【ショートショート集】日々短々連々

三七倉 春介

01.月の兎が消えた!

 やぁやぁ、修君。


 久しぶりだね。


 最後に会ったのは去年のお盆だったよね。本当は年末年始にも会いたかったんだけど、サークルの友達と初日の出を見る約束があってさ。ごめんね。


 というか今何してるの?


 ……宿題か、偉いねー。よしよししてあげよう。


 ……もうそんな歳じゃない? はははっ、人は撫でてもらうと嬉しい生き物なのさ。まぁまぁ、そんな怒らないで。お詫びに宿題を見てあげるから。どれどれ……なるほど、人類が地球を脱出したことを調べているんだね。しかしもう十年か。早いもんだねぇ。時が経つことは。


 修君って確か宇宙生まれだっけ?


 ……あっ、ギリ地球生まれなのか。十歳の子たちが生まれたときがちょうど地球生まれか宇宙生まれかの境目だもんね。というか生まれて間もないのに宇宙船に乗ってあの地獄のような地球から逃げ出して来たのか……。そして今はこんなに立派に育って……お姉ちゃん、嬉しいよ。


 頭を撫でるなって?


 ごめんごめん、忘れてたよ。


 そんなに怒らないで。お詫びにすごいこと教えてあげるから。


 そう、凄いこと。


 お偉いさんたちにも口止めされていることさ。


 そんなこと教えて大丈夫なのかって?


 大丈夫。


 修君が言わなければ。


 さぁ、どうする?


 私の話を聞いて、この先一生「言いたい欲」に追われて過ごすか、あのとき聞いておけばよかったという「後悔」に追われて生きるか。


 さぁ、どうする?


 ……ふふっ、いい決断だ。


 じゃあまずは人類が地球から脱出したまでを一緒に振り返ろうか。


 ある日、月から兎がいなくなっていることが確認された。初めは誰もが何かしらが影響して模様が消えたように見えていると思った。目のごみ、空気汚染による空気のぼやけ、集団幻覚などなど……。けれどどれも間違いだった。次の日も、そのまた次の日も月の兎が姿を消していたんだ。


 生まれたときから月に模様がないことが当たり前になっている修君からしたら大袈裟だと思うかもしれないけど世界中の人間がパニックになったんだ。世界の終わりだって。個人個人が勝手にそう思う分にはよかったけれど、陰謀論や終末論を語る宗教団体がいくつも誕生してね、主張を他人に押し付けるようになった。世界の終わりを本気で信じる人、それを押し付ける人、迷惑だと思いつつ心のどこかでは本当に終わるのではないかと考える人、大丈夫だろうといつもどおりの生活を送る人たちで世界は混乱に陥った。


 そこで各国のお偉いさんたちは集まり、月に探索用ロボットを送って月の表面を調べることにした。ロボットが撮影している映像は世界中に生配信されていて、私も食いつくように見てたよ。そして肝心の月の表面はというと何もなかった。文字どおり何も。クレーターも丘も何もかも。月の表面はまるで卵の表面のようだった。


 世界はさらに混乱したよ。


 それを鎮めるために各国のお偉いさんたちはまた集まって、とある計画を立てた。修君、学校で習った?


 ……そう、そのとおり。


 月に模様を描くことにしたんだよ。科学者や技術者、地理学者、画家や漫画家たちの力を集結して。


 そして計画は出来上がり、急ピッチでお絵かきロボットも作られた。


 そうそう、ロボットが完成するまでの間にちょっと面白いことがあってね。SNSで月に描く内容の大喜利が流行ったんだ。アニメや漫画がほとんどだったな。芸人は自分の変顔を挙げていたし、卑猥なものまであったよ……。


 さて、話を戻そう。


 ロボットが完成してさぁ、いよいよロボットを月に送るだけというところまで来たときにとある国が言ったんだ。月には自国の国旗を描きたい、って。初め、他の国々は「何を馬鹿なことを言っているんだ」と笑っていたよ。けれど別の国も同じように言い始めて……するとまたまた別の国も……。そして信じられないことに世界中の国が月に描く模様は自国の国旗にすべきだと言い始めたの。


 そして戦争が始まった。


 第三次世界大戦。通称「月のお絵かき戦争」。


 世界中が月に描く内容をめぐって争ったのさ。馬鹿馬鹿しいと思うだろう? でも当時の世界中は本気だった。月には元の模様を描くべき派と自国の国旗を描きたい派、とりあえず月に国旗を描くべきではない派が各地で戦った。


 それの影響で空気が汚染されたり、生態系が破壊されたりした。


 さらに大規模な地震や台風で地形が大きく変わったりもした。


 このときになって初めて人類は戦争をしている場合じゃないと気づいて、各国のお偉いさんたちがまた集まって地球から脱出する計画を立てたのさ。


 そして今に至る、と。


 人類は宇宙船の中で暮らすことを余儀なくされた。


 さて、簡単なおさらいはここまで。


 待ちに待った「すごいこと」を教えよう。


 なんと……月の兎が消えていることに最初に気づいたのはこの私なのさ! 当時十歳だった私が月の異変に気づいてSNSに投稿すると瞬く間に拡散されたんだよ。これが「すごいこと」だよ。


 そうだろう、そうだろう? すごいだろう?


 でもこのことは誰にも言っちゃ駄目だよ。


 どうしてかって?


 今でもあの投稿をした人が黒幕だって騒いでいる人がいるからだよ。そんな人たちに襲われないように口止めされているのさ。修君には話しちゃったけど。だから修君。君は絶対に誰にも話してはいけないよ? 私が言っても説得力ないと思うけどさ。


 おっと、見て見て。


 宇宙船の向きが変わって窓からちょうど地球が見えるよ。


 しっかし不思議だね。


 戦争や天変地異で形が変わった大陸が兎のように見えるなんて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る