第46話 会談①
【前書き】
本作のタイトルを変更しました。今話の後書きにて補足します。
////////////////////////////////////////////////////////////
エルフと人間たちの合同大宴会が行われた翌朝、日が天上へと進む頃。
『ガスハイム』の町の西側に構えられたエルフ軍の陣地へ、複数台の馬車がやって来た。
それらの馬車にはそれぞれ護衛の騎士が四騎ずつ割り振られており、物々しい雰囲気を発していた。町からほんの
「全体、止まれ!」
この馬車隊を率いる騎士長のコンラートは、陣地の内側で号令を発し、自らも馬の足を止めた。
コンラートはひらりと馬から下り、出迎えたエルフの元里長モルガン=サルトゥールと相対する。
「お待たせ致しました。会談の場までご案内させて頂きます」
「ああ。世話になる」
準備を整えていたエルフの面々は、用意された馬車に分乗する。その中には、魔封じの結界布によって両手を後ろ手に縛られたヴィヴィアン=バラントン、ロドルフ=アンブローズ、ユーグ=バラントンの姿もあった。
また、『サン・ルトゥールの里』に住むエルフではないが、ノアと魔女キュルケも関係者としてレティシアと同じ馬車に同乗した。
一行を乗せた数台の馬車は『ガスハイム』の大通りを上り、やがて町の中心部に
広々とした敷地を占有するのは、ザルツラント家が所有する邸宅だ。
大きな鉄格子の門が左右に開き、馬車は次々と中に入る。
玄関の目の前で足を止めたそれぞれの馬車から、エルフを主とする十名強の人々が外に出て一箇所に集まる。
「ここでしばらくお待ちください」
コンラートはそう言うと、邸宅の中へ入っていく。
待つこと
再び開いた玄関の扉から姿を見せたのは、仕立ての良いスーツに身を包んだ貴族の青年だった。
彼は眼前で
「……フン。恥知らずの野蛮人どもが。よくもまあ、ぞろぞろとやって来たものだな」
その尊大な態度に一行の多くが当惑を見せる中、レティシアが集団から一歩前に進み出る。
「マケイン殿、息災だったか。
マケインと呼ばれた青年は、レティシアの言葉を聞いてさっと顔を赤くした。
「誰がマケインだ!? 俺の名はマルティン=ザルツラント。貴様らエルフを断罪する者だ!」
そう。彼は、ザルツラント家の三男にしてこの町の代官を務めるマルティンだ。
彼はユーグによって『サン・ルトゥールの里』に
うっかり名前を間違えてしまったレティシアだが、彼の機嫌によって自分たちエルフの処遇が変わり得るということは理解していた。
「そうだったか? 何にせよ、こちらの勘違いのために貴方には大きな苦労を掛けた。改めて、謝らせてもらおう」
レティシアがそう言って頭を下げると、周囲のエルフ一行(キュルケも含む)も追従して一斉に頭を下げた。
「お、おう……」
これにはマルティンも虚を突かれ、二の句を継げなくなった。
「ユーグ! 元を正せば貴様がしでかしたことだ! 誠意を見せろ」
レティシアが声を上げると、前の方に来ていたユーグは後ろ手に縛られたままの格好で、両膝を地に着いて頭を下げた。
「……本当にすまなかった」
それは文字通り、断罪を待つ罪人の姿だった。
先に述べた理由により、ユーグのこの態度は決して
マルティンとしては、この後の会談の場でせいぜいその罪を
「……フ、フンッ。とりあえず、
結果としてマルティンは、上から目線ながらどこか温情を感じさせる発言をした。してしまった。
そこに折良く、もう一人の人物が館の中から姿を見せる。
「ハッハッハ! では、その件はこれにて一件落着といたしましょうか」
その人物とは、マルティンの父親にして、ここ『ザルツラント辺境領』の領主、ヴィンフリート=ザルツラントだった。
彼はもともと会談が行われる広間で待機していたのだが、どうせマルティンとエルフ達の間で
「ち、父上! それはあんまりです! 僕がヤツらにどんな扱いを受けたか、昨夜あれほど話したじゃありませんか!」
味方であるはずの父から言葉尻を取られてしまい、マルティンは悲鳴のような声を上げた。
しかし、ヴィンフリートは
「マルティン、早く客人を中へ案内せんか」
「そんなあ……」
*
マルティンの案内を受け、エルフらの一行は邸宅の奥にある中ぶりの広間へと通される。
「ようこそ。さあ、席へお掛けください」
