やれない理由


「人気配信者って、めちゃくちゃ儲かるんだよ」


 このまま、ひたすらに断り続けようと思っていたのに……。

 始まったばかりラリーは、彼女の一言で早々に止まってしまった。


「トップクラスは月に数千万円、年商ならざっと数億円」

「数千万。……数億」


 配信者ってそんなに儲かるのかよ。

 億万長者。ミリオネア。ダンジョンライバードリーム。

 本当に、そんな、大金があれば――。


「必要なんでしょ、お金。お母さまの医療費に、妹さんの学費。亡くなったお父さまが遺してくれたお金にだって限りがある」


 俺は心臓を一突きにされたように固まった。

 彼女の言っていることは概ね間違っていない。

 だけど今は、


「……なんで、そんなこと知ってんすか?」


 間違っていないことが大問題だ。 


「まさか……調べたんすか、俺のこと」

「そりゃあ、自分を助けてくれた人のことだし? どんな人なのかなあって」


 まるで友達にちょっと聞いてみた、くらいのテンションで言っているけど、これはそんなカワイイ話ではない。


 俺は身内のお金の話を、他人にベラベラ喋ったりはしない。妹の咲夜さくやだってそうだ。

 なのに彼女は、俺たちの家庭の内情を詳しく知りすぎている。

 きっと探偵か何かに依頼して、俺のことをこっそり調査させたに違いない。

 

「なにを『普通のこと』みたいに言ってんだ! 普通は助けてくれた人の身辺調査なんかしねえよ!?」

「そんなに大きな声を出したら、周りの人がビックリしちゃうよ」


 音無さんが近くの席に視線を流し、気を配る素振りを見せる。


 そうだった。

 ここは目白のおしゃれなカフェだった。

 fontaine de reposに大声は似つかわしくない。


 ちなみに『fontaine de repos』は日本語だと『休息の泉』という意味になのだそうだ。メニュー表の最後のページに書いてあった。


 俺は静かに深呼吸をして、心を落ち着かせた。


「なにが『特定班』だよ。個人情報を丸裸にするのが得意なのはアンタの方じゃないすか」

「私は君の情報をインターネットに流したりなんかはしないよ。……言い訳に聞こえるかもしれないけど、マネジメント契約をする前に本人の身辺や素行を調査するのは大切なことなんだ」


 音無さんは真面目な顔をしていた。

 すっかり冷めているであろうコーヒーに口をつけ、俺の目を射るように見つめる。


「君もテレビで見たことがあるでしょ? 薬物だとか、過去の犯罪行為だとかでスキャンダル報道される芸能人を」


 無数のフラッシュに囲まれ、スーツ姿で頭を下げているイケメン俳優が生中継されている映像が頭に浮かんだ。ほんの一年くらい前にテレビで見たものだ。


「ああいう事件が起きて被害を受けるのは、本人だけじゃない。事務所だって大きなダメージを受けることになる」

「だから俺のことも調査した、って言いたいんすか?」

「そういうこと。君をライバーとしてマネジメントすることを会社に認めさせるためにね」


 ちょっと気まずそうに頭の後ろを掻いて、音無さんは「ごめんね」と笑顔を浮かべた。きっとアニメや漫画だったら、横に『テヘペロ』と書かれていたに違いない。


 俺は美人な上に笑顔は可愛いとかズルいなと思った(十八分ぶり二回目)。

 後で思い返すと、きっとこのときにはもう、俺は彼女の手中に落ちていたんだと思う。


「とにかく、悪いようにしないから。君の正体がバレないように事務所も協力するしさ。キツネのお面はしたままで、顔出しNGのダンジョンライバーってコンセプトでいこう」

「いやいやいや。勝手に話を進めないでくれよ。大体、下層だの深層だのって、そんな深くまで潜る時間なんてねえっすから」


 興味がない。やらない。

 そう言っていた口が『やれない理由』を探しはじめていた。


「あー、そういえばいつも夕方には探索を切り上げて帰宅してるんだってね。……なんで?」

「……家で、妹が待ってんすよ」


 ダンジョンバーストで父を亡くし、母が寝たきりとなった俺たち兄妹は、二人きりで生活をしている。俺が家に帰らないと、咲夜を一人っきりにしてしまう。


 四六時中ずっと咲夜のそばにいることはできないけれど、せめて夜くらいは一緒にいてやりたい。それが兄の務めというものだ。


「確か妹さん、高校生だったよね。え、一人で留守番くらいできるよね。……あ、もしかして君ってシスコン?」


 なのに音無さんときたら、俺のことをシスコン呼ばわりだ。

 俺はただ兄として、妹のことを心配しているだけなのに。


「ちげえよっ。普通に考えて年頃の女の子が夜に一人で家に居るのは危険だろうが。だから俺がそばにいてやらないとダメなんすよ」

「………………そっか。そうだね。うん、わかった。夜には家に帰れるように……するから。うん」


 理解って貰えてなによりだ。

 だけど、どうしてだろう。

 俺を見る音無さんの目が、ちょっと引いていたような……。


 そのあとも「機械とか苦手だから」とか、「しゃべるのは苦手」とか、色々と『やれない理由』を出して抵抗はした。


 だけど、結局。


「こっちでできるサポートは何でもやるからさ。とにかく、一度やってみようよ。必要なお金が稼げたら、さっさと辞めちゃえばいいんだし」


 まるで水商売のスカウトのような誘い文句に、とりあえずちょっとだけ、ダンジョンライバーなるものをやってみることに決めた。


 ヤバかったら辞めればいいんだし。ね。

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