59『渡巻さん家は仲が良い』

 たぶん、その言葉に深い意味なんて無かったのだと思う。




『え? オリジナルのペーパークラフト? なにそれ?』


『おしゃれとか興味ないの? なんで?』


『図工の時間で十分じゃん。楽しくないよー』


『へー、意外ー。もっと可愛いのが趣味かなって思ってたー』


『ヤスリ掛けの練習? え、なんて?』


『いやー、ちょっとあの、ロボットとかは、その、興味ないかなー?』


『自転車のメンテナンス? 自分でなんかしないよ、わかんないし』


『えー、なにそれー』




『ヘンなのー』




『かわってるー』




 深い意味なんてなくても、少女の心をえぐり取るには、十分な言葉の暴力だった。











 猿の名前が付けられた、小さいバイクがある。

 50ccという小さな排気量で小さなバイクの中でも、ひときわに小型なそのバイクは、おもちゃみたいな見た目とは裏腹にしっかりとした走りをすると定評があり、一部界隈では非常に人気のバイクである。

 そして、身長がギリギリで140に届いていない少女にとって、原付免許で普通に乗ることが出来る数少ないバイクである。


「ん、と……新しいシールは……」


 ジャージ姿に軍手と帽子、そんな格好で庭に座り込む少女の目の前では、受け皿にエンジンオイルを垂れ流している猿の名前が付けられたバイクに、広げられた幾つかの工具。

 パーツクリーナーで綺麗になったドレインボルトをタオルの上に置き、近場に投げ捨てられていた新品のシールワッシャーを1枚取り出してドレインボルトに付けておく。

 ふと見上げれば、バイクから流れ出ているエンジンオイルは少量になっていた。


「んー、700キロでこの色か……」


 呟きながら、よいしょ、と立ち上がり、サイドスタンドで若干斜めになっていたバイクの車体を少し立て、ついでにゆらゆらと左右に軽く揺さぶりを掛けてみる。

 まだまだ残っていた古いエンジンオイルが、ぽた、ぽた、と受け皿に落ちる。色は黒い。要するに汚い。

 次にオイル交換をするときは、洗浄もしようかな。ブレーキ系の整備諸々含めて、春先くらいが良いかな。

 ぽたりぽたりと落ちていくエンジンオイルが、段々と少なくなっていくのを確認しながら、少女はぼんやりと考えた。


 彼女の名前は、渡巻 律歌(わたりまき りつか)。


 低い身長のせいで小学生と間違われることは数多いが、歴とした高校1年生である。

 今は作業の邪魔にならないように団子にしてまとめているが、解けばその黒髪は腰まで伸びている。母や妹に褒められているから、と言う理由でなんとなく伸ばしているが、最近は正直邪魔だな、と思っていた。

 趣味は、工作全般。もの作りである。

 バイクの整備くらいならお手の物、といったレベルだ。

 その作業で、長い髪が邪魔、となる。

 新年度に合わせて、ショートカットにでもしようかな、なんて思いながら、ドレインボルトをきゅっと締めた。


「ん……んっ」


 トルクレンチからカチカチっとした手応えがあるまでしっかり締め、その後に本当に絞まっているかを目で確認する。ここが緩いと大事になってしまう。

 よし、と頷き、律歌はトルクレンチを床に置く。

 ここは、車のガレージである。

 もっとも、今は父親が仕事で車を使用しているし、そもそも車用の駐車スペースが別にあるので、ガレージに車を入れることはほとんどない。

 ド田舎と言うほどではないものの、都会と比べたら土地の値段が安いのもあって、律歌の家はそこそこの敷地面積があり、車を駐車するスペースは3台分もあるのだ。

 そして、父親と母親がそれぞれに車を所有しているが、それでも空きスペースとなっているガレージは、現状ではただの物置小屋となっている。さらに言うなら、律歌のための、物置小屋である。

 ガレージの中には多種多様な工具の数々に、バイクと、そして車用の交換パーツなどが多数。整理整頓は心掛けているものの、整備工場のようなガレージの中は、なんとも雑然とした雰囲気が漂っていた。

 見る人が見たらそれなりに整っている設備に唸り声を上げるかもしれないが、困ったことに父親も、母親も、そして律歌の妹も、製造整備的な知識も技術も全くなく、冗談抜きで律歌のための物置小屋、律歌の城と化している。


「~~♪」


 自分の城で鼻歌を歌いつつ、オイルエンゲージを外したそこに新しいエンジンオイルをこぽこぽと注ぎ込む。

 オイルジョッキは使わない。注ぐ量は感である。

 これくらいかな、と1回止めて、オイルエンゲージを突き刺して少し待ってから引き抜き、エンジンオイルの量を確認する。

 ちょっと少ない。

 足りなかったエンジンオイルを目分量で注ぎ、再びオイルエンゲージで確認すれば、上限と下限の丁度中間、ジャストな量である。

 オイルを入れるのは鼻歌混じりでも楽勝である。伊達に5年以上もこのバイクを独りで整備し続けていたわけじゃない。


 もともと、この猿の名前が付けられたバイクは、律歌の父親のバイクである。


 ただ、買ったは良いが、なかなか乗らないという非常に勿体ない状態であった。

 それを先日、16歳の誕生日を迎えた律歌への誕生日プレゼント代わりに受け渡されたのだ。

 娘への誕生日プレゼントに原付バイクはどうなのかとも思われるかもしれないが、普通に律歌は大喜びであった。登録者の名義変更を行うときにわざわざ父親について行き、うきうき顔をした一見小学生くらいの小娘は、随分と変な奴に見られたことだろう。

 まあ、周りが何と言ったところで、律歌からすれば大喜びも大喜びだ。

 なにせなにせこのバイク、10歳とのときから律歌が整備していたのだ。

 バイクのメンテナンスなんてからっきしの父親に代わって、昔から工作作業が大好きだった律歌が触り始めた。完全に良い玩具である。

 最初は何だっただろうか。ああ、そうだ、今と同じくエンジンオイルの交換だ。

 整備ノートを見て、ネットなどで色々と調べ、工具から何からは全て父親に買って貰い、僅か10歳の少女がバイクのオイル交換を嬉々として行った。今考えても、随分と変わった女の子である。

  最初は父親も、そして特に母親が非常に心配していたのだが、オイル交換は何事もなく普通に行えたし、不調も何もなかった。予習は万全だったのだ。

 次に、父親のリクエストで、そのバイクにリアボックスを取り付けた。リアボックス本体や、足りない工具などは言われる前に父親が用意してくれた。10歳の少女にやらせることだろうか。

 面白そう、と、リアボックスも即、取り付けた。

 指に風が当たると段々冷えて困るよね、とか言われたので、次はナックルガードを取り付けた。

 作業方法を調べるときに、グリップヒーターなるものを見つけて父親に教えてみれば、それは良いね、と姉妹揃ってバイクのパーツショップに連れて行ってくれた。

 ホームセンターの品揃えとは違う、バイク専用のパーツや工具がずらりと並んだ店内に律歌は目を輝かせ、あれやこれやと父親にねだってしまったのは、今思い出してみれば随分なクソガキっぷりで恥ずかしい限りである。

 ちなみに、一緒に連行されてしまった1つ下の妹は、なんだここ、とばかりに最初は面白くなさそうな表情を隠しもしなかったが、最終的には受付のお兄さんと仲良くお喋りに興じていた。どちらかと言えば内気な姉とは正反対に、妹の方は昔からコミュニケーション能力がずば抜けて高かったのだ。

 グリップヒーターも取り付けたら、電気系統の理解も出来て、電源を取り出しでスマホが充電出来るようにした。それだけだと困るだろうから、スマホホルダーも取り付た。

 ブレーキがさ、なんて言われたので、締めの調整からブレーキオイルの交換までやって、最終的にはタイヤの履き替えまで行った。

 止まる、を司るブレーキ系統と、唯一の走行時接地面であるタイヤ。

 この両方を任されたのは、11歳の時だ。

 このときは、既に両親揃って律歌の腕に対して絶大な信頼を寄せていた。

 責任重大である。

 そして、出来たときの達成感は過去最高であった。


「よし……っ」


 整備を任され5年以上、そしてついに自分の物になったバイク。

 オイルエンゲージをきゅっと締め、オイル交換が終わったときには、律歌はすっかり満面の笑みになっていた。

 今では両親の車のタイヤ交換まで行うようになったのだが、やはりこの猿の名前のバイクを触っていると、昔を思い出して楽しくなってしまう。

 満足感を覚えつつ、律歌はすぐに片付けを始めた。

 抜いた古いエンジンオイルを廃油ボックスに流し込み、封をする。そのエンジンオイルを受けていた受け皿も、パーツクリーナを吹きかけて綺麗にし、ソケットレンチやトルクレンチなど、使った工具も定位置へと戻していく。

 そして軍手を外し、ポケットからバイクの鍵を取り出して、差し込み、回す。

 サイドスタンドを、跳ね上げる。

 エンジンを、キックで掛ける。


「……えへ」


 駆動するエンジン。

 良い音だ。

 良いリズムだ。

 良い振動だ。

 思わず笑みを零して、エンジンを切り、バイクを押して定位置へと移動させようとして。




「……うーん、楽しそうだねー」




 ガレージの入り口に、呆れた顔をした妹が居た。

 呆れていても可愛い、と思ってしまうのは姉馬鹿だろうか。だって妹は可愛い子なのだ。

 律歌よりかは短いくらいの黒髪ロングのストレート。手入れがしっかりされていて綺麗な髪をしている。

 背は155だったか。律歌より15㎝は高い。

 そして可愛い。

 ナチュラルメイクだけなのに可愛くて、なんならメイクをオフしたって可愛い。

 これでいて人懐っこく明るい子なものだから、姉としては変な男に捕まらないか、いつも心配してしまう。

 そんな、自分に似てない可愛い可愛い妹だ。


 名前は、渡巻 紗綾音(わたりまき さやね)と言う。


 律歌の1つ下、中学3年生だ。

 いつから見ていたのか、その妹がガレージまで出迎えに来てくれていた。


「あ、紗綾音」


「おかーさんがボチボチごはんだから、良いところで切り上げて来いってさー」


「はーい」


 入り口に肩を預けながら伝えてくる妹に、それは丁度良かったと思いつつ律歌は軽く返事をする。

 切り上げるも何も、丁度終わったところである。ナイスタイミングだ。

 バイクを押してタイヤを転がし、ガレージの片隅に寄せながら律歌は小さく笑う。

 そんな姉を、紗綾音は物珍しそうに見ていた。


「……なんか、今日は良いことあったの?」


「え?」


「お姉ちゃん、随分楽しそうだなって」


「そう?」


「そうそう。下手な鼻歌歌っちゃってさ」


「うん、忘れてね?」


 サイドスタンドを立て、車体を静かに斜めにする。

 そして、聞かれてたー、と顔を赤くして項垂れた。誰も居ないと思ってたのに。

 確かに、今日は何と言うか、自分自身で機嫌が良いのがはっきりと分かる。理由は、どれだろうか。

 でも、鼻歌聞かれてた。最悪である。


「ま、ごはんだから、そろそろお手々洗ってねー」


 そんな姉を見てキシシと笑い、紗綾音は軽く手を振ってガレージを後にしようとしたところで、あ、と律歌は顔を上げた。


「そうだ紗綾音、自転車の油差した?」


「え? そんな勉強してるかみたいなノリで聞く?」


「紗綾音はしてないでしょ?」


「うぐぐ、否定できなーい」


 手痛い反撃を受けた、みたいな顔を紗綾音がしているが、別に律歌は可愛い妹に対して、してやった、みたいなことを言ったつもりはない。

 紗綾音は家で勉強しないだろうな、は律歌の素直な感想である。シンプルに酷い。

 まあ勉強の話はいいじゃん、と目を泳がせてから、紗綾音は口元に人差し指を軽くあて、んー、と小首を傾げる。何だろう、このあざとらしい可愛さは。


「えーっと、前にお姉ちゃんが弄ってくれたのって……」


「11月の終わりだったね。ん、それじゃあ、明日にでも軽く整備しておくね」


「えー、まだ2ヶ月も経ってないじゃん。いいよぉ、丈夫・小丈夫・大丈夫だよー」


「いいから。自転車は整備が大事だよ」


 軽く言ってくれる姉に対し、そんな頻繁にメンテしなくても平気だと思うな、と紗綾音はもごもご言葉を濁す。

 いや、まあ、整備してくれるのは普通にありがたいことなので、文句はない。

 ないのだが、希に変な改造施そうとするのだけは止めて欲しい。

 ピカピカに磨いておいたよ、のついでに、変速機のギヤ比も調整しておいたよ、は流石に困る。

 今現在でも一番大きいギヤ比があまりにもペダルが重すぎて実質封印状態なのだ。あんなの筋肉ダルマみたいな紗綾音の同級生じゃないと、とてもではないが踏み込めない。

 それに、正直なところライトは3つもいらない。眩しすぎて周りに迷惑である。

 律歌曰く、夜道は怖いから、お姉ちゃん心配だから、ストーカーとかいるから、と押し切られたから装着しっぱなしにしているものの、3つを同時点灯させたことはない。光害で訴えられそうで怖い。