そちらではヴィンフリートやコンラートを含む数名の人間が、長机の片側の席に着いて待っていた。また、部屋の角にはレオンハルトなど数名の騎士が配置されていた。
案内を務めたマルティンも、ヴィンフリートの隣の席に腰を下ろすことになった。
モルガンを筆頭とするエルフの面々は、エルフらのために空けられていた長机の逆側の席に着席していった。外部からの協力者に位置づけられるノアとキュルケは、その末席に着いた。
また、罪人扱いのヴィヴィアン、ロドルフ、ユーグは長机の後方に並んで立ち、左右を見張り役のエルフに挟まれることになった。
人間のしきたりに
そういった文化の違いに対する配慮もあったのだろう。略式の
進行役を務めたのは、ヴィンフリートだ。
「……そうですな。まずは改めて事の次第を伺いましょうか」
対するエルフ側で主に話をするのは、代表者であるモルガンだ。
「
モルガンの話を聞きながら、ユーグは奥歯を噛み締めていた。
ユーグがマルティンを誘拐したのは間違いなく彼自身の判断だったが、息子に罪を着せるわけにはいかないとヴィヴィアンが必死に訴えたことで、モルガンはこのように説明することになった。
「彼女がこの争いを企てたきっかけは、三百年前に起きたある事件です」
「! なんと……」
続くモルガンの言葉を聞いて、ヴィンフリートは思わず拳を握り締めた。彼はなんとか大声を出すのを
「寿命の短いあなた方にとっては、預かり知らぬことと存じますが、――」
モルガンはそのように前置きをした上で、三百年前の悲劇について、エルフ側で把握している事実を語った。
また、モルガン、ヴィヴィアン、ロドルフの三名が当時の関係者であり、モルガンとロドルフが侵入してきた一部の人間の命を奪ったことも明かした。
「――逆恨み、と言われても
モルガンがヴィヴィアンとロドルフの所業についてそのような言葉で締め
しかし、ヴィンフリートはそのいずれの行動も取らなかった。彼は沈痛な面持ちでモルガンの話に耳を傾けていた。
モルガンの話を聞き終えたヴィンフリートは、静かに語りだす。
「……ザルツラント家の代々の当主の間でのみ、口伝として語り継がれてきたことがございました。それは今のお話と一致しております。当時、まだ当主でさえなかった若き日のバルタザールが大森林に踏み入り、配下の者がエルフの一名に重傷を負わせた、と……」
「ご存知でしたか……」
ヴィンフリートの言葉は、モルガンを始めエルフ側の面々にとっては意外なものだった。自分が生まれるよりも前に起こったことなど、知る
ヴィンフリートのセリフはまだ続いていた。
「……ええ。この場をお借りし、先祖に代わってお詫びをさせていただきたい。――総員、起立!」
言うが早いか、ヴィンフリートは号令を上げ、人間たちが一斉に席から立ち上げる。思わぬ展開に、レティシアなどもつい腰を浮かせかけた。
「客人らに頭を下げよ! 誠に申し訳なかった!」
ヴィンフリートに続き、人間たちが一糸乱れぬ動きで頭を下げ、最敬礼の姿勢を取った。部屋の角に立つ騎士たちはさすがにそこまで頭を下げることはしなかったが、小さく会釈して謝意を示していた。
この展開に対して、エルフの一行は一様に面食らった。特に、あのマルティンさえも周囲と全く同じ動きを見せたことに対して、レティシアは
この後、しばらく沈黙が続く。その間、人間たちは不動の姿勢を貫いていた。
エルフ達はすっかり当惑して、対応に苦慮することになった。
////////////////////////////////////////////////////////////
// 【後書き】
会談シーンが意外に長引き、二話に分割することにしました。
その後エピローグになりますが、こちらもひょっとしたら分量の都合で二話に分かれるかもしれません(汗)
エピローグの後、少し間を置いてから、各登場人物のその後を簡単に記したエンドロールのようなエピソードを追加することを考えています。
ただしエピローグの段階で、サイト上では一旦「完結」の設定とする予定です。
最後までバタバタですが、お付き合い頂ければ嬉しく思います。
タイトル変更の詳しい経緯については、近況ノートをご覧ください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます