第9話 穴の中の魔獣
森へ入って、数日が過ぎた。
ずっと薄暗いか暗いかで、昼か夜か定かでない。時計を持っていないので、何時か何日目かさっぱり。
いや、その気になれば知りようもあるのだが、あまり細かいことにこだわらない(ものぐさ、とも言う)ルーラは、すぐに数えるのをやめたのだ。
ルーラは魔法で出した伝書鳩を飛ばし、無事でいる、という連絡を家に一度出していた。
仮にも一人娘が一人旅に出ているのだし、親も心配しているだろう、と思い出したように現在の状況を鳩に話す。飛んでいった鳩は、家に着くとルーラからの伝言を話して消えるのである。
家族は魔法使いなのだから、その気になれば送り返すことも可能だが、返事はまだない。あえて干渉しないようにしているのか、ルーラの魔法が途中で消えてしまって伝言が着いていないのかは定かでないが……。
やれることはやったので、これまたルーラはこだわらないでいた。
森の中を、北へ北へと進んで行く。立ち止まって方角を確かめ、ふたりして歩いて行く。
魔法が失敗していたら、全然違う所へ向かっていることになってしまうのだが、簡単な魔法だし、まさか十回やって十回間違うことはない……だろう。
違っていれば、着くのがちょっと(?)遅くなるだけ、とルーラは気にしない。
気にしても、間違いを指摘してくれる人がいないのでどうしようもない、というのもある。
ルーラは遅くなっても構わないが、ザーディは早く両親に会いたいだろう。だから、ルーラだってそれなりに頑張っているつもりではある。
辺りは相変わらず薄暗いものの、これまで通って来た所よりも少し歩きやすくなってきた。木が密集して生えてないせいだ。
「もしかすると、あのいやって程生えていた木は、人間が奥へ入って来られないように、邪魔しようとしてたのかもね。入れば入ったで、ビクテにみんな追い返されたりして。あたし達って運がいいのよ。ここまで来られたんだもの」
「あと、どれくらいかかる?」
ザーディに尋ねられるが、ルーラも明確な答えを出せない。
「さぁねぇ。森の地図なんて持ってないし。ザーディの父さんは、ずっと歩いて十日程って言ったんでしょ。一時的に走ったり飛んだりしたから、どうかしら。まぁ、いいところ、縮んで一日二日くらいでしょうね。ずっと歩き続ける訳にもいかないし、がんばったって子どもの足だもん。うまくいってあと……五日もあればって感じかな」
目的地の正確な位置がわからないので、推測の域を出ない。
「まだそんなにかかるの?」
がっかりした声で、ザーディはため息をついた。
ちゃんと正しい方向へ進んでいたとしても、まだ半分程でしかないのだ。
「元気出しなさい。気持ちの持ちようで、旅だって楽しくもつまらなくもなるのよ。どうせするなら、楽しい旅の方がいいでしょ?」
「うん」
「じゃ、楽しいこと、考えるの。楽しいと思えるようになれば、少しくらいのつらいことなら、簡単に吹き飛ばせるわ」
「そうなの? 楽しいことってどんなの?」
「どんなのって言われても、人によって違うしなぁ」
聞き返され、ルーラはちょっと詰まった。
ルーラは、空を飛ぶ時が楽しい。落ちないでいられたら、もっと楽しい。魔法がうまくいくとすごく嬉しいし、魔法を練習するのが楽しくなる。
他にも、村の子ども達と遊んでいる時や、おいしいごはんを食べてる時。眠る寸前の、ふわふわした感覚も好きだ。
「ザーディはどんな時が楽しい? それを考えたら、わかるでしょ」
「んーと、母様のそばでお話してもらう時」
「他には?」
「んー……わかんない。お外って、恐かったもん」
ザーディの答えに、ルーラは軽く肩をすくめる。
うーん、完全に内向型の性格。この子、本当に親にべったりだったんだわ。親離れさせようって気にもなるわね。
「じゃ、今してる旅のことを、母さんにしてるって想像してごらん。母さんがとても嬉しそうに、話を聞いてくれてるってところを。ザーディは母さんが大好きみたいだから、想像するだけでも楽しいでしょ」
そう言われ、ザーディは母の姿を頭に思い描く。
(母様、ぼくね、ちゃんとここまで帰って来られたよ)
(そうね。偉いわ、ザーディス)
にこやかに、自分の声に耳を
(ルーラって魔法使いの女の子と一緒に、森の中を歩いたの。それでね、悪い人間がやって来て、ぼくを連れて行こうとしたんだよ)
(まぁ、そんな人間が?)
