幕間
突発性ダンジョンバースト
あの日、私はまだ小学生だった。
学校から帰ると、お母さんが「おかえり」と出迎えてくれた。
お父さんは仕事。お兄ちゃんは中学校。
二人には内緒でお母さんとオヤツを食べた。
うそ。ちゃんとお父さんとお兄ちゃんの分も取ってあった。
オヤツはお母さんが作ってくれたプリン。
卵と牛乳と砂糖で作られたプリンは、コンビニで売っているものより少し固い。
砂糖を水と煮込んだカラメルソースは甘いけど苦くて、ちょっと大人の味がした。
「ん~。冷たくって、甘くって美味し~い」
「ふふっ。それは良かったわ」
お母さんは嬉しそうに笑っていた。
私がさらにプリンをすくい上げ、ゆっくり口へと運んだその時だった。
机に置かれていたお母さんのスマートフォンから、ブィィィン、ブィィィンとけたたましいサイレン音が鳴り響いた。
「なになに!?」と怯える私の疑問に答えたのは、やはりスマートフォンだった。
『緊急ダンジョンバースト速報です。指定地域にお住みの方はただちに避難を開始してください』
「なぁんだ、ダンジョンバーストか。びっくりしたあ」
よくあることだと気を抜く私とは対照的に、お母さんは慌てた様子でリモコンをテレビに向けていた。
『本日、午後4時16分。
私たちが住んでいるのは会津若松市。
自分達が住んでいる地域がテレビで呼ばれるというのは不思議な感覚だ。
もちろん『ダンジョンバースト』という現象があることは知っていた。
学校でも授業で習うし、なにより私のお父さんはプロハンターだから。
ダンジョンバーストとは、ダンジョンから魔素という物質が漏れ出すことで、モンスターが地上まで進出してくる現象のことだ。
これまでにも何度か『ダンジョンバースト』は発生していたけど、ハンター連盟に所属しているプロハンターがすぐに鎮静化してくれていた。
何十年も前ならまだしも、ダンジョンの管理システムが進歩した現在では、私が知る限りダンジョンバーストで大きな被害が出たことはない。
磐梯山ダンジョンはその名の通り大きな山の中にあるダンジョンだった。
この家からだとかなり距離があるし、今回もお父さんが仲間のプロハンターと一緒に、モンスターなんか全部やっつけてくれるはず。
私たちも、友達も、この街も、ぜーんぶ守ってくれるんだって信じていた。
だから私はそのとき、このダンジョンバーストが多くの被害者を出す大事件になるなんて思いもしなかったんだ。
「さっちゃん! すぐに家を出るよ!!」
血相を変えて身支度をはじめたお母さんを、私は心配性だなって思った。
私にとってはむしろ、目の前にあるプリンを食べることの方が何倍も大事だった。
「え!? でもまだ、プリンが」
「そんなの、また作ってあげるか――」
お母さんの言葉が終わらないうちに、近くでドォンと大きな音がした。
二人でベランダに出てみると、黒い煙が上がっているのが見えた。
「ブウオオオォォォォォ!」
聞いたことの無い、高音と低音が混ざったような不快な音が空に響いた。
それがモンスターの鳴き声であることに気づいて、背中に冷たい感覚が走った。
「もう、こんなところまで……」
お母さんが一歩、二歩と後ずさりをはじめる。
顔はすっかり青ざめていて、たぶん身体も震えていた。
そんなお母さんを見て、私も今さらになって事態の大きさを把握した。
テレビでアナウンサーが言っていた『大規模な突発性ダンジョンバースト』という言葉が頭の中で再び流れる。
これは私が知っているダンジョンバーストとは全く別のモノだったんだ。
お母さんと私はすぐに家を飛び出して、近くのシェルターに向かった。
道はどこも逃げ回る人でいっぱいだった。
こんな東北の小さな街のどこに、これほど大勢の人間がいたのだろうか。
さっき大きな声で鳴いていたモンスターは、たまたま飛び出してきた一匹だったようで、町中にモンスターが溢れているような状況にはなっていなかった。
「まずは中央病院の方に行ってみよう」
私たちは家から近くて規模の大きいシェルターを目指して走った。
このときの私は、シェルターにWi-Fiは入ってるのかなとか、明日の学校は休みになるかもとか、そんなことを考えていた。
シェルターに入れないかもしれない、なんてことは一ミリも考えなかった。
ダンジョン管理法が制定されてから、この街にも数多くのシェルターが作られた。
シェルターは最新式の立派なものから、戦時中の防空壕よりはマシな地下室まで色んなタイプがあったけど、街の人が全員シェルターに入っても余るくらい十分な数が用意されている――そう聞いていたからだ。
「悪いけど、ここはもう一杯だよ」
「A大のシェルターも学生で満員らしい」
「柳原町の神社は?」
「あそこは来月までメンテナンス中だ」
「
「そんな遠くまで行ってる余裕があんのかよ!」
シェルターの前では人々が我先にと押し合い、周囲ではシェルター難民と化した人々が怒号を上げている。
数字上では『街の人が全員シェルターに入っても余る』のだとしても、全員がスムーズにシェルターに入れるとは限らないのだと思い知らされた。
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