預かったもの
ひどい目に遭った。
たった一時間の飲み会で、心も身体もボロボロだ。
お酒なんて乾杯のときに
あれならダンジョンに潜っていた方が何倍もマシ……あっ。
私は気づいてしまった。
昨日の歓迎会に来なかった二人は、こうなることが
寮の部屋へと戻ってきた私は、そのままカーペットに転がった。
これから手洗いうがいをしなくちゃだし、お風呂にも入らなきゃだし、着替えもしなくちゃならない。考えるだけで面倒くさい。だけどやらなくちゃ。
私は寝ころんだまま、グッと背伸びをして跳ねるように身体を起こした。
その目に飛び込んできたのは黒く幅広の長剣。
去年、愛宕山で
黒い衝撃破を飛ばすレジェンダリーアイテム。
誤解のないよう言っておくが、私はあの後すぐに返そうとした。
だけど、私が話しかけようとしたら「すみません、今ちょっと急いでて! ソレは使って貰っていいっすよ」とだけ言い残して去っていった。
そのときは一瞬「やった!」とか思ったんだけど、こんな希少な武器をタダで他人にやる人なんているだろうか。しかも、たった二回しか会ってない赤の他人に、だ。
タダより高いものはない。
それに……、
「よくよく考えたら、『あげる』とは言われてないんですよねえ」
そういうわけで、私はこの剣を預かっている。
彼、
どうやって現れたのかわからない大深層クラスのイレギュラーモンスター、ケツアゴアトルを単独で討伐してしまう彼の戦いを、私はただ見ていることしかできなかった。
二度目は愛宕山のダンジョンバースト。
希少な消費型攻撃アイテムである爆炎石を、現地調達することでモンスターを焼き尽くしていくという驚異的な戦い方。自分の剣が折れてしまった私は、彼が貸してくれたこの剣のおかげで最後まで戦うことができた。
私がハンター連盟本部で、この東京で働こうと決意した決め手は、彼がいるからだ。いつかまた、彼に会ったらこの剣を返そう。
――などと考えていたら、いつの間にか眠りに落ちていた。
カーテンの隙間から差し込む眩しい朝の光に目を覚ました私が、ダッシュでお風呂へと駆け込んだことは言うまでもない。
「昨日はほんっとにゴメェェェェェェン!!」
始業時間ギリギリで出勤すると、ニコ先輩がスライディング土下寝で謝罪をかましてきた。気持ちは理解るけど、会って一日しか経っていない先輩から土下寝で謝罪される新人(配属二日目)の気持ちも考えて欲しい。
「あ、はい。理解りましたから、
昨晩は『ニコって呼んでえええぇぇぇっ!!』などと叫んでいたけど、あれはお酒の席のこと。鵜呑みにしてはダメだ。
「……ニコ先輩」
床に身体を沈めたままのニコ先輩が、土下寝でぼそりと呟いた。
「……ニコ先輩って呼んでよぉ」
「えぇぇぇぇ」
「昨日は呼んでくれたじゃぁん」
この人は本当に反省してるのだろうか。
土下寝の姿勢のままで「ニコ先輩」呼びを主張してくるのはメンタルが強すぎる。
しかし新人(配属二日目)には、拒否という選択肢は無い。
「に、ニコ先輩。起きてください」
「わかったぁ!」
ぴょんと跳ね起きたニコ先輩は、その名の通りニッコニコの笑顔で私に手を差し出した。
「あらためて! あたしは
薄々、そんな気はしていた。
まだ会っていない二人のことはさておき、無愛想で人付き合いが苦手そうな
「はい。
私は先輩の手を握り返し、『とりあえず、お酒だけは飲ませないようにしよう』と心に誓った。
「へえ、そっか。コトリちゃんって磐梯山のダンジョンバーストの被災者だったんだぁ。じゃあ、もしかしたら
「……×、……×、……〇。紺屋課長って福島にいらっしゃったんですか?」
「そうそう。元々は福島支部にいたらしいよぉ。本部に異動してきたのは四年前だって聞いたぁ。……んー、ココは△かなぁ」
配属三日目。
私は教育係のニコ先輩と二人で、おしゃべりをしながらリストにチェックを付けていく。
私はてっきり、ニコ先輩とバディを組んでダンジョン連続襲撃事件の調査に出るものだと思っていたのだけど、
「新人がいきなり現場に出させて貰えると思うなよ」と、都内のダンジョンが一覧にされたリストにチェックを付けていく仕事を与えられた。
横に置いてあるのは、各ダンジョンに出されている入場申請のリストだ。
ダンジョン連続襲撃事件の犯人は、警備が比較的手薄であり、かつ事前に入場申請が必要なダンジョンを狙って入場申請が少ない日に襲撃を実行しているらしい。
彼らが次に狙うであろうダンジョンの候補を絞るため、警備が手薄なダンジョンの中から、入場申請の数の過多で〇、×、△を付けていく。頭数の少ない
「明日からは、あたしもダンジョン行くからぁ、作業はコトリちゃん一人でやってねぇ」
「…………はい」
明日からは一人でも黙々とこのチェックをやっていくのか……。
教育係ってなんだろう。
これならダンジョンの検査をやっていた去年の方が幾分かマシだった。
配属から一週間も経たないうちに、鬱々とした気分になってきた。
そのとき、オフィスのドアがガンッと大きな音を立てて開けられた。
驚いてドアの方を見ると、立っていたのは紺屋課長だった。
「ちょっと課長ぉ。ドアくらいもう少し静かに開けてくださいよぉ」
軽口を叩くニコ先輩。
しかし紺屋課長はそれに乗っかるでもなく、たしなめるでもなく、大きく深呼吸をして言った。
「落ち着いて聞いてください。
課長の身体は少し震えていた。
🦊 🦊 🦊 🦊 🦊 🦊
『KAC2024 ~カクヨム・アニバーサリー・チャンピオンシップ 2024~』が始まりましたね。
第1回お題は
書き出しが『○○には三分以内にやらなければならないことがあった』
ということで1,000字以内の掌編を書いてみました。
良かったら箸休めにドウゾ。
『オフトゥンの魔力』
https://kakuyomu.jp/works/16818093072900764386
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