123『AIは怖くない、人間が怖い』
「OK、分かったわ。正直なところ適正リスクを大きく逸脱しているのだけれど、このまま行動を起こさないで対応しなかったらリスクだけが上乗せされる状況ね。虎穴に入らずんば虎児を得ず。もう既に私達は虎の寝床に足を踏み入れているのよ。現状でリスク自体を下げられない以上、こちらから打って出てリターンを得られる確率を上げに行きましょう」
角ウサギからの贈り物、白銀のアンクレットに未だ地球上では存在を確認されていなかった未知の物質が含まれている、その可能性が高いと判明してから、質屋 『栗形』 では作戦会議が続いていた。
店はとうに開店しているのだが、悲しいかな人気店というわけでもないこの質屋は、開店2時間経過しても客は3組程しか来店してこなかった。これでも新記録に近いペースらしいので、地味に知名度が上がってきていると喜ぶべきか、今までの閑古鳥の鳴き方に哀れみを覚えるべきか迷うところだ。
時刻は午後1時。
今まで渋い反応であった鎬が、うーん、と深く悩んだ後、ようやく折れたのだった。
「もうちょっと簡単に説明してよ鎬さん」
「経営再建プランを大幅に変更するわよ。訳の分からない物質が検出されて研究所に目を付けられたとかいうハイリスクを背負った以上は、現実的に可能な限りのハイリターンを狙いに行くわよ。あのアンクレットを売りつけて、上手くいったら大幅黒字に特殊な販売ルートに大きなところからの信頼を勝ち取ってウッハウハ、下手を打ったら大赤字かつヤバい奴らから目をつけられるわ」
「もう一声」
「調べさせろとか言ってくる奴らに片っ端から売りつけましょう。そして調査結果を貰って、準備が整い次第SNSとかで情報を一気に公開、訳の分からない物質が含まれた意味不明なレアメタルの装飾品として文字通り売って出るわよ」
「打つんじゃないんだ」
切り替えが早いと言うべきか、白銀のアンクレットを研究所相手に売る、と決めた途端に、鎬はもう既にその売り方に対して話が延びていた。
質屋のカウンターで行われている作戦会議の進行内容に、秋水はほっと胸を撫で下ろす。
良かった、どうにかなりそうだ。
どこだかの研究所とかいう奴らに白銀のアンクレット、つまりダンジョンに繋がる品を嗅ぎつけられ、しかも研究対象として興味をがっつり持たれていると分かったときは、ダンジョンの存在がバレるかもしれない、と大きく慌ててしまった。
いや、ダンジョンから産出されたドロップアイテムを売ろうと決めた自分がそもそも悪いのだが、まさか白銀のアンクレットから新元素だなんて明らかなる地雷物質が検出されるとは思ってもみなかったのだ。これに関しては秋水の想定があまりにも甘すぎたと言える。ポーションと同じく門外不出にするべきだったのかもしれない。
しかし、質屋の店長、祈織のテンションはブチ上がった。
白銀のアンクレットが売れる。
しかも研究機関だなんて特殊なルートに。
だったらじゃんじゃん売るべきだ、と言うのが祈織の主張だ。
これに秋水も乗ることにした。
欲しけりゃくれてやる、それなりの値段でな、である。
それに対し、鎬は明らかにヤバそうな案件かつ特大級の面倒事であるために渋っていたのだが、なんとか折れてくれたのだ。
良かった。
いや、状況としてはヤバそうな奴らから目を付けられてしまっているというのは変わりがないので、まだ良くはないのだが。
とりあえずは方向性が決まっただけでも一安心だ。
「それじゃあ、まずはラブレターをくれた人達をリストアップしてから、良さそうなところにお返事でも書いてみるわね。デートのお誘いありがとう、アクセサリーに興味があるならお売りしますわ、って」
「わーお、鎬さん悪女だぁ」
「店長、悪女ってブスって意味もあるから使い方には気をつけなさい」
販売計画練り直しね、と鎬は小さくため息をついた。すでにお疲れのようである。
それもそうだろう、秋水と祈織は白銀のアンクレットを研究施設に向けて売り捌くことに前向きではあるものの、その実務は鎬に全部集中しているからだ。
そもそも、大学だか研究所から、調べさせろ、話を聞かせろ、品物を寄越せ、などの矢面に立っているのは鎬である。それらをラブレターなどと言って茶化してはいるものの、その内容は想像に難くない。
そして、販売の窓口になるのも鎬だ。
祈織は英語が苦手であり、秋水は当然ながら中学生レベルの英語しか出来ない。そして、英語以外の外国語はさっぱりときた。
日本国内の大学や研究室ならまだしも、海外のを相手にする場合は現状、必然的に鎬が出るしかないのである。
土日しか働いていないアルバイトに対して、負担があまりにもエグい。
だが、白銀のアンクレットを研究施設に向けて売り捌くためには鎬に頼らざるを得ないのだ。
これは何とかしなくては、と秋水は思うものの、ただの中学生である秋水にはどうすることも出来ない問題でもある。
「なんかゴメンな、鎬姉さん。随分と迷惑掛けちまうみたいだけど……」
「ん? ああ、これくらいは大丈夫よ。ウチの会社の追い込み時期に比べたら、それこそ赤ちゃんのお手々レベルよ」
流石に申し訳なくて謝ってみれば、顔を上げた鎬はけろっとしたものであった。
若干忘れていたが、この叔母、度の過ぎた仕事大好き人間なのである。
会社での寝泊まりは当たり前。残業時間は平然と3桁。仕事しているときが1番充実している。イかれた女だ。
「でもそうね、英文でのやり取りが私しかできないというのは、正直ちょっと問題ね」
「あ、嫌な予感」
しかし、やはり言語の壁という問題はちゃんと認識しているのか、鎬は顎に手を当てながら一度唸った。
その様子に何かを感じ取ったのか、冷や汗を流したのは祈織である。
実用的なレベルの英語が出来るのは鎬しか居らず、その鎬は土日のみのアルバイトである以上、平日の対応が行えないということだ。
そうなれば、英語が出来る人材が必要となる。
新しく誰かを雇い入れるとなると、それは人件費というコストが嵩むし、リスクも増える。そもそもそんな都合の良い人材がいるとも限らない。
となれば、今いる人材に英語教育を施した方が手っ取り早いのだ。
その場合、その矛先が誰に向くかと言えば。
「栗形さん、とりあえず1年生と2年生の英語の教科書を、明日にでも持って来ますね」
「いや待って秋水くん、流石に中学生レベルだったら出来ますよ私!?」
この質屋の店長であり唯一の正社員である祈織に、頑張れという意味を込めた贈り物を提案してみるが、逆にショックを受けたように祈織がツッコミを入れてきた。
だって、鎬がパソコンで見せてきた英文が全く読めていない感じだったから。
しかも秋水は多少は読めていたのに。
「大丈夫よ秋水。流石に今から店長に英語レッスンをしたところで、戦力になるまでに大分時間が掛かるわ」
「あれ、もしかして私、バカだって思われてる!?」
「それとも店長、何かしらの研究に携わってる頭をフルに使い続けている人達相手に、すぐにでも英会話出来るレベルに達する自信があるのかしら?」
「……ないねぇ」
「でしょう?」
そして容赦のない鎬の言葉に、がくり、と祈織は項垂れた。
どーせ私は落ちこぼれ、と軽く背中が煤けた祈織の肩を、ぽん、と軽く叩く。
叩いたのは、その容赦ない言葉を吐いた鎬であった。
「だから店長には、実務的なAI技術を使えるようになってもらいましょう、2日間で」
容赦がないと言うか、情け容赦がなかった。
なにか慰めの言葉でも来るのかと思っていた祈織が、その言葉にぎょっと目を剥く。
「は、え、AI? なにそれ!?」
「店長、簡単なAI技術を使えるようになってちょうだい」
「いやいやいや、無理だってちょっと! AIってあれでしょ、私プログラムとかそんなのさっぱり分からないよ!?」
「そんなもの必要ないわ。必要なのは他人とちゃんとトークが出来る日本語能力よ。店長には生成AIをきちんと思い通りに使い熟せるプロンプトを打てるようになってもらうわ。日本語以外の言語は全部そちらに投げるわよ」
「ぷ、え? ぷろんぷ?」
「大丈夫よ店長、とっても簡単だから。とっても、ね」
「それは絶対天才の言う簡単ってレベルだぁ!?」
なんだか難しい話が始まりそうである。
AI、と言うと、秋水は同じクラスの鶴舞 美々、紗綾音からはミッチと呼ばれている同級生のことを思い出す。何だったか、彼女もそんなものを使っているとかなんとか言っていた、ような気がする。良く覚えていないのだが。
AIとか良く分からないな、と秋水は半泣きになっている祈織から軽く目を逸らし、時計の方を見る。
午後1時。
作戦会議が白熱してしまった。
どうにか一段落といった感じになったのだが、3人揃って見事に昼飯を食い逃している。
それを思い出した途端、そう言えば腹が減ってきたな、と今更になって腹の虫が自己主張をはじめてきた。
「うん、まあ、鎬姉さん、とりあえず昼飯にでもしないか?」
カウンターに置いたパソコンを操作して、早速祈織になにかをさせようとしていた鎬に声を掛けてみれば、ぱぁ、と祈織の顔が明るくなった。
単純に腹が減ったというだけで、助け船というわけではないので悪しからず。勉強の時間を今回避したところで、鎬は絶対逃さないだろう。南無。
一先ず鬼教師、もとい鎬に提案してみれば、そうね、と鎬は若干思案した。
おや、即座にいつものインドカレーを食べに行くと思っていたのだが。
