ご令嬢の引っ越しを手伝う時には、細心の注意を払ってくださいね。一つ間違うと、貴方の一生は……

甘い秋空

一話完結 婚約破棄され追放されたので引っ越します



「貴族の家具って、重たい!」


 今日は土曜日で王立学園は休みなのですが、私は、銀髪を揺らしながら、学園の上級貴族寮から、普通の学生寮へと、引っ越しの最中です。


「これも全て、あの第一王子が、私を追放なんてするからよ」


 愚痴が出ます。


 私は、侯爵家の令嬢であり、さらに功績が認められて女侯爵という一代爵位を拝命しているのに、第一王子から悪役令嬢だと言われ、追放されました。



「ギンチヨお嬢様が、婚約破棄なんて、されちゃうからですよ」


 引っ越しの手を動かしながら、ツッコミを入れてくれたのは、私の侍女です。


 金髪の可愛い顔の年上女性で、私のボケに、事実でツッコミをいれる彼女は、優秀な相方です。


 ……思い出したくはありませんが、先日、私は第一王子から婚約を破棄されました……



「引っ越し先の学生寮は、侍女の部屋が付いていないので、あなたは失業ね。転職先は決まったの?」


 これまでの上級貴族寮には侍女用の部屋が付いていましたが、学生寮は、侍女を雇えない貴族や、平民の特待生のために用意された寮です。


「決まりましたよ。旦那様から聞いていませんか」


「聞いていないわ、お父様はカンカンに怒っていたから、私に教えるのを忘れたのかしら」


 私と第一王子の婚約は政略的に重要な意味を持っていたのに、それを第一王子が浮気して勝手に破棄し、加えて私を追放なんてしたもんだから、お父様は顔を真っ赤にして怒っていました。



「でも、旦那様が機転を利かせ、第一王子様が宣言した追放には、どこからという主語が抜けていたので、上級貴族寮からの追放だと受け取ったのは、素晴らしかったです」


 この侍女は、お父様に心酔しているようです。


「おかげで、学園での勉強が続けられて良かったのか、領地に引きこもって暮らした方が良かったのか、わからないけどね」


 第一王子に振り回され、この王都には良い思い出がないし、このまま住み続けて、好奇の目にさらされるのも、少しつらいです。



「しかし、さすがに、この家具は重いですね」


 木製のサイドチェストは、堅牢で、思っていたより重く、女性二人では、持ち運べません。


「普通は、引き出しを抜いて、中の物も抜いてから運ぶのですが、お嬢様が面倒だとサボるからです」


 侍女のツッコミは的確で、返す言葉はありません。



「玄関にいるクロガネ君に運んでもらいましょ」


「え? 第二王子様を女性専用の寮に入れるのですか」


 この建物は男子禁制ですが、引っ越しの時に、一時的に男性のお手伝いが入ることは認められています。


「この家具で最後なので、大丈夫でしょ」


「では、呼んでまいります」



 私と侍女の二人で部屋から荷物を運びだし、玄関でクロガネ君が馬車に積むように、仕事を分担しています。


「これから私一人だからと不安に思っていたけど、クロガネ君が近くにいると思うだけで、とても心強いものなのですね」


 彼は第二王子なのですが、私と同級生であり、幼馴染なので、いざという時は頼りになります。


「私が第一王子の婚約者に選ばれなければ……」


 世の中には、抵抗できない運命というものがあります。


    ◇


「このサイドチェストを運べばいいのだな」


 クロガネ君は、女性二人では持てなかった家具を、軽々と持ち上げました。



「第一王子様のような筋肉ゴリラではなく、ナチュラルに鍛えた筋肉ですね」


 侍女が、筋肉オタクのようなことを、つぶやきました。


 クロガネ君が、密かに日々の鍛錬を欠かさないでいることを、私は知っています。



「さすがクロガネ君ですね、その筋肉で、何人の令嬢を抱き上げたのやら」


 少し意地悪します。


「俺が抱きあげると決めているのは、ただ一人だけだ。その日のために、鍛えてきた」


 幼い日、彼は、私を抱き上げようとして、できなかった苦いトラウマを持っています。


「私だって、体重管理には気を付けています」



「また痴話げんか……」


 侍女が小声でツッコミを入れてきましたが、今のは余計なお世話です。


    ◇


「ここは階段なので注意してね」


「わかってる、足元が見えないので、ゆっくり下りる」


「あ!」


 あと一段のところまで下りた時、クロガネ君の革靴が滑って、彼はバランスを崩しました。


 床に倒れた彼の上に、サイドチェストの引き出しが抜け落ち、中身が、彼の顔に降りかかりました。


 中身は、私のパンティです! クロガネ君の顔が、色とりどりな布で埋まっています。


「「……」」


 彼がケガをしていないか心配すべきなのはわかっています。でも、私も侍女も硬直してしまいました。



「ごめん、コケちゃった、直ぐに片付けるから」


 彼にケガはなかったようで、立ち上がり、顔の布を手に持って見ました。


「うわ~!」


 奇声を上げ、彼は、どこかに飛んでいきました。



「あらら、洗濯物が増えてしまいました」


 侍女が床に散らばった布を片付けていますが、私は硬直が解けません。


「ギンチヨお嬢様、大変です。一枚足りません」

 侍女が教えてくれました。


「どれ?」

「赤です」


「あれはドレスに合わせる下着なので、追放された私に必要ないわ」


「そういう問題ではありません。第二王子様に謝罪と賠償を求めます」


 彼女は、薄く笑っています。



    ◇



 なぜか、床に男性が、正座しています。


 ここは、引っ越し先である学生寮の面会室です。



「申し訳ありませんでした」


 第二王子が土下座してきました。



「頭を上げて下さい。まずは椅子に座って、それから、お話を聞きますから」


 私は、彼の土下座で、パニック状態です。



「これを、お納めください」


 彼が何やら包みを差し出し、それを侍女が受け取っています。


「この度は、あってはならない事件を起こし、大変申し訳ないと、深く反省しています」


「お二人の、お怒りはごもっともですが、どうかご容赦をお願い申し上げます」


 クロガネ君が、謝罪してきました。



「お嬢様、紛失した品物を回収しました」

 侍女が包みを確認しています。



「もしも、今回の件で、ギンチヨ嬢の、今後の結婚に、障害が出るようなことがあれば……」


「お嬢様に悪い噂がたったら、どうしてくれるというのです?」


 侍女がクロガネ君を追い詰めます。



「俺が、責任をとって……」


「責任をとって、どうするのですか」

 侍女が、薄く笑っています。



「俺が、お嫁にもらうことを、誓います」


 え? クロガネ君!


「ギンチヨお嬢様、第二王子様から言質を取りました。このくらいで勘弁しましょうか?」


 侍女の言葉の意味が、よく解りません。



「ふつつかものですが、よろしくお願いします……」


 顔を真っ赤にして、ピントが外れた返事しか出てこない私です。




 ━━ FIN ━━





【後書き】

お読みいただきありがとうございました。

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