【実録】手相占いに3000円を払う価値があったかどうか
司丸らぎ
第1話 day1
9月29日(金) 16:30
夏の終わりの暑い日でした。
マスクが息苦しい。
飲み会は19:00開始。
ただバスの都合でこの時間に会場付近に到着。
飲み会まで2時間半。
歩いて5分のところに図書館があるから、そこで時間を潰そうと考えていました。
しかし、図書館の入り口に来て膝から崩れ落ちました。
休館日でした。
月末整理日という。
仕方ない。
どうやって時間を潰そうかな?
会場付近の商店街をうろうろします。
そこで目に入ったのが手相占いでした。
椅子に腰かけた70代くらいのお爺さん。
まぁ、暇だし話でも聞いてみるか。
そう思って声をかけました。
僕「いくらですか?」
占「手相だけなら2000円。人相も含めると3000円」
思わず「たっか!」と言いそうになりました。
え? そんなに高いの?
相場が分からないけど、他もそんなものなの?
こんな商店街の路上に机と椅子だけでやっている占いが?
3000円って今日の飲み会の参加費だよ?
牛クシ食べられるよ?
そんなことを考えていました。
占「はい、手を出して」
え?
僕まだ何も言っていないんですけど。
どっちのコースにするか言っていないんですけど。
そもそも占ってもらうかどうかも決めてないんですけど。
そんなことを考えながら、僕は渋々手を出してしまいました。
占「ふぅん。あなた名前は?」
僕「司丸らぎ(仮名)です」
占「どんな字を書く?」
そんな感じで出身とか生年月日とかいろいろ訊かれました。
僕は無難に応えます。
占「独身か?」
僕「はい」
占「一人で何をしている?」
そんな難しい質問がある?
別に一人ですることなんていくらでもあるでしょうに。
ちなみに目下一番したいことはポケモンです。
僕「いろいろしてますが」
占「年齢は?」
僕「30代ですね」
占「結婚したくないのか?」
僕「したくないことはないですけど」
したくないことはないですが。
優先順位は低い。
僕の人生における現在の優先順位は
1位 ゲーム
2位 生活費
3位 創作活動
そしてしばらく下がって
10位 結婚
のような感じです。
結婚したくないわけではないが、慌ててしたいことでもありません。
あと正確に言えば「結婚したい」というより「結婚しても良いと思える人に出会いたい」です。
まぁ、この辺のこだわりは今は置いといて。
占「生年月日は?」
僕「12月8日です」
占「それは大変な日に産まれたな」
占い師は手元の本をめくって、12月8日のページを開きました。
僕「大変なんですか?」
ようやく占いっぽい話が出てきました。
占「知らんのか? 日本人はこの日を忘れちゃいかん」
僕「…………パールハーバーですか?」
占「そうだ。これがあったからこそ広島長崎に原爆が落ちて悲劇が生まれたのだ」
なんで歴史の話を始めたの?
占いの話をしてくれませんか?
その占いの本の12月8日の項目には、そんなことが書いてあるんですかね?
いや、そんなはずはないでしょ。
占いと歴史的事実の何がどう関わっているんですかね?
占い関係なしに、あんたが話したいだけでしょ。
何がどう大変なんですかね?
占い師が占いとして説明できない話をしないでほしい。
この瞬間、僕はこの占い師を信用しないことに決めました。
占「あんたは砂糖みたいな人だ」
唐突に謎の比喩表現が現れました。
僕「砂糖ですか?」
占「どういう意味か分かるか?」
僕「さて?」
占「その辺に砂糖を撒いたらどうなる?」
僕「蟻が寄ってきますね」
占「そうだ。あんたはにこにこしてれば人が寄ってくる。そういう人間だ」
ん?
相槌は「そうだ」で良かったのかな?
この文脈だと僕は、寄ってきてくれる人を虫けら扱いしていないかな?
大丈夫かな?
僕「そうなんですね」
占「あと、寂しがりだ。私は1万人以上見てきたがその中でも1番の寂しがりだ」
ほう。
それは初めて言われました。
もう10年以上一人暮らしなのですが。
生活の大部分は一人で過ごしていますが。
どこをどう捉えて寂しがりだと判断したんでしょうかね?
どこにどう寂しがりな部分が現れているか教えて欲しいものですが。
僕「そうですかね?」
占「ああ、そうだ。マスクを取ってみなさい」
僕はマスクを取りました。
人相を見られます。
占「イケメンだな」
僕「あ、どうも」
うさんくさいおっさんに言われても嬉しくありません。
何の得もないです。
どこにも活かせません。
占「あんた、この1年以内に結婚相手が見つかるよ」
おっ。
ようやく具体的なことを言ってくれましたね。
僕はこういう言葉を期待していました。
何の根拠があってこんなことを言えるのでしょうか。
統計的な知見に立って論理的に考えてみましょう。
そもそも僕は占いというものを信用していない。
信じていないんじゃなくて信用していない。
科学の方を圧倒的に信用している。
でたらめなことを言う占い師を科学的に正しくバカにしてやろうという意気込みで占い師に声をかけたのです。
楽しくなってきました。
僕「1年以内なんですね?」
占「ああ、1年以内だ。絶対に」
その自信はどっから来るんでしょうね?
