ある男子大学生の配信
潜木咲夜の昼休み
「
「え? あ、ごめん。聞いてなかった」
顔を上げるとクラスメイトが私の顔を覗き込んでいた。
ついさっきまで授業中だったハズなのに、周囲の様子を見るとどうやら昼休みに入ったらしい。この前もこんなことあったな……。
「最近、ちょっと変だよ。何か悩みがあるなら聞くよ?」
「……うん、ありがと。でも、なんでもないから」
作り笑顔でクラスメイトの好意をやんわり拒絶する。
他意は無い。知り合って一年にも満たないクラスメイトに相談するには、私の悩みが重すぎるというだけだ。
クラスメイトの方も「そう?」と提案を引っ込めてこの話は終わり。
必要以上に踏み込んでこない距離感がとても助かる。
「お昼はどうすんの?」
「あー、今日はいいかな。ダイエット中なの」
本当はただ食欲がわかないだけなのだけど、正直に言ったらまた心配されてしまうと考えて、当たり障りのないダイエットを言い訳にしておいた。
それを聞いたクラスメイトが、大袈裟に目を見開いた。
「はあああ!? 咲夜がダイエットとか不要の極みでしょ」
「そんなことないよ。食べるとすぐ太っちゃうんだもん」
これはウソではない。
おかげで中学生の頃はちょっとぽっちゃりしていたし、身体測定で『やや肥満』と書かれた通知表を見たときは卒倒しそうになった。
クラスメイトは、「じゃあ、あたしも……いや、無理だわ」と首を横に振って教室を出ていった。
一人になった私は、せめて飲み物だけでもお腹に入れておこうと自動販売機へと向かった。その道すがらも、やはりあの日のことを考えてしまう。
――愛宕山ダンジョン、突発性ダンジョンバースト
幸運なことに、うちの学校の生徒に死者は出なかった。
軽傷含め、ケガをした人は何十人もいたし、検査だとかで入院している人もいるらしいけど、亡くなった人がいなかったのは本当に良かった。
災害発生時にダンジョンの外にいたことと、すぐに自衛隊の基地に走ったことが生存に繋がったのだとニュースを見て知った。大型シェルターに入りそこなった生徒も自衛隊の基地で匿われていたらしい――私以外は。
今回の災害でハンター連盟の評価が上がっている。
ニュースでは『ダンジョンバーストの予兆をなぜ見抜けなかったのか』という論調でマスコミに叩かれてはいるけれど、逆に言えばそれ以外に落ち度は無かったということ。
みんなが自衛隊の基地に逃げ込めたのも、現場に居合わせたプロハンターの人たちがモンスターを食い止めてくれていたからだと聞かされた。
私はいま、自分の気持ちがわからない。
自動販売機で野菜ジュースを買うと、近くのベンチに座りこむ。
「どうしてあの人達は、他人のために命を賭けることができるんだろう」
いつだって思い出すのは五年前のこと。
他人の子どもを助けて死んだお父さんのこと。
お父さんがいなければ、きっとその子は死んでいた。
それどころか、お父さんが戦っていなければ被害者はもっと多かったのかもしれない。磐梯山ダンジョンの突発性大規模ダンジョンバーストは、未曽有の大災害と言われているけど、それでもお父さんたちプロハンターが命を賭けて被害を抑えた結果だったんだ。
今回もプロハンターの人たちがいなかったら、うちのクラスから死んでいた人がいたのかもしれない。
教室でバカ騒ぎしていた男子生徒たち、それを見て笑っていた女子生徒たち、私のことを気にかけてくれるあの子。誰が死んでいても、今のように笑い合うことはできなかった。
私はそんな当たり前のことからも目を背けてきた。
「……あの人の背中、まるでお父さんみたいだった」
狐のお面をしたあの人。
お兄ちゃんかと思ったけど、どうやら違ったみたいだ。
山の中で一人きりモンスターに囲まれて、もうダメだって思っていたところを助けて貰って。あのときの安心感といったら、言葉ではとても言い表せない。
「あれがお父さんの仕事だったんだね」
手の甲にポトリと雫が当たった。
いつの間にか目から涙があふれ出していた。
ダンジョンなんか無ければ、と思わない日はない。
お兄ちゃんに言った『ダンジョンさえなければ、お父さんは死ななかったし、お母さんは今も元気にプリンを作ってくれてた』という言葉は今でも間違ってないと思っている。
だけど、お父さんのことは。
あの日、『家族を見捨てて、知らない人ばかり助けて、自分勝手に死んでいった』と言ってしまったあの言葉は……ちょっとだけ言いすぎたかもしれない。
お兄ちゃんの悲しそうな顔を思い出して、胸がズキンと痛んだ。
「あっ! ちょっと咲夜、どうしたの!?」
学食がある建物からクラスメイトが駆け寄ってきた。
ついさっき昼食に行ったハズなのに、と思って時計を見たらあれから三十分も経っていた。どうやら私はずっとココに座り込んでいたらしい。
「なんでも……ないよ。へへっ」
「なんでもないわけないじゃん!」
いつものように笑ってやり過ごそうとしたら、いつもは踏み込んでこない彼女が、妙に真剣な顔をしていた。
「ねえ、ちゃんとカウンセリング受けた?」
「え?」
「ほら、この前のアレで……フラッシュバック、だっけ。そういう人が多いってテレビで言ってたよ。隣のクラスの楠木さんは今もショックで学校に来れてないっていうし、自分では気づいてなくても心は傷ついてるんだって」
カウンセリング……か。
五年前にも通ったことがあるけど、あまり意味がないような気がして叔母さんの家を出てから行ってない。他人に話すようなことなんて無いって思っていたから。
でも、今は少しだけ、自分の気持ちを話してみたい。
「そうだね。行ってみる」
「うん! そうしな、そうしなっ!」
なぜかクラスメイトがすごく嬉しそうな顔をしていた。
私なんかを心配しても、なんの得にもならないのに。
たぶん、そういうことじゃない。
少しだけお父さんの気持ちがわかったような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます