Exotic Contractor

ツヅキ

pre.5年前

「黙っていないで何か言ったらどうなんだ、アート?」

 僕はベンチに腰掛け、中庭の巨大なオブジェを眺めながら携帯電話端末スマートフォンの向こう側にいる相手に語りかけた。

 あの真っ黒で尖ったやつは彫刻家のカルダーが作った『ビッグセイル』。動く彫刻モビールの発明者である彼は『なぜ、芸術は静止していなければならないのか?』と言い、動きを取り入れることで表現を次の段階に進めた。

 そうだ、硬直したものに変化を与えることは正しい。

 僕は行動し、それは後に起きた出来事すべての始まりとなった。

「君が言ったんだよ、あんな国は嫌いだって。だから破綻デフォルトさせた。株取引に使われているAIをハッキングして国債の売買に介入したんだ。かしこい君ならその意味がわかるだろう? 国債の大量流通は金利の上昇と円高を誘発する。企業は海外資産を投げ売り、ドルの価値までもが大暴落。しまいにはハイパーインフレと不況が同時に襲いかかるスタグフレーションの開幕さ」

 昼下がりの穏やかな芝生の庭とは裏腹にネットニュースやTVは騒然となってこの話題を伝え続けているのだろう。だが、僕にとってマスメディアの反応などはどうでもいい。

「アート、アートAtrグリーヴァ―Griever? 聞こえているなら君の声を聞かせてよ」

 僕がつけてやった新たな名前を、彼は意外なほどに喜んだ。たったいま生まれ落ちたばかりの赤ん坊が初めて笑ったかのように嬉しがった。

 ――その好意を最悪の形で踏みにじられた今、君はいったいどんな顔をしているんだい?

 結局、通話はそのまま切れてしまった。

 だから僕は、彼がその時に何を感じたのか、考えたのか、思ったのかを知ることはできなかった。そしてそれを5年たった今でも知りたいと願っている。

 

 引用文献『カルダー(日本語版)』(タッシェン・アルバムブック・シリーズ) 2001/6/1

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