いもうと、キミにきめたッ!【企画頓挫】

岩井喬

第1話【プロローグ】

【プロローグ】


「そおらっ!」

「がっ!」


 ひとけのない裏路地に、暴力的な打撃音が響き渡る。

 アスファルトに横たわっていた僕は、何の抵抗もできずに転がされた。

 暴力的なチンピラの気に障ることをしてしまったらしいのだ。

 一人目のチンピラに殴りかかったところで、爪先で引っかけられ転倒。続けざまに二人目が、僕の腹部を思いっきり蹴り上げた。


 喉元まで酸っぱいものがこみ上げてくるのを、なんとか押さえようとする。が、その間に僕の身体は宙に浮いていた。

 胸倉を掴まれ、引っ張り上げられたのだ。


「おい学生さんよ、俺たちのシマにのこのこ入ってくるってえのは、随分といい度胸してるじゃねえか! こちとら縄張り争いが熾烈だってのに、のこのこ踏み込みやがって!」


 僕は再びアスファルトに投げ出された。咄嗟に腕を回し、頭を死守せんとする。

 そうしている隙に、今度は連続で踏みつけを喰らいまくった。


 僕が思っていたのは、自分の腕が随分と鈍ったな、ということ。

 父さんが存命だった頃は、いろんな格闘技やら剣術やらの訓練をさせられたものだ。父さん曰く、『日本男児の在り方』とはそういうものだとか。

 今の時代にそぐわないことこの上ないと思うのだが、とにかくそう言われながら、稽古を受けさせられていた。


 父さんも母さんも亡くなって、もうじき十年になる。なにも二人揃って逝ってしまうことはないだろうに。しかも、僕の妹まで連れて。

 どうして僕だけ生き残ってしまったのか。警察のように物的事実を確認しただけで納得できればいい。だが、運命論的に考えると、その事実が不可解なものに思えてならない。


 もしかして、そんな雑念が僕の動きを鈍らせているのだろうか?

 今のような戦うべき時に何もできないことこそが僕の弱さなのだろうか?

 自分の生い立ちを顧みるのは大事だろうが、戦闘中に考えるべきことではなかった。僕は殴られ、蹴られ、踏みつけられた。

 唇が切れて血が滲む。流石に痣は残るだろうな。どこに、という断定は難しいが。


「チッ、こいつなかなか気絶しねえな……。おい、あれを出せ」

「おうよ!」


 踏みつけられた状態のままで首を捻ると、長身は小振りなナイフを取り出すところだった。


「さて、このナイフをあんたの顔に当てたらどうなるかなあ? 学生さん」


 ナイフのチンピラが告げる。耳まで裂けていそうな歪な表情が浮かんでいた。


 自分の顔に、消えない裂傷がついてしまう。そんな予想に、僕はようやく恐怖を覚えた。

 かといって反撃できる状態ではないし、逃れるだけでも困難だ。

 

 せめて、何があっても無様な悲鳴だけは上げてなるものか。

 そう決意し、精一杯の気迫を込めて、ナイフ持ちのチンピラを睨みつける。

 思いがけない助けが入ったのは、まさにその時だった。

 チンピラの姿が、まるでアニメのコマ落ちのように消えた。一瞬、くの字に曲がったような気もする。


 僕はさらなる脅威に備え、自分の頭部を抱き込んだ。

 そもそもどうして僕がこんなことになっているのか。それを語るには、今日の出来事を順に振り返る必要がある。えーっと、今日は何時に起きたんだっけかな……。

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