妹イタチ、弟ドラゴン。

しろみふらい

序章……?

人食いオバケの世界

第1話 人食いオバケ

「大丈夫。その娘、もうすぐ死ぬでしょう」


 おぼろげながら聞こえたその言葉で目を覚ます。そんな物騒なもので起きるなんて、土曜日だと思って起きたら金曜日だった時と同じくらい最悪だ。うーん、せっかく気持ちよく寝ていたのに。


 ん?! 僕はさっきまで街で買い物をしていたはず。何かがおかしい。いや絶対におかしい。しかも僕はれっきとした男だ。


「おや、気が付きましたか」


 さすがにまずいと思い体を起こすと、そこは何もない牢屋のような部屋だった。コンクリートの壁だけが目に飛び込んでくる。

 いや、すぐ横に人が座っていた。


「うわっ、誰ですか……」


 深紅の髪をハーフアップにしたきれいな女だ。小ぎれいな格好をして、どこかつかみどころのない髪と同じ色をした瞳で、ふんわりとこちらを見てくる。


 状況が呑み込めない。僕は悪い事なんかしていない。


「ふふ。混乱していますね」

「は、はい、まあ」


 女は死にかけのネズミを見るかのような目で笑い、そのまま続ける。


「これは私が悪いです。あなたが街に出歩いているところを、気絶させてここに引         きずり込みましたから」

「えぇ……。でも何かされた覚えはありませんけど、頭を手すりに打ち付けたりしたんですか」

「いえいえ、やるならとことんですよ。ほら」


 女は笑みをくずさずに、背後から大きな鈍器を取り出した。今までどこに隠していたんですかそれを。あなたの体躯くらいは優にありますよね。殴られた記憶がないのも納得です。

 やめてくださいそんなまぶしい笑みは。


「さて、冗談はさておき。私がそこまでしてあなたをここに連れてきたのは、とある人食い『オバケ』を退治したいからです」

「お、オバケ? 存在しないものを退治しろと言われてm」

「いるんですよ。だから私真剣です。騙されたと思って聞いてください。いいですね」


 不気味なほど表情を変えずに言われると、いやでも圧を感じる。オバケは小さい子供を脅かすための作り話でしかないのに、この女は至って真面目なようだ。でも実際暴力を駆使して僕を誘k、いや、連れてきた。行動力は素直に尊敬するので、話くらいは聞いて帰ってもいいだろう。


「あなた、名前は何ですか」

「ん、あ、サザナミ、っていいます」

「サザナミさん。『面倒な女に絡まれたから話だけ聞いて帰ろう』とでも思っているでしょう?今後その思考回路をたどったら、分かりますよね」


 鈍器を床に叩きつける音が部屋に響く。もう女が悪魔にしか見えなくなってきた。


「はいと言ってください」

「…………は、い」


 喉の奥から絞り出した声を聞き取ると、


 ガッシャァァァァァァァァァァァァァァン


 女は鈍器を思い切り振りかざして檻を粉々に破壊した。ここまでくるともはや清々しい。


「はい。これで外に出られます。ここは私の豪邸。とてつもなく広いですが、いろいろな部屋は後々覚えてもらうことにしましょう。案内しますのでついてきてください」

「あ、あの、この檻は」

「あぁ。何とかなるでしょう。とにかく今は私に逆らわないでください。黙って、ここのつくりを理解する。これが最優先です」

「分かりました……」


 女は早足で牢屋の部屋を出て行った。

 どれくらいここに滞在することになるのだろうか。一日にしろ、一か月にしろ不安が押し寄せてくる。暴力が全ての女と暮らすなんて無理だ。確信できる。

 しかし逆らうとろくなことにならない。ここは臨機応変に対応することにしよう。

 と、その時。


「……シュルルン……」


 何かの鳴き声か?


「……チャン……」

「誰か、いるのか」


 返事は無い。


「オ……ャン…………」


 それきり、ぱったりと謎の声は途絶えてしまった。

 女とは別ベクトルで不気味だが、あまり気にしないようにする。ストレスによる幻聴かもしれない。そうだそうだ。オバケなんてあり得ない。

 絶対に、あり得ない。





























  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る