかった。大事な計画を、モートが彼に漏らすわけもなかったから。
ノーラが話に割り込んだ。
「ねぇ、ファルス。その、クロル・アルジンって、何なのかしら」
「わからない。霊樹……あのルーの種族に必要なものを材料にしたとしか」
「それなんだけど、よくよく思い出してみたら……ほら、あの、歴史地区になかった? クロル・アルジン慰霊碑って」
そのことは俺も思い出していた。
つまり、あれによって大勢の犠牲者が出るくらい、大きな災害が引き起こされたのだ。
「ギィ!」
急に後ろから首根っこを掴まれた。振り返ると、ペルジャラナンが空を指差していた。
クロル・アルジンだった。浮遊するそれは、高空を彷徨いながら、その触手をクラゲのように広げていた。だが、それが急に動きを止め、だんだんと大きくなる……
俺は察した。
「まずい! みんな! 海に飛び込め! 早く!」
なぜパッシャが俺達を見逃したのか。何のことはない。島の中で狩りとなれば、俺達も逃げ回るし、反撃もする。それでは面倒だし危険だから、逃げ場のない海上に出てから一網打尽にするつもりだったのだ。
「ファルスさん、殿下はまだ」
「動かせないとか言ってる場合じゃない! 船ごと吹っ飛ばされる!」
それでビルムラールは王太子を抱え、舷側に寄った。その間にも、頭上の黒い塊はどんどん大きくなる。
「逃げろーっ!」
俺は尻込みするペルジャラナンを突き落とし、自らも海中に身を躍らせた。それを見て、みんな後に続いた。
船員を務める青玉鮫軍団の兵士達は、不幸にも俺の警告を信じられなかったらしい。戸惑っているままに、船に居残った。そして俺達を置き去りにして西へと押し流されていき……
カッ、と目を焼く閃光が走った。
音がしたような、何も聞こえなかったような気がした。とにかく、眩しさから目を閉じ、また開いたとき、そこにはほとんど何もなかった。僅かに残骸のようなものが横倒しになり、海底へと沈んでいくのが見えただけ。
「お、おいおい」
ジョイスが上ずった声を漏らした。
人形の迷宮でレヴィトゥアが使った『熱線』の魔法だ。但し、威力は桁違いだ。
やはり、あのまま船に留まっていたら、俺達は焼き殺されていた。多分、ペルジャラナンが『防熱』の魔法を使ったとしても、防ぎきれなかっただろう。
「飛び込んだはいいけど、こっからどう逃げんだよ」
「わからない」
「わからないって」
正直、どうしようもない。あれが海に入れないような軟弱な怪物とは思われない。ここに急降下してきたら、今度こそ万事休すだ。
だが、そうはならなかった。船を沈めたそいつは、また静かにブイープ島へと引き返していった。
「命拾いしたな」
ニドが暗い声で呟く。
「けど、どうやって陸に戻るんだよ。このままじゃ溺れるのを待つだけだぜ」
だが、幸運が西の海から近付いてきた。
数隻の船がこちらにやってくるのが見えたのだ。
「何があったのじゃ」
「話は後です。一人でも多く海から引き上げてください」
舷側から垂らされたロープに掴まって這い上がると、俺の顔を見るなりメディアッシがそう尋ねたのだが、今はそれどころではない。もしクロル・アルジンがまた飛来したら、今度こそ助からない。
「それより、王太子殿下が重傷を」
「なに!」
ビルムラールが抱えたままのイークを見つけた船員が、大慌てで海に飛び込んだ。優先して体にロープを巻き付け、甲板に引っ張り上げる。続いて垂らされたロープを伝って、みんな這い上がってきた。
「おぉ、殿下、なんということ」
もはやほとんど血の気が失せていた。
船を沈められなければ、海に落とされなければ、まだ生き延びる余地もあったかもしれないが、既に虫の息だった。
「ビルムラール、そなたがついていながら」
「責め……るな……それどころ……ではない」
もはや死は目前と悟り、メディアッシは沈黙した。
イークは声を振り絞って、最後の命令を口にした。
「ドゥサラ、に後事を託す……だが……王家より、世界を守れ……パッシャの魔の手……から救え」
「ははっ」
「頼んだ、ぞ」
息を吐き終えると、イークは小刻みに震えるのをやめた。
「お、おぉぉ」
「なんという」
俺が見殺しにしたようなものだ。
だが、これはもう、仕方ない。罪悪感はあるが、彼を優先する余裕は、今はないとわかっている。
それにしても、王位を継承するはずが、突然パッシャに拉致され、わけもわからないうちに命を落としたのだ。
これは別の意味で痛手ではある。イークはパッシャが何をしようとしていたかを、部分的に知っていただろうからだ。断片的な情報であるにせよ、それは拾っておきたかった。
いや、それなら彼は、少しでも伝えようとしたはずだ。そうだ、最後になんと言っていた? バーハルに会えと。つまり、それが彼の知る手がかりなのかもしれない。
ふと、視線に気付いた。
その先にあったのは、イーク王太子の死を嘆くメディアッシやビルムラールの背中を、甲板の隅から凍りついた目で見つめるシャルトゥノーマの姿だった。
クロル・アルジンによる追撃はなく、俺達は軍港に到着した。
みんなが続々と降りていく中、シャルトゥノーマは隅っこに座り込んだまま、動こうとしなかった。
「どうした」
差し伸べた手が、弾かれた。
ゆらりと立ち上がった彼女の金色の髪から、海水が一滴落ちる。
「なんなのだ、貴様らは」
それは熾火のような怒りだった。腹の底からこみ上げるその思いに、しかし彼女はなお形ばかりの冷静さを保っていた。
「他のことならともかく……獣人や亜人は売れるだろう。金がなければ生きていけない世界だということくらいはわかっている。一人一人が欲のために、ルーの種族を殺したり、奪ったりする。それはこの際だ、わからなくもない」
肩を小刻みに揺らしながら、彼女は憤りを俺にぶつけた。
「それがどうだ。この世界を滅ぼしたいから、我々の霊樹を材料にバケモノを作っただと!? 貴様らはどこまで腐っているんだ!」
「シャルトゥノーマ、それはパッシャのしたことだ」
「うるさい!」
溢れる怒りに身をわななかせ、あたかも鷹が獲物を絞め殺すように中空を掻きむしりながら、彼女は呪詛を吐き出した。
「やはり貴様ら人間にとって、ルーの種族のことなど、道具に過ぎなかったのだ。こんな非道をやらかす連中とやっていくなど、できようはずもない。最初からわかっていたのだ! 我々は人間など必要としない。人間など受け入れるに値しない。最初から」
俺の肩を突き飛ばすと、彼女は憤然としたまま、船から降りていってしまった。
そのまま、港に留まる仲間達を置いて、どんどん遠ざかっていく。後ろからディエドラが大声をあげるが、彼女が振り返ることはなかった。
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