 そして、今日の律歌は随分と機嫌が良さそうである。

 紗綾音の経験則として、テンションが高いときの姉がモノ作りや整備などを行うと、余計な一手間、というのをねじ込んでくる確率も高くなっていく気がしている。

 明日にはテンション下がってるかな、と紗綾音は小さく諦めのように溜息を1つ。


「それから紗綾音」


「うぇ!? まだあるの!?」


「え、嫌そうな顔されると、お姉ちゃん傷ついちゃう……」


 思わず悲鳴みたいな声を上げてしまった紗綾音を見て、律歌はしょんぼりしてしまう。小学生くらいの背丈しかない律歌にそんな顔をされると、紗綾音としても罪悪感が半端じゃないので慌ててしまう。

 ごめんごめんと紗綾音が慰めると、ぐりぐり、と律歌は紗綾音の胸に頭をすりつけてきた。

 え、可愛い。

 律歌が妹を可愛いと思っているの同じく、紗綾音も姉のことを可愛いと思っている。感性は似た者姉妹である。


「それでね紗綾音、今使ってる机、小さくなってきてない?」


「やだなお姉ちゃん、机が縮むわけないじゃーん」


「木製だから条件次第で多少は縮むよ?」


「わぁ、ガチレス……て言うか、元々大きめにお姉ちゃんが作ってくれてたから、むしろ今がジャストなサイズ感だよ」


「高校進学用に新しいの作るね。色とか素材のリクエストがあったら言ってね」


「へーい、会話のボールがグローブからすっぽ抜けてるー」


 むん、と人の話も聞かずにやる気に満ち溢れてる姉を見て、どうしたものかと紗綾音は天井を見上げた。

 紗綾音の使っている勉強机は、律歌のお手製である。

 設計図を引いて、木の板を切って、ヤスリで削って、コーティング的な何かを塗って、組み立てて。

 それらを全部、紗綾音が独りで行った。

 そして、紗綾音が中学に進学したお祝いにと贈ってくれたのだ。

 ちなみに机だけではなく、紗綾音の使っている衣装棚も本棚も、律歌が作った物である。

 凄くないか?

 うちの姉、凄いだろ。

 友達を家に呼び、それらを見せて自慢すれば、だいたいの友達は驚くくらいの出来である。妹として鼻高々と言うものだ。


「て言うか、あの机、まだ全然使えるよー」


「んー、でもあれ、今見ると何だか恥ずかしい出来だなーって。お姉ちゃんリベンジしたいの」


「いやいやいや、あれ十分売り物レベルだって。あれで恥ずかしかったら安物家具売り場なんて猥褻物陳列卑猥屋さんじゃんか」


 全国の家具屋から怒られそうなツッコミを入れるも、律歌は小さく、にへ、っと笑う。




「まあ、正直言うと、恥ずかしい、って思いながら作ったからね」




 そんな良く分からないことを口にした姉は、ごはん行こうか、と促してくる。

 恥ずかしいと思いながら作った、とは何だろう。卑猥なことでも考えてムラムラしながら作ったという意味だろうか。あらやだ。ンなわけないか。

 セルフでツッコミを入れながら紗綾音は首を捻った。


「んー……」


「ん? どうしたの、紗綾音?」


「んー、や、うん……ま、お姉ちゃんが楽しそうなら良いかな」


「え?」


「なんでもなーい。あ、お父さん帰ってきた」


 律歌の作業小屋となっているガレージを出れば、見慣れた車が駐車場に入ってきたところであった。

 父の車だ。

 綺麗に磨かれているホワイトボディのその車、洗車しているのは律歌だし、白色系統の方が売値が良いよとアドバイスをしたのも律歌である。なんならオーディオシステムを取り付けたのも律歌だし、ヘッドライトからルームランプまでLEDに入れ替えたのも律歌だし、冬用タイヤに交換したのも律歌である。

 何と言うか、実質は律歌の車と言っても過言じゃないかもしれない。

 その車から1人の男性が下りるのが見えた。

 父である。

 スーツ姿がばしっと決まったナイスミドルだ。

 180に迫る身長に、適度に引き締まった身体。下手をすれば威圧感すら感じる風貌をしているが、紗綾音の同級生には父以上の身長と体格をしているという化け物みたいな奴がいるので、それと比べると、最近はむしろ父に対して可愛らしさを覚えてしまうのは一種のバグではなかろうか。

