七つの二つ名を持つ男〜なんちゃって賢者の少年に転生した口下手男の成長譚〜
米糠
プロローグ
「来たぞー! あれがドラゴンハートだ! あの先頭に立っている奴だ!」
「アイツが敵の首領だ! 奴さえやってしまえば俺たちの勝ちだぞー!」
アグルは向かってくる敵の声を耳にする。
七つの二つ名を持つ男ーー転生賢者・アグル
引き締まった体、精悍な顔立ち、漆黒の瞳に濡れ羽色の髪、今此処では『ドラゴンハート』の二つ名で呼ばれる名将だ。
「フッ! 無駄な事を…」
右腕を上げて天高く指差す。
アグルの軍はザラド軍と正々堂々正面から対峙していた。そしてその先頭にはいつもの様にアグルの姿があった。
指差す先ーーザラド軍の上空に無数の巨大な魔法陣が展開する。
アグルが押し寄せるザラド軍に向けて広域大魔法メテオストライクを連射し始める。
一発撃つだけでも多量の魔力を消費する高度な魔法だ。高名な魔術師でも何度も発動できる魔力量を持つものは少ない。
展開された魔法陣によってその中央に召喚された球体ーー巨大な隕石が炎を纏って落下する。地上に衝突した巨石がその勢いでめり込み周囲の土石を吹き飛ばし、轟音と豪風と猛烈な衝撃波と土石の弾丸と炎が同心円上に全てを薙ぎ倒し焼き尽くしていく。中央には大きなキノコ雲が立ち昇る。
立ち昇る無数のキノコ雲の下、後続の軍が大きな被害をだし続ける中、ザラド軍の先鋒部隊が特攻隊の様に突っ込んでくる。
「全軍突撃!」
アグルの号令でアグル軍がザラド軍を迎え撃つ。
ドミトリー(アグル軍第一軍)軍とシザーズ(アグル軍第2軍)軍が前衛としてザラド軍を受け止め、ピッケル(アグル軍第3軍)軍魔術師部隊が後衛として敵後衛に魔法攻撃を行う。
今、アグルはその後ろからメテオストライクを連射し続けている。後続が壊滅状態になり、ザラド軍は薄い先陣を残すのみとなるとアグル軍の分厚い攻撃に蹴散らされて行った。
ザラド軍は撤退のホーンの音を鳴らし全軍撤退を始める。アグル軍はザラド軍に追撃をかける。そしてアグル自身も空を飛び追撃して魔法攻撃を続ける。その日ザラド軍は壊滅した。
「さて、敵も屠ったことだし、アゴンに会いにいくか……」
ザラド軍を容赦なく壊滅したアグル軍は、従兄弟・アゴンの守る城塞都市ドランに入場した。アゴンはザラド軍に包囲されながらもこの都市を半年もの間守り続けていたのだ。アグル軍の活躍で、城塞都市ドランを囲んでいたザラド軍はもういない。
「よく来てくれた。アグル」
アグルの顔を見てアゴンが抱きつき涙を流す。アグルより頭一つは背の高いアゴンに抱きつかれたアグルは包み込まれて息もできない。
ドウドウ……と、アゴンの背を叩いて落ち着かせる。
「遅くなってすまなかった。アゴン、無事そうで何よりだ。よく此処を守り通してくれた」
アグルもアゴンを抱きしめ返した。
「でもな、俺はこんな都市を失ってもお前が生きていてくれる方がよほど嬉しいいんだ。無理しなくても良かったんだぞ」
「バカ言ってんじゃねーよ。こんなの余裕ーで守ってたんだぜ! ザラド軍なんかにこの都市を落とされるアゴン様じゃねーって事よ!」
アゴンが強くアグルを抱きしめながら見栄をはった。
実際の所、食料不足は深刻で兵士の士気も下がっていたのだ。ただ城塞の硬い防御力に支えられて守り通せていたと言っても良かった。
「バラデス王国からの侵略は大丈夫だったのか?」
アゴンがもう一つの敵国ーーアグルが相対していたバラデス王国との戦況を尋ねる、
アグルが笑って答える。
「ああ! あいつらはボコボコに返り討ちにしてやったぞ。今はアポンに守りを任せてある」
「アポン一人で大丈夫か?」
アゴンが心配そうに眉根を寄せる。アポンとアグル、アゴンは従兄弟同士だ。
「大丈夫だ。バラデスの奴ら、二度と攻めて来られないように全滅させておいたからな」
アグルが笑って答えた。
「ハハハハハ! そうか、それなら大丈夫だな」
アゴンも笑い出した。
「ところでアグル、ザラド軍の奴ら、まだまだ本国には戦力があるらしいぜ。此処にいたのはごく一部だ。それにお前が援軍としてやって来るという噂は伝わっていたようだから奴等も援軍を派遣しているかもしれね〜」
「そうなのか、ならそいつらも倒してザラド王国を服従させるか? とにかく戦争が起きないようにしなければな」
「そうだな。此処ドランはちと遠すぎて補給が滞りがちなのがネックだな。戦争が起こらなければこの辺りもかなりの農業生産が見込めるからそうすれば自力で此処も豊かになれる」
「戦いが無くなれば井戸を掘り水路を巡らせて農地を作る事もできるからな。そうすれば食糧生産量は跳ね上がり、生活も豊かになるだろう」
「そういう事だ」
アゴンが頷いた。
「まずは、使者を送ってみるか? 不戦条約を結び、共に栄えよう……て言って」
「まず無理だろうな。奴らは食糧生産力が足りないから定期的に戦争をして略奪をしなければならない。その時に人が死ぬのは口減らしも兼ねているのさ」
「なら将来の労働力もいただこう」
「言葉も違うし奴ら野蛮だからな……上手くいくかどうか? 街の中で事件が多発したらやってられないぜ」
アゴンはあまり乗り気ではない。
この地に長くいて、奴らの事をアグルより良く知っているアゴンの言う事はおそらく正しいのだろう。言葉の壁、文化の壁は厚いのかもしれない。異民族に対して戦い奪う事が正義と考えている奴らと、仲間付き合いをできるようになるのは難しいのだろうか? 命の軽い世界ーー仲間にはあたたかく、そうでないものには何をしても許される。野蛮……か。
「じゃあ、俺が行って話してみるよ。俺は多分奴等の言っている事くらいは判るし言葉も直ぐに覚えられる。不戦条約と交易の約束くらいならできるんじゃないかな」
アグルは転生者で転生特典なのかこの世界に来た時から聞いた言葉の意味は分かるし、ピクチャーメモリーという瞬間記憶能力を持つため言語の習得も早く、喋れるようになるのもそう時間はかからない。
転生前はコミュ障だったが、こちらに来てからは話す事には適応できたーー多少説明下手ではあるが。
「ちゃんと防御の準備は整えて相手をしろよ」
アゴンは心配そうに言った。
「ああ、その前に奴らの街に潜入して言葉を覚えてくるから此処を頼んだぜ」
「全く命知らずな奴だよ。お前は」
呆れ顔のアゴン。
「ステルスで消えていれば街中でも見つけられないさ、ふふふ。近くの街か敵の野営地に行けば言葉を覚えられるだろう。数日で戻ってくるからよろしく頼むよ」
アグルはそう言うとフライ(空を飛ぶ魔法)を使って大空に舞いあがった。
アグルは、ザラド人のいる場所を探して飛びながら転生して来た時のことを思い出していた。
これは、異世界に転生し、努力と冒険を繰り返し、仲間とともに少しずつ成長して7つの二つ名で呼ばれるようになった男の物語である。
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