第2話 ルーラと家族
春の穏やかな陽気が訪れ、世間は日
動物も植物も、新しい命があちこちに生まれる季節。辺りは毎日にぎやかだ。
「きゃーっ」
「グワッグワッ……? ギャーッ、グワッグワッ」
「ケーッコッコッ、クケーッ!」
どうもほほえましさとは別の、にぎやかさのようだ。
生まれて間もないヒナを連れ、のんびりと散歩していたアヒルやニワトリが、バタバタと逃げ回っている。
空から少女が降って来た。ニワトリ小屋の上に落っこちて、半分壊してしまう。
「あいたーっ」
人間が降ってきたことと大きな音に驚いて、鳥達が辺りに羽やほこりをまき散らす。
「あーあ、壊しちゃった。ごめんねぇ、お前達」
自分の背丈より高い、ニワトリ小屋。
少女は器用に、自分がぶち壊した天井の穴から外へ出た。
おてんばだからではなく(それも一つの理由だが)ニワトリを出し入れする扉が、屋根が壊れたと同時にひしゃげて開かないからだ。
「ルーラ……」
少女より頭二つ分背の高い青年が、苦虫を噛みつぶしたような顔で小屋のそばに寄って来た。
「あー……ファーラス兄さん、ごめん。ちゃんと直すから」
ルーラと呼ばれた少女は、青年に手を合わせて謝った。
「俺にはちゃんと壊すから、と聞こえる」
「あ、そんないやみ、言わなくたっていいじゃない」
神妙な顔をしたのも一瞬、すぐに頬をふくらませて拗ねる。
「言いたくもなる。飛行術は仮にも一応、お前の得意とする術じゃなかったのか。あっさり落ちて、得意も何もないぞ」
「ちょっと失敗する時だってあるよ」
明るい茶色の髪についたニワトリの白い羽を取りながら、ルーラは言い訳した。
「本当にたまになら、そういうセリフを言ってもいいけどな」
「だ、だって、この術に関しては、本当にちょっとだけだもん」
「呪文の覚え方がいい加減だから、そうなるんだ」
ルーラはまた頬をふくらませる。
「次やったら、手で直させるぞ」
ファーラスは口の中で呪文をつぶやきながら、半分壊れたニワトリ小屋に手を向けた。
と、見てる間に壊れた所が元通りになる。簡単な復元の魔法だ。
「きゃー。さっすが、父さんの一番弟子」
兄の冷ややかな視線に出会って、ルーラは口をつぐんだ。
「俺の目の前にも一人、弟子はいるよ」
ファーラスは近くに落ちていた棒を拾い、ルーラに軽く放ってよこした。ほうきの柄にちょうどよさそうな長さ、太さだ。
「もう一度やり直し。今度いいと言うまでに落ちたら、古文の魔法書第一章から読ませるぞ」
「ひゃー、あれ難しすぎて読めないよぉ。目が変になるもん」
「……お前、本気で魔法使いになろうって考えてるか?」
ファーラスは軽く頭を抱える。
「現代文ならいいけど、古語は無理なんだって。……嫌いじゃないけど」
精一杯の反抗。しかし、やっても空しい。
「読むのがいやなら、いい、と言うまで浮かんでなさい」
にっこり笑い、兄は行ってしまった。
「ふぇーん。早くいいって言ってよ、お兄ちゃーん」
☆☆☆
ルーラの父ラーグは、カセアーナの国で一番の腕と言われる魔法使いである。
医者でもあり、その魔法力を用いて人々の病気やケガを治しているのだ。どちらかと言えば、医者の方が本業と言えるかも知れない。
魔法使いの顔をするのは、祭りや呪術で精霊達を呼び出す時などだが、そんなものは数が知れてるし、医療に使う術の方が多いのは確かである。
村に魔物が現れ、それをあっさり退治した、という話もあるが、残念ながらルーラが生まれる前のことなので、実際にその場面を見たことがない。
だが、目撃者である村の年寄り達はみんな、口を揃えて「すごかった」と言うのだ。
大きな街で活躍を期待する声も多いが、生まれた場所であるメージェスの村を出ることを
母キャルは自然の薬草を採取して調合し、夫の患者に与える薬剤師である。
彼女もまた魔法使いで、力を利用して普通の人間では作れない薬を作るのだ。
魔法使いが薬を作るとなると、魔女が大なべに毒薬を作っている図などが出てきそうなものだが、彼女の場合はどう見ても楽しんで料理をしているようにしか見えない。
要するに、暗いイメージが全くない人なのである。ルーラが明るいのは、母親似だからだろう。
ルーラの五つ上には、兄ファーラス。
彼も父に幼い頃から魔法を習い、その腕はいつか父を追い越すだろうと言われている。父の後を継ぐべく、現在魔法と医者の勉強中だ。
普段は穏やかな性格をしているが、ルーラに魔法を教える時は急に厳しくなる。
別に妹をいじめようとしているのではなく、魔法という特殊な力を使おうというのだから、半端な気持ちでいてはいけない、と彼自身も父から教えられているためだ。 なので、魔法を使う時以外は優しい兄なのである。
そんな魔法使い家族を持ったルーラは、当然のように魔法を両親や兄から習っていた。
両親の強制などではなく、初めはみんながやっているから自分もやりたいという子ども心からだった。それが成長するに従い、改めて魔法を使えるようになりたいと思うようになってきたのだ。
が、才能が足りないのか、勉強不足なのか。
成功する確率が低いのである。十回やって、二回成功すればいいくらいだ。
彼女としては、棒状のようなものがあればそれにまたがって空を飛べる、という飛行魔法が得意だ。
が、気を抜くとさっきのように落ちる。もし下に何か危険な物があったり、打ち所が悪かったりすれば危険だ。
いくら魔法使いでも生身の人間には違いないから、最悪だと死ぬ時だってもちろんある。
家族はそれを心配しているのだが、ルーラはそんな失敗など気にしていない。
家族みんなが腕のいい魔法使いであるだけに、失敗が続けば落ち込む時もあるが、元々が楽観的なのですぐに気を取り直してまた挑戦する。空を飛んだり、呪文を唱えるのが好きなのだ。
やはりそこは、魔法使いの血を受け継いでいるらしい。
兄から指示されたルーラは、再度飛行術を始めた。家の屋根より少し高い位置である。
だが、ただ浮かんでいるだけだと、変化がなくてつまらない。でも、この状態をキープするのが基本だ。それに、先生には逆らえない。
「浮かんでるだけだと、ヒマだなぁ。端から見たら、何してるんだって思われそう」
ルーラが見習い魔法使いというのは村のみんなが知っているのだし、空を飛んでたって何も不思議ではないのだが、やはりその場に浮かんだままだと不思議に見られるかも知れない。
「あーあ。兄さん、早く降りていいって言わないかな」
棒にひざ裏を引っ掛け、ブランと身体を下へたらす。このコーモリのような体勢でいる方が、見られた時に余程驚かせそうだ。
でも、ルーラはそういうことは気にしない。
「そう言えば、兄さんは飛んで行くなって言わなかったよね」
ずっとその場に待機していろ、とは言わなかった。つまり、いいと言うまで落ちなければ、別の場所へ行ったって問題ないのだ。
ルーラは勝手にそう結論を出すと、さっさと身体を元の体勢に戻して意識を別の方向へ向けた。魔法力の宿った棒は、すぐにルーラの行こうとする方向へ進み出す。
暖かい風が、頬をなでながら通り過ぎた。冬とは違い、春はこうして飛んでいても気持ちがいい。あまり上方へ行くとさすがに空気が冷たくなるので、適当な高度を保つ。
「ルゥーラァー」
下からルーラを呼ぶ声が、かすかに聞こえてきた。見ると、知り合いの子ども達数人が手を振っている。父の患者の子ども達だ。
「遊ぼうよぉー」
チビッ子達が誘う。ルーラは小さな子達に人気があるのだ。もちろん、本人も子ども好き。
んー、チビちゃん達が誘ってくれてるのに、けっちゃうのも悪いな。兄さんに見付かるとまずいかも知れないし……。あ、落ちるなとは言ったけど、降りるなとは言わなかったよね。
またまた都合のいい解釈をして、ルーラは高度を下げた。
最後は、ちょっと落ちかけるような格好で着地する。
「お姉ちゃん、お空飛べていいなぁ」
子どもは純粋でかわいい。
「ルーラ、どっか行くとこだった?」
「ううん、別にないよ。飛ぶ練習をしてただけ」
「練習しないと、落ちるもんなぁ」
横から、カチンとくるセリフが聞こえた。幼馴染みのロシーンだ。
小さい弟の面倒を言い付かっているらしく、家畜の柵に腰をかけてこちらを見ている。
「そうよ、だから練習するの」
「国で最高クラスの魔法使いが泣くよなぁ。娘がこんなできそこないじゃ」
これにはルーラもムッときた。
「できそこないで悪かったわね。あたしなりに、努力はしてるわよ」
彼は何かにつけて、ルーラに突っ掛かる。いつもルーラの魔法が下手なのを笑うのだ。
「努力だけでは成し得ないこともあるぜ。才能がなきゃ、ダメな時もあるんだ」
「才能があってもそれを磨かずに埋もれさせる人もいるし、努力だけで目標を達成する人だっているわ。たとえあたしに才能がなくても、ロシーンにあれこれ言われる筋合いはないでしょ」
「まぁ、そりゃそうだ」
今日の彼は、あっさりと引き下がった。
ルーラはこの場を去りたかったが、子ども達がいるのでそうもできない。
子ども達を連れてどこかへ行けばいいのだろうが、ロシーンの弟だけ置いて行くのもかわいそうだ。
兄は嫌いだが、かわいげのない兄と違って弟は好きなのである。子守りをしている人から子どもを取り上げたら、後で何を言われるか……。
「ルーラ、竜の世界っての、知ってるか?」
仕方なく、その場で子ども達の相手をしだしたルーラに、ロシーンがまた声をかける。
「知ってるわ。この世で最大最古の魔法力を持った、竜の棲む所。人間のいる世界とは霧で
魔法書で習ったことを、簡単に説明する。
本来、魔法書の中身について語ることは許されないが、一般人も竜の世界についてはおおよそ知っているので、この辺りは差し支えない。
「いや、別に。お前の親父ならどうにか入れても、ルーラは絶対に無理だろうな。たとえ何代生まれ変わっても、霧に一歩足を踏み入れたらすぐに」
ロシーンは首を切る仕種をした。つまりはまた、ルーラの魔法の下手さ加減をからかっているのである。
「失礼ねぇ。今は無理でも、いつかできるかも知れないわ。未知の可能性は、誰にもあるのよ」
「やろうとすること、次から次にすぐ失敗するような魔法使いができるかよ」
ロシーンが鼻で笑う。しかし、これにはルーラも反論できない。ロシーンの言うことは、悔しいながら事実だからだ。
ルーラがよく失敗してファーラスに叱られているのは、村のみんなが知っている。
「違うってんなら……そうだな。この柵の中にいる豚、一列に並べてみろよ」
ロシーンが指差す柵の中には、二十頭近い豚がせわしなく動き回っている。
「魔法でなら簡単だろ。並べるだけだから、誰かを傷付けるんでもないし」
ルーラにだって、魔法使いとしてのプライドはある。ここまで馬鹿にされて、引き下がるなんてできない。
柵の方に近付き、右手を差し出す。ルーラは口の中で呪文をつぶやいた。
柵の中では、豚がブーブー鳴きながら走り回っている。ルーラの方には見向きもしない。
「まぁた失敗みたいだな」
「まだわかんないわよ」
「……後ろ、見てみな」
ロシーンが笑いをこらえるように言い、振り向いたルーラは絶句した。
そこにいた子ども達が、一列に並んでいたのだ。
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