第21話 2人の過去

 凛ちゃんのことを考えるだけで、私は気が気じゃなかった。

 だけど、神山くんは表情ひとつ変えずに商店街をぐんぐん進んでいく。

 やがて立ち止まったのは、三階建てのビルの前。


「ここの二階な」


 看板には、『2F/アマチ・スタジオ』と書かれている。

 階段で二階へのぼると、突き当たりの扉に『営業中』という札がかかっていた。

 神山くんはためらうことなく、扉を開く。


「誰!?」


 とつぜん、なかから怒鳴り声が聞こえてきて、私は「ひっ!」と悲鳴をあげてしまった。

 ドシドシと足音を踏み鳴らしながら、店長さんと思われる人が近づいてくる。

 すらりとした長身に、ほっそりとした手足。

 ぱっちりとした切れ長の目に、赤い唇。肩まで伸ばしたつややかな金色の髪がサラサラと揺れていて、まるで少女マンガの王子さまが目の前に現れたみたい。

 まちがいない。


「天地涼介……」


『ヒカリ・スクール』で、神山くんと共演していた役者さんだ。

『アマチ・スタジオ』って、天地さんが経営しているお店だったの!?

 怒っていた天地さんだったけど、入ってきたのが神山くんだとわかると、

「なんだ、神山クンじゃないか。カノジョ連れで、どうしたんだい?」

 いままで鬼のような顔をしていたのに、ころっと天使みたいに笑う。

 っていうか、いま、とんでもないことを言わなかった!?


「彼女じゃねえし」


 ですよね。


「じゃ、そういうことにしとく。キミが土曜に来るなんてはじめてだね」


 天地さんは、神山くんの頭を親しげに撫でる。

 その光景に、ぽーっと見入ってしまった。まるでドラマのワンシーンみたい……。


「あの、二人はどういう関係なんですか?」


 神山くんは私を横目で見ながら、


「天地さんは、オレの演技の師匠なんだよ」

「師匠!?」

「おいおい。勉強だって毎日教えてやってんだろ?」


 あっ、とひらめいた。


「もしかして、毎朝バスに乗ってるのはここに来るため?」

「そういうこと。スパルタすぎて、嫌気がさしてるけど」

「こら、誰のために引っ越してきたと思ってるんだい?」

「それは感謝してるけどさあ」


 神山くんは、拗ねたように頬をふくらませる。

 こんな表情をする神山くん、はじめて見たかも。


「ここ来たってことは、レッスンしていくんだろ?」

「ああ」


 そっか。ここって、役者を目指す人が通う場所なんだ。

 神山くんと一緒に奥の扉を開くと、そこはレッスンルームになっていた。

 明るい照明に、つるつるの床。奥の壁は一面鏡になっていて、ちょっとびっくり。

 なんとなく、ちいさくなった体育館って感じだ。

 そこに、二十人くらいの生徒さんが台本を持って座っている。

 みんな、私たちと同い年くらいの子ばかりだった。

 生徒さんは、部屋に入ってきた神山くんに釘づけ。


「あれって、神山慧?」

「ホンモノじゃん」

「平日にしか来ないってウワサだったけど」


 そんなささやき声が聞こえてきて、私までそわそわしちゃう。

 だけど、神山くんはいたってクール。注目されることに慣れているんだろうな。

 私は見学ってことで、部屋のすみっこに座らせてもらった。


「オレのカバンと帽子、持ってて」


 神山くんは、私の目の前ではじめて帽子を脱ぐ。

 そのしゅんかん、息が止まりそうになった。おでこに、大きな傷あとがあったから。


 神山くんは、私の視線に気づいたけど、「あとで話す」と短くつぶやく。


「それより、オレの演技をしっかり見てろよ」


 普段は帽子で隠れていた神山くんの素顔。

 キュン……。

 神山くんを見ていると、ドキドキが止まらない。

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