第7話:鉄壁要塞 ~希望の到来~

午前5時、鉄壁要塞に向けてティナ達王獣魔導隊は進軍を開始していた。

現在は、鉄壁要塞より5キロ北西方向に位置している。

飛行魔法で行軍しているため、あと30分もすれば鉄壁要塞に着いているだろう。

・・・嫌な予感、軍人特有のそれをティナは感じていた。

思えば先の戦闘で不思議な点があった。

共和国は工作部隊の基礎を作った国だ。

何か専門の少数精鋭部隊を作ろうなどと考えた国は、共和国以外なかったのである。

だからこそ、彼らは特殊工作及び特殊専門部隊の運用に長けている。

ティナたちが先日戦った精鋭師団の中に、特殊工作部隊らしき部隊はなかった。

無論、大盾重装歩兵師団も特殊専門兵ではあるが・・・彼ら共和国が最も得意とするのは

少数精鋭の特殊専門部隊である。

敵がもし、大帝国首都侵攻を装って増援を警戒して精鋭師団を鉄壁要塞の奥に

配置したのだとしたら・・・。

今頃鉄壁要塞は、敵の特殊工作を受けて陥落しているかもしれない。


「・・・罠かもしれない、行軍飛行速度を最大速度に」


ティナのその一言に、部隊員たちは迅速行動を開始する。

しかし、彼らの顔色が少し悪くなった。

急に言われた訳の分からない言葉・・・罠かもしれない。

無論、彼女らは精鋭部隊だ。

命令を遵守し、迅速に行動を起こす。

しかし、急な発言に混乱しないわけではない。

自分のやってしまった過ちにティナは気が付き、説明しようと言葉を考える。

だが・・・


「皆さん、共和国の特殊専門工作兵を昨日、見かけましたか」


ティナが言葉を考えていると、ミラが急にそんな質問を皆に問いかけた。

そう、ティナへの援護(カバー)である。

流石は参謀と言うべきか、頭の切れる者の何名かは、ミラの発言の意図を察し

どういった罠の可能性があるかを理解したようだ。

無論、未だに理解できていない者もいる。

その者には、ミラが懇切丁寧に

共和国の特殊専門工作兵が、大帝都侵攻作戦を実行している部隊にいなかったということは

別の作戦の為に、鉄壁要塞方面に残っている可能性があるのです、と説明する。

その言葉で全員が、どういった罠の可能性があるかを理解し、彼らの混乱はなくなった。

ティナはミラに目配せで礼を言い、次なる命令を下す。


「ヴィヴィ中佐、フィーナ少佐は先行し、鉄壁要塞の状況を確認してきてくれ」


「はっ」と返事をしたかと思うと、二人は一瞬にして姿を消した。

彼女らは、王獣魔導隊の中でも類を見ない程の飛行速度を誇る。

飛行速度だけで言えば、彼女らはティナにもシェルにも勝っているのだ。

王獣魔導隊随一の、伝令と斥候は伊達ではないということだろう。

次に、直ぐにでも戦闘を行えるように、部隊全員に臨戦態勢を取るように命令する。

ティナたちは、鉄壁要塞が陥落していないことを祈るしかできなかった。



「ガルベル提督、敵は6の特殊専門工作部隊を使い分けて、各所に甚大な被害を与えております」


各所からの伝令の最悪の報告に、ガルベル・フォン・ローディッヒ鉄壁要塞司令官(大将)は

頭を抱えていた。

粉砕騎士の異名で知られているガルベル提督、彼直属の超重装粉砕突撃騎兵師団を持ってすれば

敵特殊専門工作部隊を各個撃破できるだろう。

しかし、彼がそれを行わないのは、指揮官不足が原因だった。

陣頭指揮を行っていた優秀な指揮官程、連日に及ぶ敵の攻撃に対応し続け、戦死及び過労死を

迎えてしまった。

圧倒的な指揮官不足、それがガルベル提督と鉄壁要塞を蝕んでいた。

しかし幸いなことに、あと少しで増援が来る。

そう、ガルベル提督達は要塞で持久戦を行うだけでよいのだ。

だが、敵も我々に増援が来ることを察しているのか、ここ2日の要塞への攻撃は

常軌を逸していた。

まあ、敵さんもこの要塞さえ落とせばこの戦いを制することが出来るのを、重々理解しているの

だろう。

そう、決戦はもう始まっているのだ。

ここで負けた方が、この戦いに敗北する。

高位の指揮官程それを理解し、是が非でもこの鉄壁要塞を攻略しようとしているのだ。

だが、その高位の指揮官が鉄壁要塞駐屯軍及び防衛軍の中には殆どいない状況だ。

王獣魔導隊の援軍と言う朗報を聞いて以来、兵たちの士気は高い。

それが、未だに鉄壁要塞が堕ちていない一番の要因である。


「ガルベル提督、敵暗夜鋭刃暗殺隊が要塞内に侵入しました」


頭を抱えているガルベル提督に、更なる追い打ちが掛けられる。

ガルベル提督らは揺動した。

まさか、敵の特殊専門工作部隊が7部隊も一か所に集っているとは考えもしなかった。

今回の戦いも・・・いよいよ終盤に差し掛かったということだろう。

時間的にも、そろそろ王獣魔導隊が到着する頃だろう。

ガルベル提督がこの場で生き残り、要塞の防衛を成功させることができたら・・・。

大帝国の切り札達が到着するのだ。

かの名の知れた、底なし魔力のティナ中将、知魔法卿のシェル少将、謀略の天使ミラ少将

