頼られる存在になっているとも知らず

「出来ぬわな」


 他人事のように男は言って、さらに続けた。


「本来ならば父上に任せる事案であるが……英明な御方であるのに、カッとなると普段のそれとは違うことを言ってしまう。それが小さくも火種となれば……」


 王位継承争いの末に生き残った王族が一国の王として相応しき器にあるとは限らない。


 現国王の血気盛んなところは、血で血を洗う戦いを生き残った王族の息子らしいと言ったところだ。

 普段は賢王として知られる王ではあるものの、頭に血が上ったときの彼が別人のように変わることは周囲の者たちにはよく知られていた。


 此度の件、西の辺境伯家の次代に要らぬ遺恨の種でも与えてしまえば、後々の面倒事は男でなくとも容易く想像出来る。


 王族だからと偉そうに振舞ってはいけない。

 それは国のトップ、国王であっても同じこと。


 特に王家が居住する王都から遠く離れた地を守る辺境伯家に対しては、相応の付き合いが必要となる。

 王族として謙ってもいけないし、感謝し過ぎてもいけないが、王家から与えた土地なのだから国を守らせて当然などと横柄な態度を示し彼らの心が離れたら最悪だ。

 近くにいない分、心も離れやすいものなのだから。


 男の祖父の代で起こった王位継承争いを各辺境伯家は静観していた。


 当時の貴族らの多くは王家の争いに身を乗り出して参加していたもので、推していた王族が失われると、連座してその身を追われ、今やこの国から名の消えてしまった貴族も両手では足りない。


 だからこそ、現状王都に近い貴族たちの多くは、現在の国王の血統に忠誠を誓っている者たちばかりとなり、ある意味で国内は平和に保たれているのだが。

 消えていった貴族の関係者や、降格した貴族らなど、まだまだ火種は完全には消えていない状況である。

 そんな彼らに王家への忠誠心を失った辺境伯家が声を掛けでもしたら……。

 

 国を想うならば、あの時代に祖父に味方した貴族らだけを優遇していてはならない。

 男はこれをよく理解した。

 むしろ当時沈黙していた辺境伯家にこそ、王家は礼を持って、その忠義に応えなければならない。


 というのは現国王も少しは弁えているはずのことだった。

 何せそれを男に教えたのは、現国王である父なのだから。


 だが現国王にはカッとなると後先考えられなくなるという、一国の王として致命的な欠点があった。


 それを分かっているからこそ、激怒することがないよう、周囲は王に与える情報を選別する。

 それは王を謀ろうというものではなく、この国が平和であるようにとの願いからの役割が極めて大きいが、中には自身が激怒されたくないだけで本来は上げるべき報告を隠す貴族も存在していた。

 領主として領内で押さえきれない問題だからこそ、王の判断を求めるべきであろう事案を隠され、後で困るのはその貴族と王家である。

 貴族たちも分かっているが、相談する以前に激昂されて、降格だ、追放だなどと叫ばれてしまっては、対応も何もあったものではない。


 というところに、ちょうどよく。

 常々態度を変えず一定の対応をしてくださる王太子殿下が存在しているではないか。


 皆が皆、大きな問題ほど、一度王太子に通してから王に相談しようと考えるようになっていた。

 彼が激昂するようなことがないのは、小心故のことなのだけれど。


 そんな男の心は誰も知らず。

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