第3話 東方国家同盟

西暦2030(令和12)年9月8日 日本国東京都


 この日、都内の首相官邸ではダキア王国との国交樹立を記念した式典が執り行われていた。


「やれやれ…これで食料と石油は何とか確保の目途がついたが、問題は山積しているな…」


 式典を終え、西条は控室でそう呟く。


 東方世界の辺境に位置する大陸国家のダキアは、総面積300万平方キロメートルと島として相当に広い。それ故に穀倉地帯も多く、ゾルシア共和国からの技術支援もあって3千万の国民に安価で良質な食料品をもたらせるだけのポテンシャルを持っている。


 地下資源も理想的に豊富だ。東部の鉄鉱山と西部のボーキサイト鉱山はダキアの造船業と航空機産業に理想的な恵みをもたらしており、日本の冷え込みを通り越して凍り付いた経済を再活性化させるためには重要な市場も存在している。すでに体力のある大企業と技術だけが取り柄の企業の幾つかが挙ってダキア側に売り込みを仕掛けており、企業の資本主義に従っての生存競争は苛烈なものとなっていた。


 しかし、海外資産の9割が消し飛んだ影響は大きい。これまでの有力者が利権を活かして得た資産の殆どは無に帰し、その利権すらも経済が致命的な打撃を被った影響により効力を失っている。そして西条は、即座に国の主導で全ての利権を手中に収め、国民の生活保護に充てる必要性に駆られていた。


「ダキアは幸いにして、肥料の自給体制が完成されている。農業機械と引き換えに輸入すれば、農業に携わる者達からの支持は得られよう。人権も決して無視してはいけないが、貧すれば窮するのが人というものだ。安定のために犠牲を強いる覚悟で挑まねば、全てを不幸にしてしまうからな」


 西条はそう呟きながら、今度新たに進めるべき法案について思索を巡らせるのだった。


 問題はまだ多い。安価な労働力だとか軽はずみにグローバリズムを追い求めた結果、日本社会への迎合を拒もうとする外国人やら貧困に喘ぐ者達が問題を悪化させていたからである。西条が安穏の日々を取り戻すには、未だに時間がかかる様に思えた。


・・・


 時は西暦2030年の9月19日。日本政府は台湾、ロシア連邦サハリン州行政府とともに、一つの共同宣言を発した。


 『東方国家同盟ENA』。いわゆる軍事同盟を結んだのである。東アジア大戦後、日本と台湾はその関係性を強化し、装備の共同開発も始めている。当時は左派の親中団体が反発を見せたが、中国の威信が没落の一途を辿っていたのもあって、規模は非常に小さかった。


 しかも今回の場合、中国との揉め事で疲弊していたロシアも参加しているのである。東方世界の辺境とされている地域には多くの国々があり、それらとの領海問題を抱えたからである。しかもまともな海上戦力を持っていない事が現地行政府を苦しめていた。


 斯くして、日本国は対外的には安定を取り戻した。だが一方で、内部では酷い混乱が続く事となり、それは西条に新たな国家機関を作る根拠となるのである。

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