ニワトリとスズメ

さよの なか

第1話

海の上に浮かぶ、小さな小さなとある島に

ニワトリとスズメが住んでおりました。


ニワトリとスズメが出会ったのは、スズメが今よりもずっと小さな時。

この島に、スズメの雛鳥が流れ着いたのでした。


まだ生まれたばかりのスズメの身体は弱く、親鳥の姿はどこにも

ありません。

優しいニワトリはこのスズメと暮らすことにしました。




ニワトリとスズメは、いつも一緒です。

落ちている木の実を拾って食べたり、

砂浜で波と追いかけっこをしたりして遊びました。

何もない小さな島でしたが、楽しい毎日でした。


2羽には、この島にお気に入りの場所がありました。

それは島の北の端。

高い高い崖の上から、広い海と青い空を見渡せる素敵な場所です。

「ここから落ちちゃったらどうなるんだろう、、、」

「大丈夫だよ、落ちないように僕がそばにいるからね」

ニワトリが大きな羽をそっと寄せてあげると、スズメはいつも安心するのでした。

身体も小さく臆病なスズメは、崖の高さに怯えてしまいますが

この場所から見る景色が2羽はとっても大好きなのです。




ある夏の日、2羽はいつものようにこの場所に来ておりました。

天気は素晴らしく良く、遥か彼方の水平線まで綺麗に見えます。


どこまでも広がる青い世界を眺めながら、スズメが言いました。

「この海や、空の先にはどんな世界があるのかなあ。」

ニワトリは尋ねました。

「どうして気になるんだい?」

「この前、ワタリドリさんが言っていたんだ。この海の向こうには、空まで届いてしまうほど大きな岩や、どこまでも広がる砂の海があるんだってさ!」

ニワトリには全く想像の出来ない景色でした。

「いつか観てみたいなあ…。」

キラキラと輝くスズメの小さな瞳の中には、まるで小さな世界が入っているようでした。




その日以来、スズメは以前よりも崖の上に来たがるようになりました。

そしてその小さな翼を空に向かって精一杯広げて、

「僕もワタリドリさんみたいにこの大空を自由に飛べたらなあ!」

と言いながら遠くを見つめます。

ニワトリはそんなスズメの姿を見て、気づきました。

スズメが心の底から海の向こうの世界に憧れ、

飛んで行きたいと夢見ていることに。


ニワトリは、大好きなスズメのその想いを、

応援したいと思いました。

「スズメ君だってきっと行けるよ!」

「本当に?」

スズメは目を輝かせてニワトリを見ます。

「本当さ!スズメ君なら、海の向こうだって、この空の向こうだって、夜に輝く星にだって飛んでいけるよ。絶対さ」

「うわあ!あの星も見てみたいなあ!近くで見たらどれだけ綺麗なんだろう!」

スズメはぴょんぴょんと跳ね回りましたが、

「危ない!」

足元の小さな小石につまづいて崖のほうに身体がよろけました。

崖から落ちそうになったスズメをニワトリは咄嗟にその羽で抱きしめました。

スズメは小さな身体をニワトリの白い羽の中でぷるぷると震わせています。

「危なかった・・ありがとう・・。」

「よかった。気をつけるんだよ。」

スズメはこくりと頷くと、

「やっぱりあの海の向こうまで飛んでいくなんて僕には出来ないよ・・・。この崖の高さですら怖くて仕方ないんだもの・・・。」

と小さな声で言いました。

「そんなことないよ。スズメ君なら大丈夫。この崖からだって飛ぶことができるから、僕のことを信じて。」

とニワトリは励ましました。

「うん、ありがとう…。ニワトリ君は凄いね。ニワトリ君と一緒なら何だって出来てしまう気がするよ。」

ニワトリは、スズメのその言葉にとても嬉しい気持ちになりましたが、同時に寂しい気持ちも心の中にあるのを感じるのでした。

スズメと一緒に海の向こうに飛んでいくことは出来ないことを、ニワトリは知っていたからです。

スズメが夢を叶えるということは、2羽のお別れということでもあるのでした。




その日の夜、ニワトリは巣の中で1人考えました。

空には満点の星空が広がります。島から見上げる星空はそれはそれは綺麗で、ニワトリの誇りでもありました。

しかし、ニワトリはこの星空しか知りません。そしてこの星空しか一生の中で見ることは出来ません。

ニワトリには、遠い世界へと飛んでゆける翼は無いからです。

ニワトリは小さな頃から自分の運命を知っていました。

でもスズメの小さな身体には、この星空よりももっと素晴らしい景色を見に行ける翼があります。

ニワトリは自分の運命にとても悲しくなりましたが、それでもスズメの夢は叶えてあげたいと思いました。

自分のせいでスズメが夢を諦めてしまうなんてことは絶対に嫌だ。

たとえお別れになるとしても、スズメの夢が叶ってほしい。

ニワトリはスズメのことが心の底から大好きなのです。

理由はただそれだけでした。

大好きで大切な友達の夢が叶うことほど、ニワトリにとって幸せなことはありません。


「この空を飛ぶことは出来ないけれど、誰かの背中を押してあげるために僕はこの大きな翼を持っているんだ。」


スズメの夢こそがニワトリの夢なのです。

ニワトリは満点の星空を見上げながら、静かに決意するのでした。




次の日、ニワトリとスズメはいつものようにお気にいりの場所に行きました。

今日もスズメは、どこまでも広がる世界をじっと見つめます。

「スズメ君は、この海の向こうに行きたい?」

「うん!毎晩寝る前にこの海の向こうに何があるのか夢見ちゃうよ。」

少しの間をおいて意を決し、ニワトリは笑顔で言いました。

「じゃあさ、一緒に行ってみようよ!」

「本当に!?」

スズメは小さな瞳を丸々と開きました。

「うん、本当だよ!スズメ君は夢を必ず叶えられるよ。」

スズメは翼を広げて喜びましたがすぐに、

「でも、僕のこんな小さな翼じゃ無理だよ・・・。」

とそっと閉じてしまいました。

「そんなことないよ、飛ぶ練習をたくさんしたらいいんだよ」

「僕にも飛べるようになる・・?」

スズメはゆっくりとニワトリを見上げました。

「もちろんだよ!それに僕も一緒についているからね。僕を信じて!」

スズメの瞳に輝きがみるみると満ちていきます。

「ニワトリ君が一緒なら・・大丈夫だ!頑張るよ!一緒に海の向こうに行こう!」

スズメにとって、ニワトリがそばにいることほど勇気になることはないのでした。





その日から、スズメは砂浜で飛ぶ練習を始めました。

毎日毎日、青い海と空が茜色に染まるまでスズメは飛ぶ練習をします。


「ニワトリ君はどんな風に飛ぶの?」

ある日スズメはニワトリに尋ねました。

ニワトリは少しだけ困りましたが、

「僕はこの大きな翼を広げて飛ぶんだ!」

そのトサカをピンと立てて、その白い翼を大きく羽ばたかせました。

巻き起こった風に、スズメは小さな身体をよろめかせます。

「わあ!ニワトリ君はやっぱ凄いや!僕も頑張らなきゃ!」

ニワトリはちくりと痛む心がばれないように、胸を張るように空を見上げるのでした。



スズメは少しずつ、それでも確かに飛べるようになっていきました。

しかし、飛べる距離が伸びていくたびにニワトリの寂しさも増していきます。

それでもニワトリはスズメのことを応援し続けることをやめません。

スズメの夢を応援することが、ニワトリの唯一の生きる意味になっていたからです。





そしてついに、夢を叶える日がやってきました。

スズメの夢が叶う日であり、ニワトリの夢が叶う日であり、2羽のお別れの日です。





2羽は、島の北にある崖の上に立ちます。

天気は素晴らしく良く、空と海がその境目が分からないほど青く広がっていました。

今まで何度も一緒に見てきた景色でしたが、この場所からこの景色を見るのは最後です。

それはいつもより、一層美しくニワトリには感じられました。


美しい景色をその目に焼き付けようと、2羽はじっと無言で青い世界を見つめます。

緊張した面持ちのスズメに、ニワトリはそっと翼を寄せました。

「緊張しているかい?」

「うん、とっても。」

震えた声でスズメは答えましたが、

「でもね、すごくワクワクしているよ。ついに憧れた世界に行けるんだもの。」

その小さな身体には、もうあの臆病だったスズメの面影はなくなっていました。

「それにね、ニワトリ君がそばにいてくれるんだもの。怖いものは何もないよ。」

ニワトリの胸の中にじんわりと熱いものが広がりました。

「本当にありがとう。僕だけじゃ、夢を叶えようなんて思わなかったもの。」

スズメはニワトリの目を真っ直ぐに見つめて言いました。

「ニワトリ君と出会えて、ニワトリ君が友達で、本当に良かったな。これからもずっとずっと一緒に居てね。」

ニワトリはもう我慢ができなくなり、

スズメの小さな身体を抱きしめました。

「こちらこそありがとう。スズメ君にいつも力を貰っていたのは僕の方なんだよ。」

声が震えてしまわないように、強く抱きしめます。

「スズメ君なら、これからもきっと大丈夫だからね。」

スズメが羽の中でこくりと頷きます。

「ずっとずっと、僕はスズメ君のことを応援しているからね。大好きだよ。」

「うん、僕もずっと大好きだよ!ニワトリ君!」


2羽は絆を確かめ合うように強く強く抱き合っていると

「ニワトリ君、苦しいよ〜」と

スズメは笑いながら小さな身体をもぞもぞと動かしました。

ニワトリは、はっとしてスズメの身体からそっと翼を離しました。

翼にはまだスズメの体温がじんわりと感じられました。



「じゃあ行こうか、スズメ君。」

「うん!一緒に夢を叶えよう!ニワトリ君!」



