5-4 思い出
レストランはガラス張りのため、中からでもイルミネーションがよく見える。暖房がきいていて、ふたりそろって入口でコートを脱いだ。陽輝はワイシャツの上にニットのセーターを合わせている。会社で着替えて、そのまま向かってきたのだと言う。
お互いの手の甲が触れた瞬間、ばちっと短い電流が走った。一瞬飛び退いて、わたしたちは顔を見合わせて笑った。ふたりの間には隙間が空いていた。
わたしたちが席に着くとほとんど同時に、隣のテーブルへ運ばれてきたビーフカレーを見て
「なんだろう、花緒といるとカレーが食べたくなる」
などと陽輝が呟いた。そういえば、再就職の報告をした日にも、このひとはカレーを頬張っていたっけ。
「なにそれ」
「子どもの頃の気持ちを思い出すのかな。大人になると、カレーって意外と食べないし」
「わたしもこの間久しぶりに食べたよ」
「ひとりだと余らなかった?」
「余った」
だから、お裾分けしてもらった。
「俺にも分けてくれればよかったのに」
「タッパーで?」
「食べに行くよ。そうだ、今度うち来たとき、なんか作ってよ。俺も一緒にやるし」
「あんまりひとに食べさせないから緊張する」
「昔バレンタインのチョコもらったじゃん。あの、あれ。名前なんだっけ」
思い出すのに少々の時間を要した。
「……ブラウニー」
「そう! ブラウニー。うまかったよ」
「待って。あれ確か間違えて塩入れたんじゃなかったっけ」
「そうだっけ?」
「絶対美味しくないよ、嘘だよ」
「そうかな。美味しかったってことしか覚えてないや。いい思い出だよ」
わたしにとっては、忘れたくて仕方ないしょっぱい思い出だ。その味に刺激されるようにして、ふたりの間に高校時代の記憶が蘇ってくる。
食事をしながらの会話はどうにも忙しなくて苦手なのに、繰り返される呼吸のように言葉を重ねた。
「大会のとき、ロビーで陽輝が他校の女の子からファンレターもらってたね」
「あったようななかったような」
「あれ絶対ラブレターだよってみんなで話してたんだよ」
「嫉妬した?」
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