第8話 モルド沖海戦

西暦2031(令和13)年8月23日早朝 ダキア王国北東部沖合


 二つの輪形陣を組んで進む、十数隻の艦船群。その先頭の輪形陣中央に位置する広域打撃防衛艦「やまと」の戦闘指揮所CICに、幾つもの報告が届く。


「敵艦隊を捕捉。距離4万、全くの無警戒でモルド沖合に展開しております」


「…」


 それを受けた艦長の高柳一等海佐は、艦隊旗艦を担うヘリコプター搭載護衛艦「いずも」にて指揮を執る南原忠道なんばら ただみち海将補に通信を繋げる。


「司令、先ずは敵機を全て撃墜し、その上で敵艦隊に接近。SSMによって主力艦を撃沈し、継戦の意志をへし折りましょう」


『うむ。だが「いずも」の航空隊も出番を欲している。制空権の奪取は本艦に任せ、初撃は空自の第8航空団に譲ってもらいたい。相手は我が国の航空戦力を過小評価しているきらいがある。その認識を正さない限り、彼の国はずっと我が国へ刃を突き立てようとしてくるだろう』


 アーレンティア帝国はいわゆる大艦巨砲主義者が海軍の上層を成しており、故に物量と巨砲の数で周辺国を圧倒してきた。今回もその手段で対抗できると考えているのだろう。よって今回の戦闘は、常に政治的に振舞う必要があった。


『「やまと」と第5護衛隊は視認可能距離にまで接近しつつ、SSMをつるべ撃ちの要領で連射。敵艦の射撃管制装置の精度は不明だが、30ノットで動き回る快速艦に砲撃を必中させる事は至難の業である筈だ。上空に展開するヘリには報道陣が乗る、海戦ショーを演じてみせろ』


「了解…全く、無茶を言いますね」


 高柳は通信を終えてから、そう悪態をついた。


・・・


 夜が明け始めた頃、ダキア侵攻艦隊の主力は、占領した港湾都市モルドの沖合に錨を降ろし、増援の到着を心待ちにしていた。


 順調に侵攻を進められると思ったのも束の間、いくつかの部隊が戦闘で壊滅的打撃を受けており、制空権も未知の飛行機械に奪われる有様であった。よって確実な勝利を得るべく、さらに2個歩兵師団の増員が要請された。そして今現在、少数の護衛とともにこちらに向かっているという。


「全く、面倒な事になってきたものだ。栄えある我が帝国軍が、東の辺境国相手に惨めな苦戦を強いられる事になるなど…」


 旗艦「マグヌス・カザン」の艦橋にて、艦隊指揮官のデイダー中将は不満げな様子で呟く。その傍では副官が直立不動の姿勢を保っている。


「まあいい。この後我が偉大なる艦隊はダキア東部沿岸を制圧し、この強力無比な火力を誇示するのだ。辺境の劣等国どもに、力の差を存分に見せつけよ!」


 デイダーは声高らかに言い、幕僚も揃って笑う。この場には戦艦4隻、装甲巡洋艦4隻、空母2隻、巡洋艦8隻、駆逐艦32隻が集っており、計50隻の大艦隊が制海権を握っている。対するニホン海軍の艦艇は、大砲を1門しか積んでいない、図体ばかりがデカい巡洋艦を50隻も持っているそうだが、はっきり言ってアーレンティアの敵ではなかった。


 そう言ってまだ見ぬ敵を嘲笑していたその時、上空で幾つもの爆発音が響く。その異常事態に対し、デイダーはさして違和感を抱かなかった。


「何事か?暇になり過ぎて対空演習でも始めたのか?」


「―提督!警戒艦より入電、南方より複数の艦艇が接近中!さらに上空に複数の飛行物体を視認したとの事!」


 乗組員の一人が叫ぶ様に報告し、直後、南の空から幾つもの黒い点々が現れる。そしてそれは、複数の艦船の真上を音速で通過し、何かを投下。そして爆発が起きる。


 それが〈ストライクイーグル〉の爆撃であると気付くまでには、そもそれが飛行機である事を帝国軍兵士達が気付く必要があった。そしてわざわざリスキーな低速飛行ではっきりと目視されて、ようやく人の造り出した空飛ぶ機械である事を知覚したのである。


「な、なんだあれは!?飛行機械だと!?」


「我が軍の飛行機械よりも圧倒的に速いぞ!」


 動揺が走る中、被害は拡大していく。そしてそれは、「マグヌス・カザン」より外を見ていたデイダーも同様だった。

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