エルヴン・テイル〜天然エルフの冒険追走劇〜【本編完結】

卯月 幾哉

第1章 旅立ち

第1話 事の起こり

 エルフ。

 先の尖った長い耳を特徴とし、人間より遥かに長い寿命を持つ種族として知られる。

 そんなエルフ達は人前には滅多に姿を現すことがなく、森の奥に集落をつくり、自然と一体になって暮らしている――人々の間には、そのように伝わっている。


「……見つけた」

「また? すごいわね、レティ。今日のあなたは神がかってるわ」


 ここ、『ブロセリアンド大森林』の奥地にて。

 そんなエルフの若い女性が二人。木々の間を縫って、静かに移動していた。


 レティシア――レティと呼ばれた金髪のエルフは、ある木の前で足を止め、そのうろの中に手を伸ばした。

 取り出したのは握り拳よりは少し小ぶりな苔玉のような物体だ。


「見事な蜜玉みつだまね」


 それはデュースウォームという虫が樹蜜を集めて作る貴重な天然の甘味で、苔のような外観は他者を欺く偽装である。

 レティシアはもう片方の手で懐から平たいカードのような物を取り出す。彼女がそれにまじないをかけると、それはたちまち、蜜玉を包むための容器に変化した。


「ねぇ、レティ。ちょっとだけ……」

「駄目だ」


 蜜玉に手を伸ばしかけたもう一人のエルフ――フラヴィに対し、レティシアはにべもなく告げた。


「いいじゃない。一族で分けるにしても、三つもあれば十分でしょう?」

「いいや。ここで崩すと味が落ちるからいかん。きちんとガワを外してから味わうべきだ」

「もう、頑固なんだから」

「なんとでも言え」


 うらめしそうなフラヴィの視線を気にする素振りも見せず、レティシアは蜜玉をしっかりと背嚢はいのうにしまった。


「それにしても、また探知の精度が上がったんじゃない? 今日はこれでもう五つめでしょう?」

「あぁ。……だが、まだまだだ。この程度では、とてもあいつに並んだとは言えん」


 そう言うレティシアの口調にはなぜか、悔しさよりもむしろ誇らしさが混じっているようだった。


「――ノアね」


 フラヴィがここにはいない一人のエルフの名を挙げると、レティシアは首肯によって回答する。


「覚えているだろう? あいつが一日で三十の蜜玉を集めてきたときのことを」

「えぇ。あのときは、ちょっとしたお祭り騒ぎになったわね」


 デュースウォームの蜜玉は希少なものであり、森に慣れたエルフであっても、一日に一つ見つけられれば幸運だとされる。

 それを続けて五つも見つけたレティシアも十分に驚嘆されるべき快挙を達成しているのだが、ノアというエルフの男が成し遂げたのは、まさに規格外の偉業であった。


「『偽物に決まっている!』と言ったユーグの目の前で、一つひとつ外皮を外して行ったのよね〜」

「あれは痛快だったな」


 二人は当時を思い返し、顔を見合わせて笑った。


「……不思議よね。どうやってあんなに蜜玉を集めたのかしら?」

「さあな。なんでも、デュースウォームの行動周期がどうとか、木の種類がどうとか言っていたが、よくわからなかったな」

「へぇ。……ってことは、やっぱり純粋な魔法技術ってわけじゃないのね」

「だろうな。あいつのことだから、また妙な魔法を開発していても不思議はないが」

「……確かに」

「まぁ、それも含めてノアの実力だ。私も、いつかあいつをあっと驚かせられるようなことを成し遂げてみたいものだな」


 レティシアはそう締めくくった後で、不意に表情を曇らせた。


「それなのに、うちの長老連中と来たら……」


 そのとき、彼女と向かい合っていたフラヴィの胸元から、一匹の小動物がひょこりと顔を覗かせた。

 狐と猫のあいの子のような見た目をしたその動物はキツネコという種で、フラヴィが使い魔として使役しているものだ。


「……また始まったかニャ?」

「しっ。黙ってなさい」


 そのキツネコ――シャパルと名付けられている――が細い声で鳴くようにつぶやくと、フラヴィはその首をやさしくでた。


「『正統な魔法とは認められない』などと言って、ノアの魔導師認定を取り消しおって」

「あー、そのことについてはうちの祖父が悪いわね。申し訳ないわ」

「なにもアンブローズ殿だけが悪いわけではない。私の祖父こそ、最も恥ずべき人物だ」

「あぁ、レティ。そんなことあまり大きな声で言うものじゃないわ。森に聴かれているわよ」

「聴かれて困ることなどあるものか」


 フラヴィのとがめる声も虚しく、愚痴を吐き始めたレティシアの勢いが止まることはなかった。


「ユーグなどこの間、何と言ったと思う? 『あんな青二才より俺の方がよほど優れた魔法使いだ』だぞ。『お前のその目は節穴か』とどれだけ言ってやろうと思ったことか」

「あー……ユーグに関しては、その、ね。彼、あなたの前だと張り切っちゃうから」

「要らぬ世話だ」

「ユーグ……ご愁傷様」


 彼のレティシアに対する感情を知っているフラヴィは、心の中で合掌した。

 その胸元では、シャパルが大きな欠伸あくびを上げていた。


 ふと、シャパルがぴくりと耳を動かしながら顔を上げた。


「……あら。噂をすれば影、かしら」


 フラヴィが呟いたときには、レティシアも彼の接近に気づいていた。

 木々がこずえを揺らし、彼女らと同じ年端の若いエルフの男が姿を見せる。


「ユーグか……」


 眉根を寄せるレティシアを目にして、フラヴィは一歩前に出ることにした。


「ユーグ、どうしたの? あなたは今日、森番だったかしら?」


 そんなレティシアの様子を怪訝けげんに思いつつも、ユーグは二人に向かって告げる。


「二人とも、里に戻ってくれ」


 それは意外なセリフだった。

 レティシアとフラヴィはいわば余暇に散策に出ていたようなものであり、成人した彼女たちをわざわざ呼び戻すということは、つまり里の方でそれほどの何かが起こったということだ。

 レティシアは眉を開き、続くユーグの言葉に集中する。


「――ノアが失踪した」


 そう聞いて、レティシアは言葉を失った。

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