母は驚いて、目を見開く。
(それでね、それでね……)
自分の話に笑い、楽しそうに聞いてくれる母。
黙ってはいるが、その横には父もいる。彼もまた微笑を浮かべ、聞き入っていて……。
ルーラに教えられて想像したザーディは、本当に楽しくなってきた。
この先何かあれば、両親にする話題もさらに増える。それがささいなことでも、彼らはきっと聞いてくれるだろう。
「うん、ルーラ。楽しくなる。母様や父様がいてくれるって思っただけで、嬉しい」
「でしょ? ザーディの目標はふたりに会って、この旅の話をすること。目標があれば、もっとがんばれるわよ」
そう言って笑ったルーラの身体が、突然ガクンと揺れる。
はっとする間もなく、ザーディも身体が揺れた気がした。いや、揺れたのではない。歩いていて、いきなり地面がなくなったのだ。
地面にあいていた穴が、草に隠れていたのである。しゃべりながら、というのもあって、その存在にふたりは全く気が付かなかった。
穴は結構深く、いつまでも落ちて行くような感じがする。真っ暗で、周りは何も見えない。かろうじてつないでいた手が、お互いの存在を知らせている。
「ル、ルーラーァ」
ザーディの頼りない声が響いた。ルーラはつないでいた手をたぐるようにして、ザーディの身体を引き寄せる。すぐにザーディは、ルーラにしがみついた。
そうしてる間も、ふたりの身体は落下し続けている。
一体、どこまで落ちるのかしら。このままだと、地面を全部通り抜けてしまうんじゃないかな。……もしかして、落ちてる気がしてるだけじゃないの? ……そうだといいんだけど。これじゃ、あまりに落下時間が長すぎるわ。
試しに、ルーラは呪文を唱えるでもなく、ただ叫んだ。
「止まれっ」
その声で、落下感がなくなった気がする。いや、確かにもう落ちてない。
でも、身体は宙に浮いたまま。足の下に地面はない。もちろん、それ以外の部分にも、床や地面になるような感触は何もなかった。
「ザーディ、見える?」
期待を込めて、聞いてみる。
あの盗賊のノーデにも解けなかった、姿変えの魔法。ザーディはルーラよりも魔法力が強いらしいから、この暗闇の中でも何かわかるかも知れない。
そう思ったのだが、ザーディは恐がって目をかたく閉じ、周りを見ようとしない。魔法力以前の話だ。
まぁ、仕様がないか。いきなりこんなじゃ、あたしだって恐いし。
こんな森の中では何が起こるかわからない、と頭ではわかっていたものの、今まで特に何事もなく進んで来たから、この展開にルーラはちょっと焦っていた。
自分達がどういう場所で、どういう状況の中にいるのか。この真っ暗な所では、わからない。
明かりを出せばいいんだ。暗いなら明るくすれば、少しは周りの状態がわかるわ。
ルーラは
が、一つでいいのに、なぜか後から後からわいてくるように出てくる。
「わ、ちょっとぉ、もういいの。止まってよ。止まってったらぁ。火事になるじゃない」
慌ててやると、うまくいくものもいかない。ただでさえ、下手な魔法なのに。
「くぉらっ、俺様のすみかを燃やすつもりかあっ」
下の方で高い声がした。
その声は周りに反響してか、やたらと響く。キンキンと耳なりがしてうるさい。
今の声の主がここの……? まさか口を開けて、あたし達が落ちるのを待ってるんじゃないでしょうね。
ルーラは、大量の松明が落ちてゆく先を見た。すぐそこで、松明がたまっているのがわかる。
案外、底は近かったようだ。飛び下りても、ケガせずに降りられる高さである。
ルーラは下へ降りるよう、呪文を唱えた。
宙に浮いてると、逃げようとしても逃げにくい。それなら、地面に足をつけていた方が行動しやすいはず。
何とか身体が下へと動き、松明のない所へ足を置く。
失敗したとは言え、相当な数の松明だ。三十本はあるだろうか。明るくなっていいが熱いし、肝心な全体の様子は掴めないままだ。
これだけあれば、もう少しわかりそうなものなのに。何かの力で、光を遮られているのだろうか。
「お前、俺様に何か恨みでもあんのか? こんなに火を焚きやがってよ」
また声がして、ルーラは身構えた。あちこちに転がっている松明。
その中で一番たくさん落ちている場所の向こうに、暗い黄色に光る眼が二つ、ルーラ達を見ている。赤く燃える松明の火とは違う色だから、間違えようもない。
「誰? あたし達に用?」
「そっちから落ちて来たくせに、用も何もないだろ」
妙にからかい口調のある声だ。ちょっとムッとしてしまうような話し方。
「この穴、あなたがあけたんじゃないの?」
「俺様のすみかの入口だ。穴がなきゃ、ここへは入って来られんからな」
言いながら、声の主がノソッと姿を現した。松明の火に照らされ、ようやく映し出された姿は熊のようだった。
外見は熊だが、頭に鹿のような長い角が生えている。普通の動物でないのは明らかだ。暗くて判断しにくいが、たぶん普通の熊より一回り以上大きい。
「ああー、熱くて暑くてかなわん。消すぞ。明かりがほしけりゃ、ちゃんと点けてやる」
言うが早いか、松明はルーラが手にしている分も含めて一つ残らず消えてしまった。でも、周りはほのかに明るくなる。
おかげで熊もどきとルーラ、ザーディの姿だけがわかったものの、ここの様子はやはりよくわからないままだ。
結局、さっきの松明だらけの状態より、ほんの少しだけ明るくなった程度である。
「今の、魔法?」
「ん? ああ、そうだ」
「ここで魔法を使ってもいいの? ってことは、あなたはこの辺りを守ってる、森の精霊……なの?」
声やしゃべり方そのものに、全くと言っていい程重みがない。
それでも一応、確認する。
「何言ってんだ、お前は。俺様は精霊なんかじゃねぇ。カグーっていう、この森の魔獣だ」
あちゃー、やばい所に来ちゃったみたいだなー。
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