第6話 美術部へ

「一年の西野菜月です。よろしくおねがいします」


 放課後の美術室。私は美術部の部員たちに囲まれながら、ぺこっと頭を下げた。

 パチパチ、とひかえめな拍手があがる。


 部員は十五、六人。女子のほうがちょっと多いみたい。


 そのなかには凛ちゃんもいて、目が合うと手をふってくれた。

 ガチガチに緊張していたけど、おかげですこしほっとする。


「みんな、西野さんと仲良くしてあげてちょうだいね」


 私のとなりで、メガネをかけた美術部顧問の日向先生がほほえむ。

 美術の授業でしか話したことはないけど、先生は怒ったところを見たことがないってくらい、いつもおだやかで優しい。みんなから、ひそかに女神さまって呼ばれてるんだ。


 先生が顧問だって知って、飛びあがるくらいうれしかった。


「ぼくは部長の辻奏汰。よろしく」


 すごく背の高い男の子が、一歩進み出てくる。

 ネームプレートの文字が赤いってことは、三年生ってことだ。

 長い前髪からのぞくまなざしは、ゾクッとするぐらい鋭い。

 ちょっと怖い人なのかもしれない……って思ったのも、つかの間。

 辻先輩は私の肩にぽんっと手をおくと、


「入部したからには、絵を描いて描いて、描きまくってもらうからな」


 えっ!?


「絵は練習量がものを言うんだ。さあ、時間がもったいない! 今すぐスケッチブックを開くんだ!」


 辻先輩の目が本気だ! もしかして、先輩って熱血な人!?


「あの、絵を描くのはちょっと」

「なに? 自信がないのか? 基礎ぐらいなら、ぼくが教えてやるぞ」


 そういうことじゃなくて!


「部長。あんまり強引なこと言わないであげてください。菜月さんが困ってます」


 様子を見ていた凛ちゃんが、呆れたように間にはいってくれた。


「ぼく、何かおかしなことを言ったか?」

「みんながみんな、辻先輩みたいに画家志望ってわけじゃないんです」


 凛ちゃんはため息をつくと、日向先生に向かって、


「先生、準備室はあたしが案内してあげてもいいですよね?」

「ええ、もちろん。よろしくね、副部長さん」

「副部長!?」


 びっくりして、声が出ちゃった。凛ちゃんは、フフッとほほえむ。


「五月からやっているの。みんなが推薦してくれたから」


 美術部には二年生の先輩もいるのに。一年生の凛ちゃんが副部長だなんて。


「凛は、辻先輩の次に絵が上手だから当然だよ」

「そうそう。一番上手な人がなるべきだからね」


 部員たちが、うんうんとうなずく。

 すごい……美術部でも、凛ちゃんはみんなから認められてるんだ。

 でも、凛ちゃんは当然って感じの表情。きっと、褒められるのに慣れてるんだね。


「じゃあ、ついてきて、菜月さん」


 私は手招きをされるまま、凛ちゃんのあとを追った。

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