Chapter 2-3

 京太きょうたに連れられてやってきたのは、あやかし通りだ。

 夜も更け、寝静まる帝都の中でここだけは異彩を放っていた。提灯の灯りが照らし、表には数多のあやかしたちが溢れ、それぞれの居酒屋や屋台は客で賑わっている。


「大将、やってるかい」


 京太は屋台の暖簾のれんを潜る。そこは以前、朝町あさまちが聞き込みをした、一つ目のあやかしが営むおでん屋だった。


「おお、若旦那! 今日は嫁さんと一緒かい?」

「嫁!?」

「おう。二人、いいかい」

「否定して!? あの、違いますから!」


 大将の言葉に驚く朔羅さくらに対し、京太は何食わぬ顔で席に着く。なので朔羅は一人で顔を真っ赤にしながら否定するしかなかった。


「なんだ、嫌なのかい」

「嫌、っていうか。ち、違うって言ってるだけだし……」


 妙に真面目な表情で聞かれるものだから、朔羅は目を逸らしてしまう。否定する言葉は尻すぼみになる。調子狂うからやめてほしい。


「がはは! 仲がいいねぇ、ご両人! 若旦那、いつものでいいかい?」

「ああ。お前はどうする?」

「私? えっと、がんも! がんもがいいです! あと玉子!」

「あいよ!」


 注文を受け、大将はおでんを皿に盛り付けていく。

 それを見ながら、朔羅は京太に訊ねる。


「っていうか、若旦那ってなに」

「さあ。通ってたらいつの間にかそう呼ばれてたな。あ、大将、燗の方はとびきり熱くしてくれ」


 単純に若くて気前がいいから、だろうか。鬼だとはバレていないようなので、少しほっとした。いくらあやかしが相手でも、鬼だと知れたらそれは大騒ぎになるだろう。……いやいや、なんで私がほっとしてるんだ。


「こんばんは」


 と、そこへ新たに暖簾を潜る人物が現れた。


「おお、先生! いらっしゃい!」

「どうも。……と、これはこれは」


 こちらに気付いて視線を向けてきたその人物は、朝町だった。彼は暖簾から顔を出したまま、じろりと京太をねめつける。


「君はまた夜遊びかな。しかも朔羅さんまで巻き込んで」

「別にいいだろ。寮の門限だって守らせてやるよ」

「そういう問題じゃないな。女の子を連れてたった二人で。危ないだろう」

「こいつは魔払いだろ? 大抵のこたぁなんとかなるように、あんたが育ててんじゃないのかい」


 また始まってしまった。この二人、なぜか最初からこの調子なのだ。よほど馬が合わないのだろうか、いつもこうして険悪な雰囲気になってしまう。

 顔を上げる。朝町と目が合う。彼は朔羅に向けて人のいい笑みを見せると、再び京太へ鋭い視線を向ける。


「あまり朔羅さんを連れ回して、困らせないように」

「ああ。せいぜい気を付けるさ」

「大将、ごめんなさい。またお話を伺いにきます」


 朝町はそう言い残すと、あやかし通りの奥へと消えていった。


 それから二人はおでんを食べ終え、屋台を出る。がんもも玉子もとても美味しかった。行方不明の件が解決したら、また来たいと思う。


「私、やっぱり今日は帰るよ」

「そうか。ま、先生に見られちまったからにはバツが悪いしな。続きはまた今度にするか」

「うん。ごめんね――」


 そうして京太と別れ、帰路に就こうと思ったときだ。

 あやかしの群衆の中に、アヴァロンの制服を着た女生徒の姿を見たのは。


「あれって……!」

「朔羅?」


 気付いた時にはもう駆け出していた。群衆の中を思うように進めないせいか、女生徒の姿はどんどん遠くなっていく。それでもどうにか掻き分けて彼女を追うと、やがて人気のない寂れた場所に辿り着く。そこはもう、裏通りと呼んでいいような薄暗い場所だった。


「朔羅――」

「しっ」


 朔羅を追ってきた京太の声を、思わず制止する。どうしてか、声を潜める必要がある気がしたのだ。視線の先、女生徒は見覚えのある人影と合流する。暗がりの中、ぼんやりと見えたその人影は、しかし間違いなく朝町だった。


 なぜ朝町が女生徒と。疑問に思っていると、二人は連れ立って裏通りの奥へと消えていく。

 まさか、という思いが湧いてくる。喧騒から離れた通りの中で、自分の跳ね上がる鼓動が聞こえてきそうだった。


 京太が小さな声で告げてくる。


「朔羅、お前は帰れ。あとは俺がやる」


 一人で追おうというのか。それは駄目だと朔羅は首を横に振る。


「私も行く。何が起きてるのか、ちゃんと確かめたいの」


 視線が交錯する。朔羅は決して目を逸らさなかった。そのままじっと京太の目を見ていると、彼の方が先に目を逸らした。


「わかったよ。はぐれるんじゃねぇぞ」

「うん」


 頷き合う。改めて、二人は共に夜の闇の中へと足を踏み入れる。かすかな灯りだけが頼りの裏通りを、朝町たちの姿を見失わないように進む。当然、視線は前方にだけ向けられている。だからだろうか。


 朔羅たちは背後から忍び寄る何者かに気付かず、頭部に与えられた衝撃によって気を失ってしまった。

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