第22話 魔法を解く鍵
「頼む。俺は魔法なんて使えないから、そういう力を持った誰かに頼るしかないんだ」
「ねぇ、この
にこやかに。それこそ、大木だの湿った土だのの暗い色彩しかないこの森を、一挙に花畑にしてしまいそうなくらいにこやかに、ドリーは尋ねた。
レクトは、しばし沈黙する。
にこやかに聞いてはいるが、さっきまでのように「恋人じゃない」と簡単に言わせないような雰囲気を感じた。
「どうしてって……あんたこそ、どうして恋人にこだわるんだ。恋人じゃなきゃ、心配するなってのか?」
どうにかそんな言葉を押し出す。
ノーデ達といた時、レクトはただ彼らについて仕方なくルーラを追っていた。
ノーデから離れた今、普通の人間である自分だけでは、ここから出られない。魔法使いのルーラと共にいれば、この魔の森に一人でいるより活路を見出せるだろう、と思った。
ルーラは、ザーディをさらったノーデを追っている。自分も、ノーデに文句や恨みごとの一つでも言ってやりたい。
目的は違うが、追う相手が同じだったから一緒にいた。
打算的と言われれば、否定はできない。レクトにとってルーラは、この森を出るまでは絶対に必要な存在である。
そのルーラが動けなくなれば、自分も動けなくなったも同様だ。だから、何とかできる存在がいれば、彼女を何とかしてほしい。無事にこの森から出るために。
少なくとも、建前はそうだ。
でも、単に彼女を動けるようにしてほしい、と思うだけじゃない。
元のルーラに戻してほしい。これまでのように、笑ったり怒ったりしてほしいのだ。
ただ「どうして」と聞かれても困る。そう思うのが当然のような気がするのだ。
「人間って、自分勝手な生き物でしょ。で、相手を大切にするのって親子だったり恋人だったりする場合だけなんでしょ? あなた達は親子に見えないし、それなら恋人しかないじゃない」
ドリーのそんな言葉を聞きながら、レクトはふと思う。
たぶん、ルーラが一生懸命だからだ。昨夜話をしていて、色々悩みがあっても一生懸命だというのがわかったから。こんな所で、こんなことで途切れさせたくない。
国を追われる前は、レクトだって何でも一生懸命に向き合っていた時期があった。今はそんな言葉など記憶の彼方だ。
それが、ルーラを見ていて思い出した気がする。
とは言うものの、思い出したからすぐ何かに一生懸命になれる訳ではない。その代わりと言っては何だが、ルーラを助けてやりたいと思う。
人が聞けば自己満足だろうし、ドリーが言うように自分勝手に映るかも知れない。
でも、現時点ではそれが一番しっくりくる理由のような気がした。
「恋人じゃなくても、心配する時はする。確かに、自分さえよければ他人はどうでもいい、なんて考える奴は多いよ。下手すりゃ、親子で殺し合いまでしたりもするけど」
レクトがまだアルミトにいた時。つまりは内戦状態に入った頃。
理由はどうあれ、周りは殺し合いの状態で、何度もそんな人間を目の当たりにしてきた。もちろん、みんな自分を守るためだ。
でも、そのために他人を犠牲にする、ということにもつながっていた。
きっと自分も同じことをしてきたのだろう。気付かないうちに。
だけど、それだけじゃなかった。
まれに、本当にまれにだったが、他人のために東奔西走している人間だっていたのも事実だ。肉親でも何でもない、赤の他人のために。
あのノーデだって、たとえ気紛れかも知れないとは言え、傷付いた彼を助けてくれた。
人間という動物は時として、他人のためにすごく優しくなれるのだ。
「ふーん、人間は複雑なのね。愛する対象以外ならどうでもいい、と思う生き物だって、今まで思ってたわ」
こんな森の奥では、人間はまず来ない。だから、彼女は人間の様々な部分を知らないのだ。
いい面も悪い面もたくさん持っている、ということを。
感情の複雑さを理解したのかしてないのか、ドリーはレクトをじっと見る。今まで出会ったことのない動物を、興味津津で観察する子どものように。
「と、とにかく」
レクトは美人のドリーにじっと見詰められ、ドギマギしながらもしゃべる。
「俺達を恋人ってことにしたいなら、それでもいい。こいつを元に戻してやってほしいんだ」
「ん……いいわよ」
その言葉を聞いて、レクトはほっとした。
彼女しか頼れる相手はない。たとえノーデのかけた魔法が半端なものでも、それすらレクトは解く
彼女が「いやだ」と言えば。
もうそれ以上、レクトは何もできない。ドリーにはルーラを助けてやる義理などないのだから、ここで断られても無理じいはできないのだ。
だから、レクトは心底ほっとした。ルーラがある意味生き返り、同時に自分も生かされるのだ。
ドリーはルーラの前に来ると、右手をかざす。と、ドリーの身体の周りがうっすらと白く光り出した。
白い衣が、目が痛くなる程さらに白く。太陽を間近で見ているみたいだ。
後ろにいた狼の黒が、妙に目についた。ドリーの白い輝きを必要以上に辺りへまき散らさないように、その黒い身体が光を吸っているように感じる。
レクトがそう思ったのは、ほんのわずかな時間だった。
ドリーの身体は光るのをやめ、白い衣の色だけが視界に残る。同時に、狼の黒さは森の暗さに溶け込んだ。
