第23話 ルーラに会いたい
「魔法が使われたりしたら、すぐに現れるんじゃないの?」
ビクテは、ルーラが方角をつかむための魔法を使っただけでも現れた。
今回の場合、ノーデは明らかに悪質な魔法を使ったのに、なぜドリーは現れなかったのか。
すぐに現れていれば、こんなことにはならなかったはずだ。
「ビクテの受け持つ領域みたいに、人間が入って来る可能性の高い所で魔法が使われれば、確かに危険が多いわ。でも、こんな所で、多少の魔法が使われてもねぇ。そもそも、滅多に人間が来ないもの。となると、使うのは妖精ってことになるでしょ。だったら、慌てて私が出て来なくてもいいじゃない」
「だけど、よくないことがあるらしいっていうのは、わかるでしょ」
「わかったけど、私はビクテみたいに働き者じゃないからねー」
いたずらっ子みたいに笑う。ルーラはちょっとあきれたが、何とも憎めない。
「すぐ出て来なくて、ゆっくり出て来たって訳か」
「そんなところかしら」
皮肉まじりなレクトのセリフに、ドリーは笑いながらうなずく。
遅くても現れてるのだから、職場放棄ではない、ということらしい。
「それも自分が出て来ないで、先にしもべに行かせてるんだものね」
ペロッと舌を出す。そんな仕種をするドリーは、やけに幼く見えた。
森を守るはずの精霊が、こんなことでいいのだろうか……。
「ちょっと悪い偶然が重なったのね。ここは普通に魔法を使えばおかしな作用の仕方をするから、私は出ないで放っておくっていうのもあるんだけど。あなたにかけられた魔法使いの術は、普通の場所じゃきっと反応しなかったはずよ。でも、この辺りの空間の歪みが、逆にそれを成功させてしまったみたいね。んー、この場合、成功したって言っていいのかしら」
ザーディを救おうとした時、ルーラの魔法はうまくいかなかった。
なのに、捕まってノーデにかけられた魔法は、同じ歪みのせいでうまくいったなんて。皮肉と言うにも程がある。
ノーデの魔法の成功は、この森のおかげだったのだ。きっと本人は、実力だと思っているだろうが。
「ルーラ、話はビクテから聞いているわ。あの方の子を連れてくれているんでしょ?」
侵入者がいたから仕方なく来た、という
「でも……ノーデ達に連れてかれちゃったわ。あたしが眠ってる間に、ノーデ達はどれだけ遠くへ行ったかしら」
「そんなに気落ちする程じゃないわ。あなた達が眠っていたのは、せいぜい半日よ」
半日という時間は、喜んでいいのか悪いのか。
でもよく考えてみれば、昨日だってレクトと二人して気を失ってから休んでいたのは、半日くらいだったはず。
つまり、急げば今日のように追い付ける距離なのだ。
「よっし。行くわ。ここまでされて、黙ってられるもんですかっての。この場所ではたまたまこんなことになったけど、普通に魔法が使える所なら、絶対に負けてあげないから」
「はは……忙しい奴」
レクトがそうつぶやくが、ルーラは聞いてなかった。
正気に戻るとすぐに泣くわわめくわで、落ち着けば打倒ノーデに燃えてたりする。
レクトがルーラとしっかり話したのは昨夜からだから、彼女の性格を完全に知っている訳じゃない。
でもこれがルーラらしい、とどこかで感じたりしていた。
「ルーラ、もうじきあの方のいらっしゃる場所に、あなたは踏み込むでしょう。そしてあなたに魔法をかけ、あの方の子を連れて行った魔法使いと会うはずよ。その時に、あなたは自分の気持ちを忘れないで」
「え……?」
ドリーの最後のセリフの意味がよく掴めなかったルーラは、首をかしげて聞き返す。
でもドリーは、それに応える言葉をくれなかった。
「ビクテが話していたけれど、あなたって本当に一生懸命ね。大丈夫よ、ちゃんと思い通りに魔法を使える日が来るわ」
ドリーの言葉を聞いて、レクトはビクテの名前を知らないが、誰が見てもルーラはやはり一生懸命なんだと再認識した。
ドリーがふわりとルーラを抱き締める。呆然としているルーラから離れると、今度はレクトに同じように。
レクトはルーラ以上に呆然としていた。まさか自分が人間以外の存在に抱き締められる、とは思いもしなかったので。
ドリーはそんな二人を残し、狼を連れて姿を消した。
何事もなかったかのように、後は静かな森があるだけ。
☆☆☆
ルーラとレクトを木に縛り、魔法をかけてからずいぶん歩いた。
足の短いノーデは半分小走りに。ザーディを背負ったモルも、かなり早足だ。
とにかく、いまいましいルーラ達から少しでも離れられるように。
そして、目指すお宝をその目で一刻も早く見たいために。
モルの背中で寝息をたてていたザーディがようやく目を覚ましたのは、時間的に言えばドリーと別れてルーラ達が出発した頃である。
「ルゥラァー?」
ボーッとした声で、ザーディはルーラの名を呼ぶ。
ノーデとモルは一瞬、ギクッとした。ルーラが追って来たのか、と思ったのである。
だが、振り返ってみても、そこには森の静寂が横たわっているだけ。木の影しかないのを確認してほっとする。
たとえ魔法が失敗していても、木に縛ってあるからそうすぐには動けないはずだ。しかし、万一ということもある。
「あれぇ、ルーラは?」
きょろきょろと、ザーディは辺りを見回す。
あの粉で眠らされる前、ルーラの声を確かに聞いた。でも、ルーラはどこにもいない。
「夢を見たんだろ。ここにルーラはいやしないよ」
少し勝ち誇ってノーデが答えた。もちろん、ザーディにノーデの態度の理由はわからない。
「ねぇ、ぼく、もう降りる。自分で歩けるから」
眠ってしまいはしたが、あまり居心地のいい背中ではなかった。
背負われたのは自分が疲れた、と言ったからで、今は疲れていない。朝の出発時からこうだったから。
それなら、自分の足で歩いた方が、ずっと気楽でいい。
モルがやれやれとでも言いたそうに、ザーディを降ろした。
モルは文字通り肩の荷が降りてほっとしただろうが、背負われていたザーディもほっとした。
「あ……」
ザーディは、思わず声を出していた。
土の感触が、今までと微妙に違うのだ。どこがどうと説明できるものではないが、違う。
何か懐かしいものを思い出して、それがすぐに頭から消えてしまって、何だったかわからなくなってしまう。ちょっともどかしいような想い。
そんな土の感触に気付くと、ザーディは改めて周りを見回した。
森の様子が、どこか変わっている。あれだけ密集していた樹木が、まばらになったようだ。
そして、その一本一本がこれまでよりも大木になっている。太い枝を伸ばし、自分の下にあるもの全てを包み込もうとしているようだ。
葉を茂らせ、陽の光を
空気も変わってきている。澄んだ、水分を多めに含んだ大気の匂い。
この空気を、確かに覚えている。
「何だ、どうした?」
ザーディの出した声が気になったのか、ノーデが尋ねた。
「もうすぐ……母様に会える……」
竜の世界に、明確な入口というものはない。
ここからが竜の世界で、ここはまだ違う、という断定はできない。近付いている、もしくは気が付いたらもう入っていた、ということが多い。
明確な入口がない以上、竜のザーディにも「ここから竜の世界だ」とは言い切れないが、ほぼ帰って来たのはわかった。
そう。この霧の中をもっと進めば、必ず両親に会える。息子が帰って来るのを、待ってくれているはずだ。
「かあさま? ってことは、もう竜の世界に入ってるんだなっ」
ザーディの言葉を聞いて、満面の笑みを浮かべ、これ以上は無理というくらい、嬉しそうな顔になるノーデとモル。
宝が手の届きそうな所まで、とうとう来たのだ。
これまでのことなどきれいに忘れ、二人の盗賊はもうじき手中にするであろう宝の中に身を投じ、高笑いする自分の姿だけを頭の中にめぐらせていた。
「そうか……もうすぐ会えるんだな、お前の親に。初めてお前と出会って一週間……もう少し経っているか。これだけ月日の経つのが遅いと思った時はなかった。いやー、めでたい」
多少なら殴っても蹴っても笑い続けそうなくらい、ノーデは嬉しそうだ。
ザーディは異常とも言える二人の嬉しそうな表情を見て、少しおかしい気もしたが黙っていた。
余計なことを言う必要もない。どうせ、ごまかすに決まっている。
それにつけても、ザーディの頭に浮かぶのはルーラのことだ。
ノーデは足をケガした、と言った。大丈夫なのだろうか。ルーラのことだ、どこにいても、きっとザーディの心配をしているだろう。
ここにルーラがいれば、どんな表情をしただろうか。
この二人のように喜ぶ? ちょっと違う気がする。
もちろん、喜んでくれるだろうが、ザーディが竜だと知らないルーラはもっと別の喜び方をするだろう。
盗賊二人は自分達だけで勝手に盛り上がっているが、ルーラならきっとザーディを抱き締め「よかったね」なんて言葉を連発するだろう。
そう、ルーラなら「ザーディと一緒になって」喜んでくれるはずだ。
まるで自分のことのように。
もともと、この二人については頭から信じて一緒にいた訳じゃない。ザーディを売り飛ばす気でいる、なんてことは知らないまま。
それでも、どこか
しかし、少なくとも表面はザーディの機嫌を損ねないように気を遣っていたし、ひとりでは恐かったのも事実。結果的に、彼らはここまで連れて来てくれた。
だが、やっぱり落ち着ける相手でないのも本当だ。
もっと勇気があれば……ひとりで歩いて行ける勇気があれば、こんな二人に連れてもらわなくても、帰って来られた。
いや、それよりも。
ルーラと別れるようになってしまった時、ちゃんとルーラの顔を見て別れるべきだった。そうしなかったことで、ルーラが心配でたまらない。ルーラだって、ザーディを心配しているだろう。
せめて「ぼくは大丈夫だから、早くケガを治して」とでも言えていれば……。
そもそも、どうして知らないうちにルーラと別れなければいけなかったんだろう。
足をケガしたとしても、ルーラがザーディに黙って帰ってしまうなんておかしい。ノーデに「後は頼む」と言ったとしても、ザーディに直接事情を伝えないなんてことがあるだろうか。
何かおかしい。どこかおかしい。ルーラに会いたい。
そうは思っても、やっぱり言い出せない、気の弱いザーディであった。
「さぁ、もうひとふんばりだ。あと少しで、親に会えるんだぞ」
ノーデに言われ、ザーディは歩き出すしかなかった。
ルーラに会いたい……。
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