大嘘今昔物語
おおまろ
第1話 斉信&公任、あやかしの噂を聞く
「おお中将殿。前越前守の屋敷に、女のあやかしが出る話はもう聞きましか?」
「女のあやかし?」
辰の一刻(午前七時)、内裏の宿直所に出向いた斉信の、これが開口一番の言葉だった。
質問を投げかけたのが、左近少将源経房。
「その顔ではまだご存知ないようですね。今、その話を皆でしていたところなんです。
まま、お座りください」
四人ほどが輪になって座っている中に入るよう促された。
ここは蔵人所の一室、殿上人たちが宮中で宿直する部屋である。
「何の話をしていたんだい?」
「先日、五条高倉通りの越前守の屋敷が売りに出されたでしょう?あの屋敷をどこかの受領が買った話をしていたんですけどね。実成、購入した奴は誰だった?」
「大成金の但馬守です」
答えた人物は藤原実成。公季の息子でただ今は二十歳の侍従だ。
「それそれ。その但馬守が、前越前守邸を買い取って、三週間ほど前から改築し始めたんです。改築の際に、池にふたつあった釣殿のひとつをつぶして、そこに深山木を植えようと計画したらしいんですけどね。池の一部を埋め立てしてしばらくしたら、怪現象が起きるようになったんだそうです」
「怪現象?それが女のあやかしなのかい?」
「ええ。とりあえず西の釣殿と池の間を土の堤防で仕切って、西側の残った水たまりは、この初夏の強い日差しで勝手に干上がるだろうとほっといたんですけど、この水たまりの方に、夜な夜な異形の女が現れはじめたんです」
経房の説明は、いつもわかりやすく明瞭簡潔だ。
「へええ、異形の女ね。誰が目撃したんだい?」
「えっと、その屋敷を買い取った但馬守本人です。
夜、改築途中の屋敷に出向いて、池を眺めていたら出くわしたんです」
この中で最年少の部類に入る実成が答える。
この場合、但馬守本人が見たと言えば、目撃者はもちろん一人ではない。
夜の空家に単独で行くはずもなく、供の者やらなんやらで2、3人同じく目撃している。
「毎晩やってきては、どんな深山木を取り寄せたらかがり火や燈籠に映えるかなーなんて、いろいろ考えてたんでしょうね。
ある夜、そのままそこで寝てしまい、フッと気がつくと、目の前に女がいて、自分の顔をじっと覗きこんでたんですって。女をよく見ると、水たまりから身体が異様にのびている。恐怖を感じた途端に体が動かなくなって、脂汗ダラダラでそら寝をしていたら、その女は静かに後ろを向いて、水たまりの水際に行くやいなや、かき消すように失せてしまったんです。同じく金縛りにあいながら、供の者たちもそれを見ていた、ということなんです」
経房はさらに続ける。
「その夜は酒を飲んでいたので幻でも見たのだろうと思い、次の夜、ちょっとだけ改築現場に寄ってすぐ帰るつもりが、やはり呪を唱えられたように体が動かなくなって、またその女が水たまりから出現したんです。前回と同じく主人の顔を見つめて、やがて再び水たまりにかき消えてしまう、と」
「主人に悪さはしないのか?」
「ええ。ただじっと見つめては水たまりに戻っていく。それだけなんですけどね。その容貌というのが…」
「…なぜそこで一呼吸置く。気になるじゃないか。腰を抜かすほど恐ろしい異形なのか?」
「逆です。なかなかの美女らしいんですよ。ところが人としての容貌じゃないと、但馬守は言ってるんです。なんでも、目の色も違うし、なにより体じゅうウロコだらけ。指の付け根には小さな水かきが…」
経房が低い声でそうささやくと、そばにいた平行義がヒィ~とうめきながら耳をふさぐ。
「あんまり不気味だから、毎夜は行ってないそうなんですが、行くたびにその異形の女に遭遇する。こうなったら陰陽師にでも相談しようか、と悩んでいたんですけど、この但馬守、ふとあることに気がついたんです」
この経房、本当に話題を盛り上げるのがうまい。斉信が宿直所に来る前に、一度みんな聞いてるはずなのに、話術に引き込まれてしまう。黙って耳を傾けた。
「会うごとに、次第に女の体が透けていくことがわかったんですよ。
最初見た晩に比べたら、一番最後に見た晩の方が格段に薄くなってるってね。それで但馬守、安心しちゃって、ほっといても消滅するだろうから、高い依頼料出して陰陽師に調べてもらう必要ないって。ゲンキンなもんですよ。
いかがです?水に棲む異形の美女」
「池に住んでる魚の変化(へんげ)なのかい?脚のかわりが尾ヒレなら興ざめだなあ。でもまあおもしろそうだ。悪さをしないんなら、一度確かめに出かけてみてもいいな」
「ああやっぱり中将殿ならそう仰ると思ってましたよ。
先ほども中将殿がこちらに顔を出す前に、『中将殿のノリなら絶対見たがるに違いない』って、みんなで話していたんですよね」
若い実成が予想的中とばかりに楽しそうに言った。
「私の行動がそんなに予測できるとは不本意だな。確かに見てみたいとは思うが、それは美女だと聞いたからではないぞ。こういう体験が、政務で疲れた今上の御心をお慰めする一興にでもなれば、という純粋な職務上の」
「ストップストップ。おまえがそういうのを口実に、気のすすまないお屋敷への訪問を断ったりしているのをどれだけ見てきたか、言ってやろう」
それまで輪の中でずっと黙って聞いているんだかいないんだかよくわからない態度で扇をもてあそんでいた公任が、ようやく口をはさんできた。
「公任。おまえは私にウラがあるとでも言っているのかい?心外だなあ」
「おおげさに目をむいておどろいたフリをするな。それより行くんだな?よし、一人は決まりだ。あと一人か二人、誰かこいつの面倒をみてやれる者は…」
と公任が輪の中に目を泳がしてみたが、行義は「いやですいやです!」とすでに話を聞いてる時点でビビッているし、実成も、「私もウロコびっしりはちょっとトリハダが…」とつぶやいている。経房少将は、「今夜行くのでしたらちょっと都合が」と、女人の先約があるようだ。
「公任、おまえどうせヒマなんだろう?ヒマなら一緒に行こうよ。うるわしき水の精を訪ねてみるのも一見の価値ありだよ」
「ヒマヒマ言うな。おまえと違って私は忙しい。急に予定を変えられるものか…と言いたいところだが、残念ながら今日は体が空いている。女のあやかしをうるわしき水の精と、妙な脳内変換するようなヤツの面倒を見るのはごめんだがな」
行くと言っているんだかいないんだかよくわからない物言いだが、これが公任独特の気心知れた者たちとの会話であり、乞われればなんだかんだと言いながら、意外にも世話を焼いてしまうタイプなのだ。要するに、行くことにやぶさかでなかったらしい。
「よし公任。消えつつあるのなら早い方がいい。では今夜ゆくか」
「うむ」
「ゆこう」
「ゆこう」
ということになった。 ←『陰陽師』大パクリ
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