スズメとニワトリは助走を取るために、崖から10mほど離れて並びました。

「準備はいいかい?」

スズメは力強く頷きました。

「よし、じゃあこれから僕たちはあの広い世界をどこまでもどこまでも飛んでいくんだ。

きっと大変なこともたくさん待ち受けているよ。だからね、絶対に夢を叶えるための約束をしよう。」

「約束?」

「うん、僕とスズメ君との大切な約束だよ。」

ニワトリはスズメの瞳を真っ直ぐに見つめました。

「いいかい?崖から飛び立ったら、絶対に振り向かないこと。この島とはもうお別れだからね。僕たちは夢を叶えるんだ、後ろを見てしまったら気持ちが揺らいでしまうからね。」

スズメは黙って頷きながら聞いています。

ニワトリは続けました。

「あの海はきっと、僕たちには想像もできないくらい広いんだ。その向こうの世界に行くためには、たくさんの覚悟が必要だよ。だから決して振り向かないで。あの海の向こうに向かって、とにかく羽ばたき続けるんだよ。」

「・・・うん、分かった。絶対に振り向かないよ!」

スズメは、ニワトリの言葉を時間をかけて飲み込むように考えてから答えました。

「よし、偉いね。崖から飛ぶ時、まず僕がこの羽で追い風を作るから、スズメ君はそれに乗って思いっきり飛び出してね。その後は、僕が後ろからスズメ君のことを見守っているからね。スズメ君は僕を信じて、その羽でとにかく前へ飛び続けるんだよ。分かった?」

「うん!僕がニワトリ君を信じないわけがないよ。絶対に止まらないよ。」

「絶対に約束だよ。破ったら絶交だからね。」

スズメは一瞬悲しい目をしましたが、

「うん、約束!」と強く答えました。

ニワトリがスズメにこんなに厳しいことを言ったのは初めてのことでした。

これでいいんだ、と心の中で自分に言い聞かせニワトリはもう一度スズメの身体を強く抱きしめました。

スズメの体温をその翼に染み込ませるように、強く強く抱きしめました。




「じゃあ、今度こそ行くよ。」

2羽は崖に向かって立ちました。

崖の向こうには、眩暈がするほど青い世界が見えます。

ニワトリはスズメの背中にその翼を添えました。

そして、大きく息を吸い込んで



「「「せーの!!!!!!」」」



2羽は勢いよく崖に向かって走り始めました。

スズメは小さな足をせっせと動かして、一生懸命に走ります。

ニワトリはそんなスズメが転ばないように、後ろから翼を添えて走ります。

崖までの10mは短いようで、2羽にとってはどこまでも長く感じられました。

どんどん崖が近づく中、ニワトリの頭にはスズメとのたくさんの思い出が思い浮かんできます。



スズメと初めて出会った日のこと。

一緒に砂浜でたくさん遊んだこと。




小さなスズメのために、木の実を取ってあげたこと。

スズメが美味しそうに食べる姿を見てとても嬉しかったこと。




毎日崖の上から綺麗な海を見たこと。

夜は綺麗な星空を一緒に見たこと。




スズメのことが大好きなこと。

大好きなスズメが夢を話してくれたこと。




大好きなスズメの夢を、叶えてあげたいと思ったこと。

そして、




「「「いっけぇえええ!!!!!」」」




崖の先端をスズメが力強く蹴りました。

同時にニワトリは目一杯の力を振り絞って、その翼を羽ばたかせます。

その瞬間、まるで竜巻のように大きな風が巻き起こり、スズメの小さな身体をぶわりと持ち上げました。

スズメの身体は、青一色の世界へと勢いよく飛び出しました———。





ニワトリはゆっくりと目を開るとそこには、

真っ青な海のような空と、真っ青な空のような海がありました。

そして逆さまの景色の中で、スズメの背中を見ました。

その背中は頼もしく、落ちることなく青い空の中を飛んでいます。

小さな翼を懸命に動かして、

スズメはどこまでもどこまでも、広い世界の中を羽ばたいていくのでした。



「良かった・・・。本当に、良かった。」



遠ざかってゆく空の中に、ニワトリは自分の翼から離れた羽根を見つけました。

ニワトリは自分の翼をしっかりと見たことはありませんでした。

初めて見るその羽根は、まるで真っ青な世界を切り取ったように綺麗な純白で、

はっきりとその形が分かりました。

その美しい羽根は、確かにニワトリのものでした。




「これで、良かったんだ。」




ニワトリは静かに、その瞳を閉じました。
















僕にも翼はありますか?

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ニワトリとスズメ さよの なか @walknights

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