レクトがはっとして、ルーラを見る。だが、ルーラの目は変わってない。寝ぼけたような、ぼんやりとした瞳のまま。
まさか……魔法が解けなかったのか。
レクトは一瞬、いやな予感にとらわれた。
でも、ドリーは笑っている。それなら解けたのかと思ったが、さっきからドリーは笑みを浮かべているので、レクトを安心させる材料にはならなかった。
「あとは、あなたがやりなさい」
当然のように、ドリーはレクトの方を振り向いて言う。
レクトは目が点になった。
「……え、ちょい待ち。俺は魔法は使えないって言ったはずだ」
レクトは大いに焦った。だいたい、魔法を間近で見る回数さえも少なかったというのに。やれ、なんて言われて、わかった、と返事ができるはずもない。
「ふふ……大丈夫よ。ただキスすれば、完全に解けるから」
何でもないように、ドリーは言ってのける。が、レクトはそのまま固まってしまった。
「な……何だって?」
「あらぁ、キスが珍しい種族でもないでしょう?」
「そ、そういう問題じゃなくて……もしかしてまだ恋人ってのにこだわってるんじゃ」
恋人にしたいならしてもいい、とは言ったが……。
「違うわよ」
ドリーはあっさりと、でもきっぱりと否定した。
「この魔法をかけた人間は、余程あなた達に追われたくなかったのね。それと、まさかあなたがこの子にキスする、とは思ってないみたい」
それはそうだろう。なりゆきで行動を共にすることになっただけ、目的が同じだっただけなのだから。
「だから、それを魔法を解く鍵にしたの」
これまでの経過や二人が一緒にいる理由を知っているノーデだから、キスすれば術が解ける、なんてお
ルーラとレクトがキスするなんて状況は、普通にすごしていればまずありえない。
ドリーに教えられなければ、レクトが思い付くはずもない術の解き方だ。解けなければ、ルーラはずっとこのままだし、レクトも動けなくなる。
結果として、二人はザーディを追えなくなるのだ。
ノーデにしたら、結構考えた方ではないだろうか。頭は悪くない男だが、ここまで深く考えるなんて、これまで一緒にいたレクトも知らない。
「この子を戻してあげたいなら、早くした方がいいわよ。放っておいたら、ずっと眠り込むかも知れないから。そうなったら手遅れよ。一生、このまま」
世間話をするような口調でドリーに脅され、レクトはどきっとする。
まだ自分達は、完全に助かった訳ではないのだ。
「軽く口に触れてあげればいいの。それで、この魔法は解けるんだから」
他に方法がないなら、やるしかない。
う……えーい、やりゃあいいんだろ。けど、これで戻らなかったら、怒るからな。
レクトはルーラのあごに手をかけ、少し開きかけたくちびるに自分のくちびるを重ねる。
その途端、半分閉じかけだったルーラのまぶたが、パチリと開いた。
レクトの顔が今までにないくらい、間近にあることに気付く。そして、今自分がどういう状態なのかも。
「キャーッ!!」
叫びながら、ルーラはレクトの頬をひっぱたき、突き飛ばした。
「って……戻った途端にこれかよ」
突き飛ばされ、地面に手をついた拍子に、あやうく手首をひねりそうになった。
「ひどいっ。何てことすんのよ! あたしが意識ないって時にこんなのって……ガキは相手にしないって、襲わないって言ったくせにぃ!」
叫びながら、ルーラはぼろぼろと涙をこぼす。
「初めてだったのよ。大好きな人とって思ってたのに、それなのに……人が眠ってる間にこんなことするなんて、あんまりよっ」
あんまり、と言われても、これしか方法がなかったのだから、レクトとしても仕方がないのだ。
とは言え、ルーラもショックだったには違いない。
「悪かったよ」
どうして俺が謝んなきゃならないんだ?
ちょっと理不尽な気はしたが、それでもレクトは謝った。そうでもしなければ、収まりがつかない。
それにいつも元気なルーラがこうも泣くのを見て、こうするしかなかったと一喝する訳にはいかなかった。
「……意識、ちゃんと戻ったな?」
ポロポロこぼれる涙を手の甲でぬぐいながら、ルーラはえ? という顔をする。
「彼はねぇ、あなたのためにやってくれたのよ。責めちゃ悪いわ」
横からドリーが口を出す。
この時になって、ようやくルーラはドリーの存在に気付いた。
「え……あの、あなたは……?」
「何だ、半分起きてたと思ったのに、何も覚えてないのか」
覚えていれば、レクトがなぜ自分にキスしたのかもわかるはず。
「あのね、あなたはちょっと意地悪な魔法にかかってたの」
ドリーが説明したくれた。簡潔に、でもちゃんと要点は押さえて。
「……ご、ごめんなさい」
ルーラはドリーから話を聞いて、少し赤くなりながらレクトに謝った。
自分の間違いを恥じているのか、魔法を解く鍵だったとは言え、キスされたために恥ずかしいのか……。
「で、でも、どうしてノーデが魔法を使った時に、すぐ来てくれなかったの? あなたってビクテと同じ、森を守る精霊よね?」
「ええ」
ルーラには何の根拠もなかったが、尋ねるとドリーはあっさりとうなずいた。
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