ちらり、と鎬の目線が時計に向き、そして祈織の方へとすぅっと移動する。祈織の肩がビクリと跳ねた。
「それなら秋水、ちょっと何か買ってきて貰っても良いかしら?」
「えぇっ!? いや、ほらちょっと、2人で食べに行っておいでよ、私お留守番してるしさ!」
「あら、それなら店長、私と一緒にお留守番しましょう? 楽しく女子会的なお喋りをしてみたいわ。大丈夫よ、生成AIなんて少しも怖くないわ、こっちいらっしゃい、まずはアルゴリズムを理解しましょう?」
「怖いのはAIじゃなくて鎬さんなんだよなぁっ!?」
南無三。
さて、遅くなった昼飯の買い出しを任された秋水であったが、困ったことが1つある。
何を買えば良いのか良く分からない問題だ。
もしくは食の好み問題だ。
特に、祈織の好みがまるで分からない。
一緒に入ったことがある喫茶店での様子を思い出すに、スイーツ的な甘い物は好きなのだろう。秋水の苦手ジャンルである。しかも、昼食としてスイーツを買ってくるのは如何なものか。
飲み物は紅茶が好きなのだろうか。しかし、質屋の店内では緑茶も飲めばコーヒーも飲んでいる。飲めればなんでも良いという感じなのかもしれない。なんでも良いが1番困る。
それに体格を見れば大盛り系統は食べられそうにないなと思うも、カレー屋では割りと大きいナンをぺろりと食べていた。辛さもしれっと2辛とか頼んでいたので、辛い物が全く食べられないというわけでもなさそうだ。
どうしよう、意外と食の好みが分かりづらいぞ、あの店長。
反面、鎬の食の好みは良く分かっている。
質屋の近くにインドカレー屋があり、鎬はそこをかなり好んで利用している。
ならば、そこにするか、と思ったものの、カレーの香り漂う質屋ってどうなんだ、とすぐに思い止まった。
他に鎬が好きなもの、となると、酒類である。
即時却下。
あとはおにぎりやサンドイッチなどを好んでよく食べると言っているが、それは仕事の片手間に食えるから好んでいる、という理由なのが透けて見える。お仕事超絶ラブ勢なのだ、あれ。
そして秋水自身、現在はたくさん食べて脂肪を増やそうキャンペーン開催中なのである。下手にヘルシーな物を買ってきたら自分の首を絞めてしまうが、女性陣に対して明らかにハイカロリーなものを買ってくるというのは配慮が足りないだろう。
これは悩む。
下手にジャンルを固定せず、色々な物をごそっと買ってくるのが正解かもしれない。
「となると、適当にスーパーとかで……」
そう考えて秋水は自転車に乗ったものの、意外とこの近くにスーパーマーケット的な店がないことを思い出す。
良く言えば閑静な場所なのだ、ここ。
うーん、と秋水は一度唸る。
ここから近くて手頃に食べられそうな物を売っている店となると、うん。
一度頷いてから、秋水は自転車をこぎ始めた。
そして到着したのは、いつものコンビニである。
キッ、と駐輪場へ自転車を駐めてから、微妙な表情で秋水はコンビニの看板を見上げた。
「ま、たまにだったら、鎬姉さんもとやかく言わんだろ……」
軽いため息と共に秋水は零した。
棟区 鎬、コンビニ利用否定派である。
コンビニはコストが高くつく。
単価は高いし、ついで買いをさせ易い誘惑も満載。カゴの大きさ、店内レイアウト、照明から広告に至るまで、心理学やら行動経済学を駆使して客に物を買わせて金を搾り取ろうとする気満々なのがコンビニエンスストアという魔境なのだ。
コンビニに何かされたのかと心配になる程に敵対心丸出しだった鎬がごちゃごちゃ言っていたことを思い出し、秋水は渋い顔である。あの叔母は家計管理に対して厳しめなのだ。
金融教育と言えば聞こえは良いが、小学生時点ですでにフィナンシャルプランナー、通称FPの3級程度の知識を無理矢理叩き込まれた立場からすれば、ちょっとゲンナリである。ついでに簿記まで覚えさせられたし。
まあ、たまになら良いだろう。
そう思いながら秋水は自動ドアを開き、店内に足を踏み入れた。
そう言えば、野良犬の騒ぎがあったなとふと思い出し。
「あ、こんにちは棟区さん、いらっしゃいませ!」
いつもの店員、渡巻さんがにぱっとした笑顔で出迎えてくれた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
実際にChatGPTとかGeminiとか、使ってみればめちゃくちゃ便利かつ快適なんですけどね、リアルだと皆が全然使ってなくて寂しい(・ω・`)
久しぶりの渡巻姉。フルネームを秋水くんが認識していないから、未だにサブタイトルに名前が出て来ない悲しさ(´゚ω゚`)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます