6-19 推しを招く
「こんにちは。大丈夫でしたか」
「ええ、検査ではなんとも」
「怪我は」
「擦り傷と、体のあちこちが痛むくらいで。……ごめんなさい。わたしのせいで、公星くんに痛い思いをさせました」
「花緒さんのせいじゃないです」
強く否定されたけど、わたしは、いいえ、と首を振った。
「わたしのせいです。迷惑をかけてごめんなさい」
公星くんが悲し気に眉を歪める。
「花緒さんはなにも悪くないです。だってあれは」
正当防衛で、と言う彼の声に、どこかで扉が開く音が重なった。会話が途切れる。公星くんの背後を住人が通り抜けていった。彼の肩越しに一瞬視線が交差する。
「あの、続きは中でしませんか」
公星くんは少し迷ってから頷いた。
「そうですね。お邪魔してもいいですか」
「どうぞ。あんまり綺麗じゃないですけど」
公星くんを玄関に招き入れてから、先に部屋の奥へと戻る。今更カーテンを開けて、リモコンの位置を揃えたりなんかして、最低限来客を通せるくらいに整えた。そうしている間も、胸の内はずっと凪いでいる。心が遠く離れたようだ。推しが部屋にいるのに、こんなにも無感情なんて。
「そこ座ってください。お茶でいいですか? 冷たいのしかないんですけど」
「大丈夫です。ありがとうございます」
ペットボトルの緑茶をグラスに注いで出す。わたしも来客用の食器を用意しておくべきだっただろうか。後悔が芽生えた。
「警察のひとにも、正当防衛だと言われました」
「はい」
きっと公星くんも同じ見解を聞いていたのだろう。
悠然と頷いた彼は、当事者ふたりが眠るなかで、なにを知り得たのだろう。
「あのひとが誰か、聞きましたか」
「いえ。おれが警察のひとと話したときは、まだ眠っていたそうなので。目を覚ましたんですか」
「わかりません。まだ入院中としか」
「そうですか……」
沈鬱な面持ちを前に、誰に対してかも、なにに対してかもわからない罪悪感が湧いた。
「ごめんなさい。おかしなことに巻き込んで」
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