彼女ら三人に、大帝国魔導師団の精鋭たちが集められているのだ。

希望・・・彼女らが最初で最後の希望なのだ。

ガルベル提督は腰に提げている鞘から名刀 巨躯切り を抜き、構える。

なるほど・・・敵さんもかなり優秀な兵士たちを持っているようだ。

侵入の報告から数分でここに辿り着くとは・・・ガルベル提督は笑っていた。

ガルベル提督は根っからの武人だ、こういった窮地を是とする部類の人間である。

まあ、ガルベル提督の傍に付いている将校らは、顔を真っ青にしているが・・・。

しかし、この窮地は一瞬にして 希望 へと変化する。


「影捕縛」


「衝撃ぃ~」


10数名程いた暗夜鋭刃暗殺隊は、5名が何らかの衝撃によって吹き飛ばされ気を失い

もう8名ほどは自らの影に捕まり、舌を噛むことすら許されないように拘束される。

一瞬呆気に駆られたガルベル提督だが、背後に気配を感じ急ぎ振り返る。

そこにいたのは正に希望だった。

王獣魔導隊の旗印である金獅子の文様の入ったマント、それを纏うは二人の女魔導師である。

ガルベル提督は分かっていた、武人特有の雰囲気で相手の力量を測る癖・・・否、そんな物がなくとも

この二人から漏れ出ている力(オーラ)、少しでも剣や魔導に心得がある者なら感じ取れるであろう。

ガルベル提督は、彼女らの雰囲気から感じ取れることをもっとまとめたかったが

今はそれどころではない。

そう、今は一要塞の防衛指揮官・・・戦局に大きく関わってくる重要な要塞の指揮官なのだ。

全ての感情をねじ伏せ、剣を鞘に納め堂々と立ち振る舞う。


「諸君は、援軍である大帝国王獣魔導精鋭隊の者らで間違いないか」


ガルベル提督の前に敬礼するのは、ヴィヴィ中佐とフィーナ少佐である。

彼女らは「はっ」と凛々しい声で返答する。

続いて、敵の侵入が見えたため、合図も送らずに勝手に要塞内に侵入したことを謝罪した。

まあ、命を救われたのだからガルベル提督らが文句を言うことはなかった。

それどころか援軍が来たと、ガルベル提督の周りにいた将校らの顔つきが一気に変わる。

絶望的な状況がやっと解決される。

しかし、ガルベル提督は至って冷静であった。

補給問題、人員不足、負傷兵、要塞が限界を迎えつつあること等・・・

援軍は来た。

しかし、戦いに勝っていないのだ。

ガルベル提督は分かっている、士気を下げるような言動を指揮官が取っていはいけないとを。

しかし、この場にいるのは将校のみ・・・兵士らの信頼を得る代償に、指揮官らは勝利を

彼らに授けなければならないのだ。

無論、こんなことを兵士らの前で申しはしない。

しかし、将校の前では客観的事実と可能性論を唱え、皆で戦局を優位に運ぶ案を出し、勝利の

条件を着実に満たしていかなければならない。

そんな、ガルベル提督の誠実な気持ちを理解したヴィヴィ中佐が、至って真面目な声で返答する。


「ええ、分かっています」


ヴィヴィ中佐は、ガルベル提督の力強い瞳を一直線に見つめている。

そしてヴィヴィ中佐は、ガルベル提督に事細かく、王獣魔導隊の現状を伝える。

要約すると

1に、王獣魔導隊の重力魔導師が出来うる限りの物資を輸送していること。

彼女の異空間保存魔法(アイテムボックス)の許容量からして、2週間分の食料と水は

輸送できているはず。

それに、我々が簡易要塞を組み立てるときに使用する石材もあり、ある程度は要塞の

補強に使えるだろう。

最後に、あと10分もすれば王獣魔導隊の本隊が到着することだ。

ガルベル提督は軽く頷き、隣にいた将校に目配せをした。

将校は急ぎ要塞内全ての兵士に、援軍が来ることを伝えに行く。


「さて・・・この者らはどうしますかな」


一段落付いたガルベル提督らは、先程ヴィヴィ中佐達が無力化した暗夜鋭刃暗殺隊に目を向ける。

どうやら、ヴィヴィ中佐とガルベル提督が話をしている間に、フィーナ少佐が気絶している者達を

含め、影捕縛で更に身動きが取れない状態にしていたようだ。

暗殺隊、魔法と暗殺術の両方を極め、如何(いか)なる状況にも臨機応変に対応できる精鋭部隊だ。

要塞内に留めておくと、何を仕出かすか分からない者共・・・。

かと言って、捕虜を殺せば大問題になる。

ガルベル提督らが試案を巡らせている時、後ろから声がする。


「足りない物資を本国に要請します。その時に、ヴィヴィ中佐とフィーナ少佐に

 捕虜を本国へ輸送してもらおうと考えているので、問題はありません。」


ガルベル提督らが後ろを振り返ると、ティナ達小隊長が立っていた。

そして、ガルベル提督にどうするかを説明したのは他でもない、ミラである。

ガルベル提督が振り返ると同時に、ティナたちは一斉に敬礼をする。

しかし、ガルベル提督はあまり形式という物が好きではなく、直ぐに楽にするようにティナたちに

伝える。

それでも形式は形式、ある程度の社交辞令を済ませた後に、彼らは本題に入った。

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