どうせなら「手相のここの線が~」とか「目の形が~」とか言って欲しいんですが。
占い師らしく、個人の感想でしかない嘘統計の話でもし欲しいんですが。
こちとら数学は得意ですよ。
あなたの話になんら科学的合理性が無いことはいくらでも喋れますね。
占「あんた、今まで彼女がいたことは?」
僕「無いですよ」
占「一回も?」
僕「一回も」
占「高校は共学だったんだろ?」
僕「はい」
占「なんで無いんだ?」
無い方に理由は無いですよ。
何もしなければ無いんだから。
有る方に理由は有っても無い方に理由は無くて良いでしょうに。
僕「まぁ、無いものは無いので」
占「大学も?」
僕「ええ」
占「大学はどこへ行っていた?」
僕「地元の教育学部ですけど」
占「じゃあ、女の子はいっぱいいただろ?」
僕「まぁ、いるにはいましたけど」
占「それだけイケメンだったら声もかけられただろ?」
皆無ですけど。
ていうか、この段階になって気付きました。
別に恋愛相談しに来たわけではないですけど?
喫緊の課題は今のプロジェクトが成功するかどうかなんですが?
仕事の行く末を占って欲しいのですが?
僕「まぁ機会が無かったもので」
占「もう一回手相を見せて」
僕「はい」
僕は両手を見せます。
占「ああ、25で一旦ピークが終わっているな」
僕「そうなんですね」
どうやら手相で恋愛のピークが分かるらしい。
どういう理屈かは分からないですが。
どうせなら説明して欲しかったな。
恋愛線がどうのとかでしょ?
あの何も因果関係もないやつですよね。
占「これが最後のチャンスだ。絶対にものにしろ」
僕「はぁ」
なんでこのおっさんは僕の恋愛事情にここまで肩入れしているんですかね?
こっちは深刻に思っていないのに。
占「あんた恋愛が下手だろ? 今まで一回もしたことないんだから」
僕「まぁ、そうですね」
別に占い師じゃなくても分かることです。
僕自信がそう話してきたんだから。
そんな小学生でも分かることを占いっぽく語らないでほしい。
占「あんた金縛りにあったことがあるだろ?」
僕「ああ、まぁ。中学生の頃に」
占「ほら、なんでも分かるんだから」
え?
今、自説の補強に金縛りを使いました?
僕の場合、あれはただの睡眠の仕方が悪かっただけなんですが。
霊的な何かでは全くないのですが。
占「良い人見つけたら、私のところに必ず相談しに来い。絶対うまくいかしてやる」
え?
占いってアフターサービスがあるの?
ちゃんと自分の言ったことが合っていたかどうか経過観察してくれるの?
面白くなってきました。
どこからその自信が湧いてくるのか見定めてやろうじゃないですか。
占「ほら、携帯出して。番号言うから登録して」
僕「はい」
というわけで僕は占い師と番号を交換しました。
おもちゃを手にした気分でした。
占「明日は仕事は休みか?」
僕「はい」
占「ならうちに来い」
僕「へ?」
占い師は紙に住所を書いて渡してきました。
ここから車で20分くらいの場所でした。
占「あんた土日は休みか?」
僕「いえ、不規則ですね」
占「仕事は何をしている?」
僕「科学研究ですね」
占「ほう。昔、私もノーベル賞を狙っておってな」
僕「へぇ。どんな研究をしていたんですか?」
占「5年前の洪水で全部流されて駄目になってしまった」
は?
今、研究内容をはぐらかした?
ていうか洪水で駄目になる研究って何?
一人で自宅でノーベル賞を狙うような研究をしていたってこと?
ノーベル賞がどんなものか分かっているのでしょうか?
まさか占いでノーベル賞を狙っていたのでしょうか?
本気で取れると思っていたのでしょうか?
占「あんたの身長よりも高い浸水でな」
そんなことは聞いていない。
そしてあんたも身長はそんなに変わらない。
自分は座っているから関係ないとでも思ったのでしょうか?
占「青色発光ダイオードを発明した赤崎先生を知っておるか? 彼は私と同じ高校大学でな」
僕「へぇ」
占「手紙を送ったけど、返信はなかったわ」
でしょうね。
何の立場として手紙を送ったんでしょうか?
自分を研究者として認識しているのでしょうか?
そのとき、僕のジャッジは下りました。
こいつ、やばい奴だ。
もう少し遊んであげましょう。
その後も少々話していたが、似たような話の繰り返しでした。
この人と話し始めて30分くらい経過しました。
僕「じゃあ、今日はこれで」
僕は財布から2000円を出して渡しました。
占「3000円で」
ほう。
こんな胡乱な話を30分して3000円を取る自信があるのですね。
キャバクラでお姉さんと話したら、同じ値段でドリンクが付くんですが。
仕方がないから3000円渡しました。
占「明日、うちにくるんだよ」
僕「はい」
ああ。
絶対に行きますよ。
ここで終わったら3000円が大損です。
アフターサービス込みであんたの話に3000円の価値があったかどうか見定めてやりますよ。
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