第5話:精鋭対精鋭3 ~決着~

「オードム提督」


副大将であろう人物が、地に伏した者に呼びかけるが・・・返事はなかった。

そして、彼に出来る判断は一つだった・・・それ以外の選択肢はないし、それ以上に

最良の選択もなかっただろう。


「全軍撤退」


副大将の命令と共に、大盾重装歩兵は盾を構え、魔導師を守りながら後退。

魔導師も、制圧射撃を余すことなく行う。

残った騎兵部隊も、道を確保し最大限の援護を行う。

無論、ここで追撃されることがないことは彼らも分かっている。

しかし、戦場においてそういったことをやっておくに越したことはない。

ティナたちも、多少は反撃の為に魔法を敵の大盾重装歩兵師団目掛けて放ったが、これ以上

血を流そうとする者は、誰一人としていなかった。

それに、作戦上彼らの幾人かを生かして撤退させることは大切なことだ。

そう・・・報告、優秀な軍隊程、報連相が円滑に行われる。

しかし、たまたまその報告を第三者が聞きつけた場合、それは噂となり何時(いつ)かは各国に

その噂が広まる。

そうすれば・・・王獣魔導隊は各国から警戒される存在となる。

多くの大帝国に対する行動に、王獣魔導隊のことを考慮しなくてはならなくなる。

ある意味、敵が増えると言っても過言ではない。

これが、大総統が最も重要視していた 情報 である。

そう、王獣魔導隊はその人数以上の働き・・・意味を持つこととなるのだ。

『ペンは剣よりも強し』そう、情報とは少数の味方を無限の兵隊にすることも、大多数の敵を

ただの的とすることすら可能なのだ。

実際、ここまで大多数の敵を相手に出来ているのは、大総統が的確な戦略的思考の先駆者だから

だろう。

そう、誰も考えていなかったのだ。

情報・・・確かに、斥候や密偵といった者は存在していた。

しかし、それは戦場の運命を決める物ではなく、戦況を優位に動かすための物だった。

だが思えば、確かに戦の本質は情報戦に合ったのかもしれない。

実際、150年前にあった戦争の文献には

『大将軍・・・闇夜に潜む梟の様に敵を翻弄し、天空から全てを見ている鷹の如き知識で

 自軍の10倍の敵を撃滅す』と記されていた。

最初は、戦争に勝利した大帝国側が相当な誇張を施し残した文献かと思っていたのだが・・・。

この文献以外にも、『敵を翻弄し』や『敵の欺瞞を見破り』等々、事実大帝国が大敗した戦争や大勝した

戦争では、どれもこれもそう言った言葉が記されている。

大総統の様に、戦争の本質が情報戦であることに気が付いていた者がいるかどうかは

定かではないが、無意識の内に感じ取り、それに従い行動していた者を・・・英雄と呼ぶのかも

知れない。

だが、今はそんなことを考えている場合ではない。

ティナは王獣魔導隊の被害状況を確認してから、各員に命令を下した。


「・・・少し休んでから、味方鉄壁要塞に向かい進軍する・・・・皆の者、よくやった」


ティナはよく知っている。

皆に優しく接することも、皆のことを信頼するのも、皆のことを知るのも・・・情報戦の

一端であることを。

緊張していた場の空気は一気に解れ、皆が皆の無事に安堵する。

ティナは辺りを見回し、シェルとミラがいないことに気が付く。

良く目を凝らして探してみると、簡易要塞の日陰でぐったりしているミラがいた。

その隣には、同じくぐったりしているシェルがいる。

それもそうだろう。

シェルは、魔導師の中でも一部しか行使できない並列思考、その中でもごく一部しか使える者が

いない、質が高く数がかなり多い 大多数並列思考 を行使し、さらに高位魔法を使ったのだ。

未だに激しい頭痛が残っているだろうし、魔力の使い過ぎで肉体的にも精神的にもかなり疲弊している

はずだ。

ミラも、長時間の間要塞に防御魔法をかけ続けていた。

そもそも、一個大隊で行使する規模の大魔法を長時間使っていたのだ・・・普通の魔導師ならば

5分と持たないものを・・・ティナは、二人を心の底から尊敬した。

そして、先程の命令に変更を加えた。


「すまない、命令を変更する・・・今日はここで野営を行う。

 皆の者、ゆっくりと休んでくれ」


「おお」と声が上がる。

戦場の主力である魔導師は、術者でありながら体力がある者が多い。

それは、多くの戦場に駆り出されるため、進軍回数が圧倒的に増え、休む時間も

短くなるからだ。

(二度とやりたくな職業ランキング堂々の第1位)

無論、給料も並みの騎士団や文官とは比にならない。

ティナたちも・・・想像もつかないほどの給料をもらっている。

まあ、その話はまたの機会にするとして・・・だからこそ、ティナの野営の命令に皆

歓喜したのだ。

ティナの、休息後の出立・・・激しい戦闘の後にしては、かなり厳しい命令の様にも聞こえるが

彼女らの様な、大魔導師になるとそんなこと日常茶飯事だ。

しかし、だからこそ 大総統や文官たち は彼女らを王獣魔導隊にし、帝国の命運を託したのだ。

だが・・・彼女らからしたらそんなことはどうでもいいのだ。

彼女らの様な大魔導師は、魔導師団内でも多くの仕事を任され、師団長に抜擢される者もいる。

それに肩を並べて戦える味方もいないし、孤立しやすい存在なのだ。

しかし・・・王獣魔導隊(ここ)では違う。

自分よりも強い存在、自分と肩を並べられる存在・・・真友(しんゆう)がいる。

だから皆、この王獣魔導隊に来たのだ。

そして、皆は大帝国の為でも大総統の為でもなく・・・友の為に魔導の道を行くのだ。

ティナは、ぐったりしている二人の下にゆっくりと近寄り、同じように壁にもたれ掛かる。

無論、ティナも相当疲れている。

部隊長と言う肩書、最強の魔導師、大帝国の切り札・・・彼女には多くの重荷がある。

しかし・・・・この二人の前では ティナ として、短くも、ただただ長いだけの休息よりも

質の良い休息が得られるのだ。

と、何やら下半身に違和感を感じたティナは、そちらに目を向け・・・少女の笑みを零した。


「今だけだぞ」


そう、優しい声で言ったティナの太ももに、シェルは何の許可も得ずに寝そべっていた。

ミラは本当に寝ているようだが、寝心地が良い方を無意識に選んだのか、ティナの肩により掛かっている。

そんな三人を邪魔しないように・・・静かで小さいものだが、戦勝の宴を用意する隊員たちがいる。

そしてティナは・・・二人と共に、深い眠りについた。

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