 車から降りた父は、すぐに2人の愛娘の存在に気がついて顔を綻ばせた。

 やっほ、と紗綾音は軽く手を上げ、何故か隣の姉はぶんぶんと大きく手を振っていた。


「あ、お父さーん!」


「律歌、紗綾音、出迎えなんて嬉しいな。ただい」


「今日はタイヤの空気チェックだよー、ガソリンスタンド行ったー?」


 おかえりくらい言おうよ。

 思わず呆れたように律歌を見れば、姉はぱたぱたと父の方に、いや父の車の方へと駆け寄っていく。

 見ろよ、イケオジの父がしょんぼりした顔してるじゃないか。


「おおう、そう言えばそんなこと言ってたっけ」


「もー! やってないなー!」


「ごめんごめん、仕事が立て込んでてな……」


「ごはん食べたら、ぱぱっとチェックするからね」


「いやいや、別に空気入れくらい明日でも」


「お父さんは明日も出勤なんでしょ? 今日やるの」


 父の横を素通りし、律歌は車のタイヤを覗き込む。

 車のタイヤなんてそんな頻繁に空気チェックしなくても良いんじゃないかな、とか紗綾音は無粋なことを考えながら2人の傍まで寄って行く。恐らくだが、父も同じようなことを考えている顔をしていた。もっとも、2人揃ってロクな知識がないので何も言えないが。


「いやはや参った、律歌には頭が上がらないよ……」


「いいよ、楽しいし!」


「うん?」


 弾む声で返事をしながら、空気入れ持ってくるよ、と律歌は踵を返してぱたぱたとガレージへと戻っていく。

 父はそんな律歌の様子に首を捻っているが、その気持ちは良く分かる。紗綾音だって首を捻った。

 律歌の趣味は、もの作りやメンテナンス作業である。

 それくらい見ていれば分かる。


 しかし、律歌自身がそれを、楽しい、と明言したことは今までになかった。


 作業をしているときは黙々と、そして淡々と、集中して行っているのが常であった。

 楽しそうに、嬉しそうに、そんな感じで作業をしているのを見たことは、あまりない。

 紗綾音はもの作りというものに対して大した興味を持っていないので、そういう感じでやるのが普通なのかな、くらいに思っていたのだが、今日の姉を見るとそんなことはなかった様子で。


「もしもし紗綾音さんや」


「はいはい何かなお父さんや」


 姉の様子を訝しんでいると、こそこそと父が耳打ちしてきた。

 それに対してノリを良く、紗綾音の方も父にこそこそと耳打ちを返す。

 ちなみにこの父親、ナイスミドルな見た目をしているが、性格的には紗綾音に近い。正しく言うなら、紗綾音の性格は父親似なのだ。


「今日の律歌、めちゃご機嫌じゃないかな?」


「そうだね、ありゃ絶対なにかあったね」


 やはり妙に明るい感じの律歌のことが気になっているようだが、残念ながら紗綾音も細かい事情はさっぱりである。

 いや別に、明るいのは良いことだ、と思う。

 何があったかは知らないが、まあ、良いことでもあったのだろう、たぶん。

 丸タンクの空気入れを持ってガレージから出てくる姉が、いつもより楽しそうな感じであるのを一目見て、紗綾音もほんのり楽しくなって笑うのだった。


「彼氏でも出来たんじゃない?」


「うっそマジで!?」


「いや狼狽えすぎでしょ」




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 渡巻さん家、キラキラしてる


・父

 高身長。適度に鍛えた身体。ナイスミドル。口を閉じれば2枚目、口を開けば3枚目。職場のお笑い担当。

 警察官。

 妻が好き。娘が好き。


・母

 低身長。童顔。

 警察官ではないが警察勤め。

 夫が好き。娘が好き。


・姉

 父親の要素をあまり引き継がなかった方。

 メカニックマンとしては既に高レベル。渡巻家の家電・自動車・PC系の全てに口を出している。社会勉強として3ヶ月だけの条件でアルバイトをしている。

 両親が好き。妹が好き。


・妹

 父親の要素を濃く引き継いだ方。

 チワワ。

 両親が好き。姉が好き。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


秋水→父、母、妹、死亡

鎬→兄、義理の姉、姪、死亡

祈織→父、母、死亡

美寧→姉、死亡


 ……おやぁ(´・ω・)?

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