金か面子か憧れか
「全員入ったか。人数分の椅子はない。済まないが、立ったままで聞いてくれ」
窓を開けっ放しにしても、まるで山手線の車両みたいなすし詰め状態では、ひたすらに蒸し暑い。それに人の汗の臭いというか、体臭というか、なんとも形容しがたいものが漂ってくる。
最初に見た時にはガランとしていたこの小屋に、今は収まりきれないほどの人数が押しかけてきていた。俺達を除いても合計五十人以上もの男達、その誰もがこの大森林に根を張った探索者だった。
「それではこれより、今回の探索計画について説明する。静かに!」
第一班の班長兼、すべての班を統括する隊長を務めることになってしまったフィラックが、必死に声を張り上げる。だが、黙れと言われてすぐ大人しくなるような連中ではない。ひたすらに自由、何をしても咎められないこの地に生きる男達が、新参者の俄か隊長の言うことなど、まともに聞くはずもなかった。
ドン、と大きく床が揺れる。一瞬で静かになった。
床を踏みつけて皆を黙らせたのはゲランダン……バジャックだった。そう、ここの住人は規範にではなく、力にこそ服従する。こうしてみると、提案を受け入れて探索隊に彼の班を加えたのは、正しい判断だったのかもしれない。
「あー、じゃあ、これから改めて概要を説明する」
自分では荒くれどもを黙らせることができなかった。そのことにフィラックは苦々しい思いを抱いたに違いない。だが、ここは気にせず、ゲランダンの顔を利用すべきところだ。
恐らくだが、彼にしてみれば、いろいろな意味で外せない話だったのだ。
まずは利益。大森林は、奥地に行けば行くほど未開拓、未発見の状態にあるという。未だ見ぬ財宝はもちろんのこと、薬草などの資源採取地など、先んじて把握しておきたい情報もある。他の探索隊に後れを取りたくない。
また、面子の問題もある。危険度の高い奥地での探索活動に参加して存在感を示す。ここでは自分達こそ一流で、肩を並べられる存在などいない。新参者の挑戦にしたところで、古くからの熟練者である自分達の支援なしには成立しないのだと。
利益も面子も、俺にはどうでもいいものだ。ただの金銀財宝なら、いっそ全部ゲランダンその他の班に分配してやっても構わないくらいなのだから。とするなら、出会いこそ最悪ではあったものの、案外彼らはこちらにとって都合のいい相手にもなり得るのかもしれない。
というより、そうであって欲しい。
「今回の目標は、現在の探索済み地域の外側を調査することだ。我々第一班は、ケフルの滝から更に南進する」
このような調査目的の探索活動は、常識に照らせば、非常にリスクの高い計画だ。また、多くの実力ある集団が協力体制を構築してやっと実現することからも、実施に至るケースは稀だ。
とはいえ、他の三班はあくまでサポート担当でしかない。未踏の大地を突き進むという最大のリスクは、あくまで俺達だけが背負うのだ。
「隊長を務めるのはこの私、フィラック・タウディーだ。副隊長はタウル・エッファ。ただ、この計画の主催者は、こちらの騎士ファルスだ。本件にかかる費用その他については、彼が負担する」
但し、リスクは先頭を進む班のものでも、利益の分配となると、また話は違ってくる。
「奥地の探索において獲得された財宝、及び資源採取地の発見などに伴うウンク王国からの報奨金については、分配の割合をそれぞれ第一班が四割、第二班が三割、第三班が二割、第四班は一割とする」
この場には、ゲランダンの班を含む計三つの班が集まってきている。まだ、どの班にどの仕事を任せるかは確定していない。ただ、ゲランダンが声をかけたというアワルの班については、ほぼ第四班、つまり最も後方での活動になると、事実上決まってはいるが。
「なお、第一班の連絡途絶より六十日以上経過した場合は、第二班以下には拠点を放棄しての撤退を許可する。その場合の補償金はそれぞれ、金貨五千四百枚、三千六百枚、千八百枚とする。なお、第四班の人足には、先に給与を支払うので、補償金は支払わない。補償金は既にギルドに預けてある」
要するに、より奥地に拠点を設ける班ほど高いリスクを負っているので、より多くの分配を受ける権利がある。といって、俺達が全滅してしまうと、支援した分だけ丸損になってしまうので、その場合の損失補填を前もって約束しておかねばならない。
人形の迷宮攻略時に得た金貨五万枚のうち、既に一万五千ほどは装備に消えた。更に一万をディエドラの購入に充てたため、残りは二万五千ほど。そのうち一万以上を、補償金として差し出さなくてはならなくなった。
「補償金の支払いは慣例通りとする」
この場合の慣例とは、要するにこういうことだ。
俺達が行方不明になって既定の日数が経過した場合、他の三班は撤退して、補償金をギルドから引き出せる。ただ、他の班が安全に関門城まで帰還できるとも限らない。そして班が撤退に成功したかどうかは、班長の生存によって決まる。
大抵、班の中では、利益分配のルールが決まっている。要するに、班を率いるゲランダンのようなリーダーには手厚く、長年活躍してきた熟練者にもそこそこに、やっと参加させてもらった新人には少なく。だから班長が生還した場合には、班長が先に取り決めた割合に応じてメンバーに補償金を分配する。
だが、その班長が死亡すると、分配ルールが宙に浮いてしまう。そうした場合には、補償金の分配は人数割りになる。ここでいう人数割りとは、班に割り当てられた補償金の総額を、班員の人数で割るということだ。生還者の人数ではない。理由は簡単で、一足先に帰った誰かが補償金を全額受け取って持ち逃げしたら困るからだ。
ややこしいのは、死んだと思われた班長が、遅れて生還した場合だが、これは帰ってくるまでの日数で判断される。誰もが死んだと思うような状況から、かなり時間を経て帰ってきた場合には、班長にも人数割りが適用される。
なお、人数割りでの支払いが発生するケースでは、死んだ班員に対して何の補償も発生しない。一見するとひどい話だが、家族の絆というものが存在しないこの地域では、遺族への補償なんて概念はないし、ろくに運用もできないだろう。そんな条件をつけたら、わざと家族の命を奪う輩が出てきても不思議はないからだ。
「探索にかかる物資の購入は、一班が負担する。他の班の物資も、事前承認されたものに限ってすべてこちらで支払う」
これもバカにならない出費だ。計四十人分の食料。物資の運搬に使うボート。それと、全部をこちらで用立てる必要はないものの、水を煮沸するなどのために使う鍋などの道具類。大きな計画には、それなりの準備が要求される。
言うまでもないが、大森林の探索者の誰もがこんな真似をするわけではない。そこまでの奥地を目指すのでなければ、まずボートが不要だ。荷物もずっと少なくて済む。普通はもっと、森の浅いところをうろついて、薬草を採取したりするものなのだ。
もちろん、数年に一度くらいは、腕に覚えのある連中が共同で深部の探索に挑むことならあるという。その場合は、リスクもコストもみんなで折半だ。しかし、俺の場合はそうもいかなかった。
なぜなら、それをするためにはこの地で信用や実績を積み上げていく必要があるからだ。長期にわたって大森林の冒険者として活躍し、顔を売る。さすがにそれは面倒だった。すぐに奥地を目指すなら、その分を金で埋め合わせる以外になかったのだ。
「なお、各探索班は、拠点の維持と物資の輸送の他に、それぞれ採取活動を行うことを許可する」
これは言うまでもないことだ。各班は俺達のバックアップのために基地を設営するのだが、だからといって金儲けの機会を見過ごさなくてはならないわけでもない。
現地でケカチャワンと呼ばれている大河に辿り着くまでが、いわゆる第一区域と呼ばれている。魔物も出現するし、決して安全ではないのだが、更なる奥地に比べれば活動しやすい。この区域で期待されるのはまず薬草だ。良質な木材もある。また、比較的安全度が高いことから、脱法移民を狩る場所でもある。
ケカチャワンの流れに行き着いてから、上流に遡行すると、ルルスの渡しと呼ばれる場所に行き着く。ここまでが第二区域とされる。第二区域の川幅は広く、流れは比較的緩やかだ。対岸には湿地帯が多く、また水位が変わりやすいために落ち着いてキャンプを張れる地点があまりない。この区域でも薬草が期待されるが、他に珍しい魚なども見つかる。宝石のように輝く鱗を持つものもあり、うまく剥製にすれば案外高く売れるのだとか。また、運が良ければ琥珀や水晶が見つかるという。
その先からケフルの滝までが第三区域だ。ここから先は川幅も狭まり、また対岸にも丘陵のように地面が盛り上がっている場所が多くなる。流れも急なことが多いのだが、水量の変化が激しいのも特徴らしい。水が多い時には濁流だが、少ない時には丸い石ばかりの河原になってしまう。この区域では、どういうわけか古代の遺物と思しき黄金が埋まっていることがあるという。また、ごく稀に獣人や耳長……亜人が発見されるのもこの辺りだ。
ケフルの滝から丘を越えて南進すると、湿地帯が広がっていると言われている。その向こう側に何があるかは、今のところ、知られていない。
「何か質問があれば答える」
この一言で、また小屋の中にざわめきが広がり始めた。果たしてこの探索、参加する値打ちがあるかどうか。ただ、末端の冒険者が決定を下すことはない。各班のボスが行くとなったら行くしかない。別に断ってもいいのだが、そうなると次から声をかけてもらえなくなる。特にゲランダンのような有力な冒険者からすれば、身内に加えて欲しいと希望する下っ端なんか、いくらでもいる。
「訊きたいことは、一つだけだ」
野太い声がして、また小屋の中が静まり返る。
小屋の右隅にうずくまっていた大きな黒い影が、音もなく立ち上がる。それから床板を静かに揺らしながら、前へと出てくる。
もし前世の俺がこんな男に街中で出会ったら、迷わず目を逸らして逃げ帰るだろう。太い首、広い肩、筋肉で盛り上がった上半身。墨のように黒い肌。その逞しい体を見せつけたいのか、彼はシャツを身に着けていなかった。縮れた黒髪は、後ろでちんまりとしたポニーテールになっている。筋骨隆々の西部シュライ人のその男は、不敵な笑みを浮かべてフィラックを凝視した。
「第二班に誰を割り当てるのか。答えろ」
これが、監督官ディアラカンに声がけされた男だ。ペダラマンといえば、この大森林では、次の国王の椅子に最も近い男とさえ噂されている。
かつてのベルハッティもそうだったが、この地の男のキャリアは探索者の下働きから始まる。それがある程度の経験を積み重ねてから、正式に冒険者になる。才能がある者は、そこで頭角を現す。タウルのように十歳になる前から森の中で仕事を始めるので、十五歳になる頃には、生き延びてさえいればだが、もう結構なベテランだ。そこで更に十年以上、何度も危険な探索をこなせば、いっぱしの男に育つというものだ。
大森林の冒険者のその後のキャリアだが、ジェードに達したところで、形ばかり外での実績を作るために、一時的に大森林を離れる。半年以内には戻ってきて上級冒険者になり、自分の班を率いるようになる。それから数年、経験豊富な冒険者は最初から幹部待遇でウンク王国の軍隊に雇用される。人によってはその先、監督官になるなどするが、これはあまり若くない場合だ。大いに才能が認められた場合には、将軍にまで昇り詰めることもある。そうした有望株の中から、国王の娘婿が選ばれる。
今のウンク王国の将軍職を占めるのは、いずれもベルハッティと同じか、それより上の世代の男達ばかりだ。そろそろ自分の後のことを考えておきたい国王にとって、若くして有力な冒険者に成り上がったペダラマンは、重要な後継者候補なのだ。
たかが冒険者ごときが一国の王に? だが、ここは大森林の探索事業と、いざという時の防波堤としての役目で成立している国家だ。大森林を熟知した戦士でなければ、関門城は任せられない。
なお、実績でいえばゲランダンはペダラマン以上なのだが、彼には国王になる目はない。当然ながら、ベルハッティより年上だからだ。これはゲランダンが二十代半ばになってからこの地にやってきた外様だからというのもある。年齢ではずっと上でも、大森林での活動期間にはそこまでの差がない。
「さて、どうしようか」
内心は慌てているのだろうに、フィラックは平静を装った。見下されたら終わりだ。
「ここで私が割り当てたら、大人しく従うんだろうな」
「心配はしていない。間違った判断はしないだろうからな」
半ば恫喝だ。
俺は上に行きたい。ここでつまらない思いはしたくない。滅多にない深部の探索で、最前線のキャンプを任せてもらえなかったのでは、出世が遠のいてしまう。
壁際に背を預けて様子を見守っていたゲランダンは余裕の表情だった。だが、黙っていられるはずもなく……
「先に声をかけたのは俺だ。うちが第二班、アワルが第四班。ペダラマン、お前のところはルルスの渡しを受け持ってくれ」
「ふざけるな」
本気の怒りはまだだ。けれども、ペダラマンは即座に拒否の姿勢を示した。
「これは譲れない」
「おいぼれは後ろにいろ」
「頭を下げてもダメか」
「心にもないことを言うな」
役者はゲランダンのが上、か。軽口を叩く彼と、真顔で反発するペダラマン。強気で押すばかりが能じゃない。余裕を見せるのも駆け引きには必要だ。
「じゃ、こうしよう」
人差し指を立てて、ゲランダンは提案した。
「済まないがフィラック、取り分を少し変更してくれないか」
「なに」
「第二班と第三班の取り分をそっくりそのまま、入れ替える。ケフルの滝に行くのは俺、儲けが多いのはペダラマン。どうだ?」
一度深呼吸して、ペダラマンは問い直した。
「何が望みだ」
「今、言った通りだ。ケフルの滝に行きたい」
「そうじゃない。その歳でまだ名前を売りたいのか?」
「歳だからな」
壁から背を放し、肩をすくめて彼は言った。
「そろそろ奥地の見納めだろうから、一度行っておきたい。それだけだ」
「信じられるか。どういうつもりだ」
「ただの我儘だ。ここで生まれ育ったお前にはわからないんだろうけどな? 俺は二十歳を過ぎてから、わざわざここに来たんだ。でも、この前の探索でも滝の近くをウロチョロしただけ。誰も見たことのない密林の奥を見てみたいんだ」
まるで夢見る少年のような物言いだ。
「ふん」
「儲けをくれてやると言ったのに、まだケチをつけるのか? 頭は下げてやったぞ?」
はて……
ではゲランダンは、ただ冒険者として大森林の奥地に挑んでみたいと、そんな理由で第二班を希望した? まさか。どうやら、彼には彼で、何か狙いがありそうな気がする。
「いいだろう。今回は折れてやる」
「ヒュー! さすがは未来の陛下だ。太っ腹」
「茶化すな」
それには応えず、ゲランダンはまた肩をすくめ、壁に身を預けた。
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